Chapter13-3 百目の試練(1)

 それは突発的に発生した。まさに驚天動地、青天の霹靂。すべての者の認知を潜り抜け、唐突に始まったんだ。


「物損は気にするな、市民の避難を優先しろ! 増援はすぐに来るッ。冷静に対処するんだ!」


 オレのそんな叫びを筆頭に、フォラナーダの屋敷内は喧々囂々けんけんごうごうだた。――否、騒ぎは屋敷内に留まらない。築島つきしま全土が怒号に溢れていた。


 何が起こったのか端的に表すと、スタンピードが発生したんだ。


 またかと思うかもしれないが、今回のモノはかなり毛色が異なった。何せ、いつ、どこより魔獣たちが出現したか不明なんだ。ふとした瞬間に魔力反応が街中に現れ、一気に大量の魔獣が溢れ出したのである。まったくもって意味不明だ。


 加えて、当の魔獣たちも厄介の種だった。


 何と、暴れ回っている中に新種が確認されたんだ。それも、魔獣にはあり得ないはずの、ゴブリンやオーガのような容姿の化け物たちが。


 魔獣とは、魔素の影響を強く受けて変質した野生動物、もしくはその末裔である。猿タイプの魔獣ならともかく、ヒト型は存在するわけがないんだ。


 ずっと隠れ潜んでいた説は、とっくに否定されている。何故なら、街中に百単位で出現しているんだもの。さすがに、今まで発見できなかった方が不自然だろう。


 そういった常識を覆す魔獣が登場したせいで、余計に現場は混乱していた。


 不幸中の幸いなのは、既存の魔獣の方が多いことか。こんなに騒がしくなっていても、誰一人として死者を出さずに立ち回れている。


「オルカ、指揮権を一旦委譲する。任せた」


「分かった!」


 ひとまずの指示を終えたオレは、即座に探知術へ意識を傾けた。街中を覆うそれを用い、的確に敵の居場所を突き止める。


 そして――


「街の中と近場にいた奴らは掃討した。避難を急げ!」


 【銃撃ショット】で目につく限りの魔獣は殲滅した。これによって、僅かな猶予が生まれる。


 ……本当に、僅かな時間しか稼げないんだが。


 一分と置かず、同室で探知の補佐を行っていたマリナが声を上げる。


「魔力反応ありッ。また来るよ!」


 彼女の言い終えると同時、街中には再び魔獣の反応が現れた。先程までと寸分違わぬ数である。


 部下に命じる前に敵を殲滅していなかった理由は、これだった。


 すでに殲滅した後だったんだよ。倒しても倒しても、底ナシと言わんばかりに湧き出るんだ。ゆえに、一般人の避難を急がせていた。


 ちなみに、カロンやミネルヴァ、ニナは魔獣殲滅に。他の合宿メンバーは避難誘導に協力してもらっていた。


 それだけして、ようやく死者ゼロなんだよ。数の暴力にも程があった。


 ここまで何度も魔獣をリスポーンさせた甲斐あって、その元凶は何となく突き止めつつある。


 まず、魔獣の無限湧きには、転移系の魔法が使われていると判明していた。街中や街の周囲に出現ポイントを作り、余所より魔獣を引き寄せていたんだ。


 新種がいて当然である。術の範囲指定がないせいで、別大陸からも魔獣が招集されているんだから。


 肝心の術式については、既存の魔法と異なることは分かった。デイマーン家の【悪魔召喚】に近い――儀式魔法の類だと推測される。


 術の阻止は難しい。魔獣の召喚は、術式を直接地面に書き込んでいるわけではなく、遠方より流し込んだ魔力を遠隔操作で隆起させていた。元を絶たねば、イタチごっこで終わってしまう。


 代わりに、大元の位置は解析できていた。


 かの海底神殿である。突破できていなかった隠し扉の奥が怪しい。


 しかし、あちらにも大量の魔獣が召喚されているようで、部下たちだけで元凶を叩くことは難しかった。


 とにかく、今はひたすら魔獣を倒すしかない。最低でも、市民の避難が完了するまでは手を抜けなかった。


 三十分ほど経過し、やっと街より一般人の反応が消える。避難誘導が終わったんだ。


 もぬけの殻になった街へ、再び【銃撃ショット】を乱れ撃つ。魔獣が全滅し、何度目かも分からない間隙かんげきが生まれた。


 オレはすかさず【念話】を通して声を張る。


『これから神殿探索に向かって、黒幕を叩く!』


 弱点市民がいなくなった以上、後手に回る意味は薄れた。完全に留守にはできないものの、攻めへ戦力を割く余力ができた。


『突入メンバーはオレ、ニナ、スキア――』


『ゼクスさま!』


 攻勢組の名前を告げていた途中、シオンがインターセプトしてきた。


 その声音に含まれた焦りから、不測の事態が発生したのだと悟る。


『何があった?』


『スタンピードの中に、幽霊ゴーストとゾンビの出現が確認されました』


『……確かか?』


『はい。複数の人員より報告が上がっております。また、骨のみで構成された化け物も認められております』


『そうか』


 シオンの報告を聞き終えたオレは、ほんの少しだけ瞑目する。


 とうとう不死者アンデッドも呼び寄せたか。こうなることは想定していたが、実際に出現したと聞かされるのは頭が痛い。


 方針の転換が必要だな。


『先程のメンバーは変更する。突入組はオレ、ニナ、マロンだ。他は築島つきしまおよび市民を守れ。また、光魔法師の三人は不死者アンデッドへの対処を優先すること』


 対応の幅を広げる意味でも光魔法師は欲しかったが、不死者アンデッドの出現は無視できない。連中は特殊な能力持ちが多いからな。防衛側の方を手厚くすべきだろう。


 それに、オレとニナなら大体の事態には対応できる。部下の中で最優秀のマロンが加われば、鬼に金棒だった。


 質疑応答を軽く交わした後、オレたちは次なる行動に移る。


 予想外の不意打ちを食らってしまったが、何とか持ち直せた。


 あとは攻めるのみ。フォラナーダを敵に回しておいて、タダで済むと思うなよ?








 【位相連結ゲート】を使い、オレたちは海底神殿に近い海上へと移動した。


 直接内部へ飛ばなかったのは、設置しておいた結界内が魔獣でギュウギュウ詰めだったせいだ。入る余地がない。


「お待ちしておりました」


 神殿の解析を行っていた部下の代表が、オレへと頭を下げる。


 彼らはスタンピード発生時点で避難しており、その後は周囲警戒を任せていたんだ。スタンピード自体が、ここを狙うための陽動の可能性を考慮して。


「ご苦労さま。経過は?」


「変わりありません」


 結果は、杞憂に過ぎなかったみたいだが、用心に越したことはない。


 ――さて、魔獣以外に変化がないのなら、さっさと突入してしまおう。


 結界内部の魔獣を【異相世界バウレ・デ・テゾロ】にしまい込み、疑似世界自体を抹消。一瞬ですべてを始末する。踏破済みのエリアは解析を完了していたので、結界も転移も自由自在だった。


 様子を見守っていた部下たちが騒つくが、構っている暇はない。早速、神殿の壁画の部屋へと【位相連結ゲート】を開いた。


「行くぞ」


「了解」


「はぁい」


 さすがはニナとマロン。オレと過ごす時間が長いだけある。まったく動揺していなかった。


 壁画の部屋は、一見すると以前訪れた時と変わっていない。


 しかし、オレは明確な差を感じ取れた。


「向こう側から、誰かが出てきた形跡があるな」


 隠し扉の存在が示唆された壁。その内部を流れる魔力が、微妙に乱れていた。前回に比べると、明らかに雑なフタの閉じ方をしている。


 技量が足りなかったというより、仮綴じみたいな感じだ。外に出た何者かは、帰ってくるつもりなんだろう。


「戻る?」


 ニナの問いに、オレは首を横に振った。


「いや、外に出た奴が騒動の元凶とは限らない。そっちはカロンたちに任せるよ」


 魔獣を呼び寄せている黒幕が、奥に残っている可能性は捨て切れない。当初の予定通り、オレたちは突き進むべきだ。


 ニナもマロンも異論はないよう。続く反論はなかった。


 改めて、隠し扉を抱える壁画を見据える。


 扉を雑に閉じてくれたお陰で、無理やり開けても大丈夫そうだ。あちこちに隠された罠も解析できる。


 とはいっても、敵が油断したわけではない。


 何せ、魔眼【白煌鮮魔びゃっこうせんま】を行使して、ようやく綻びが見つけられるくらいだ。並みの魔法師では突破不可能だっただろう。


 ケンカを売る相手を間違えたな。


 小さく苦笑を溢しつつ、壁画へ魔力を流す。色々と抵抗術式が展開されるけど、一切合切を切り捨て、押し通した。


 結果、隠し扉は開かれる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと重低音を鳴らし、壁画は真っ二つに割れ、奥へ続く道を示した。仄暗い廊下が続いている。


 これまでの廊下よりも広い。高さと幅が十メートルもある道だった。明かりが設置されていないせいで、見通しも悪い。


「探知できないな。ここから先は、根本から構造が違うらしい」


 オレは二人へ注意喚起する。


 隠し扉の手前と奥とでは、まったく別の建造物扱いのよう。解析情報が通用しないため、探知や結界等が使えなくなっていた。


「なら、気配察知は任せて。魔法なしなら、アタシの方が優秀」


「だな。頼むよ」


 神化したら逆転するんだけど、それを指摘するのは野暮というもの。そちらばかりに意識を取られすぎてもダメだし、索敵を買って出てくれるのなら遠慮なく任せるべきだ。


「時間も惜しい。行くぞ」


「「はい」」


 異口同音の返事を認め、オレたちは神殿深奥へと駆けた。


 【身体強化】全開に加え、オレの【魔纏まてん】込みの全力疾走。最深部到達まで、そう時間はかかるまい。

 

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