Chapter13-1 港町・築島(3)

 築島つきしまでの一日目は、トラブルなく経過した。夕食ではご当地の海鮮料理に舌鼓を打ち、さらには天然温泉を楽しんだ。文句なしの初日だったと思う。


 そして、二日目の翌朝。案の定、まずは街中を観光したいとの意見が続出した。


 合宿の名目なのに大丈夫なのか? と思わなくもないが、強い反論はない。オレもカロンたちと観光したいもの。そも、訓練は、観光後に強制的にやらせれば良い。


 というわけで、オレたちは街中へと繰り出した。


 ただ、さすがに全員で行動するには人数が多すぎるため、三グループに分かれることとなった。オレと同行するのはカロン、オルカ、ターラ、セイラの四人である。


 正直言うと、恋人たちだけで固めたかったんだが、そうすると他グループの戦力が乏しくなってしまうので我慢した。街巡りくらい、何度でも機会はあるだろう。ミネルヴァたちとのデートは、次回の楽しみとして取っておく。


「ふふふ。行きましょう、お兄さま」


「朝は魚市が盛んらしいよ。まずはそっちに行こう、ゼクスにぃ!」


 妹と義弟が、オレの両手を取って前を歩く。嗚呼、本当に可愛い。


「もしかしなくても、この甘い空気を見せつけられ続けるの?」


「頑張ってください、先輩。わたしは慣れました」


 背後から震えるセイラの声とターラの溜息混じりの声が聞こえてくるが、努めてスルーする。


 ごめんな。オレもデートを楽しみたいんだ。蚊帳の外にしないよう気を付けるから、今回は我慢してくれ。








 オルカの意向に従い、オレたちは魚市を訪れた。大通りを挟むように店が展開されていて、その種類は鮮魚売り場だったり、魚類系の屋台だったり、定食屋だったりと様々だ。市場の出入り口にも関わらず、食欲を大いにそそる匂いが漂ってくる。


 それにしても、ヒトが多い。“競り”の行われる早朝の時間帯は外したはずだが、それでも混雑している。身動きが取れないほどではないものの、前方の視界は人波で埋め尽くされていた。


「ターラ、セイラ殿。この人混みだ。はぐれないよう気を付けてくれ」


 探知術があるとはいえ、離れないに越したことはない。やや後ろを歩く二人へ注意を促す。


 一方、カロンとオルカに関しては心配いらない。ずっと手を繋いでいるからな。


 念を入れておこう。


 細く練り込んだ魔力の糸をメンバー全員につける。一定の距離より離れると、それを知らせてくれる代物だ。即席で作ったにしては、良いデキに仕上がったと思う。


「建物もそうですが、この街は服装も独自の文化なのですね」


 人々の群れを眺めていると、カロンが興味深そうに呟いた。


 そう。魚市の――否、築島つきしまの住民は、オレたちとは異なる衣装を身につけていた。その正体は、和風文化よろしく着物と浴衣だ。ご丁寧に、履物も下駄や草履である。


 昨日面談した商人たちは普通に洋服だったが、あれはオレに合わせて用意したにすぎないんだろう。この辺りの服飾文化は、どこまでも和風準拠らしい。


「……何で?」


 困惑するセイラの声が耳に届く。


 気持ちは分かる。前世の記憶がある身からすると、聖王国より数国離れた程度なのに、文化が変わりすぎだと感じるもんな。西洋ファンタジーから和風ファンタジーへと、ジャンルが変貌している。


 カロンに続き、オルカとターラも興味津々だった。


「歩幅が制限されて歩きにくそうだけど、肩回りは動かしやすそうかな? あと、薄手の生地の奴は涼しそうで良いね」


「建物以上に、文化の違いが出てますね。あっ、あっちのヒトが着てるの、すごく可愛い」


 魚市をそっちのけにして、服の話で盛り上がる一同。混乱していたセイラさえも、途中からは彼女たちの会話に加わっていた。


 うちの女性陣――一人違うけど――は服飾に目がないからなぁ。


 ただ、出入り口の真ん前で、いつまでも話し込むのは迷惑になる。


「みんな。ここで立ち止まってたら、他のヒトの迷惑だ。盛り上がるのはいいけど、一旦場所を変えよう」


「も、申しわけございません、お兄さま」


「ごめんなさい」


「すみません」


「も、申しわけありません」


 オレの指摘で我に返ったらしく、慌てて頭を下げる四人。


 それから、


「一旦、服のことは忘れましょう」


「そうだね、今回は魚市を楽しみに来たんだし」


「服の話は、別の機会に改めましょうか」


「魚市の後、呉服屋を巡るのも良いかもしれませんね」


 と、彼女らは話をまとめた。


 どうやら、服の話は一度締めて、本来の目的通りに行動するよう。


 もちろん、オレに異論はない。どちらを優先しても、みんなの方針に従うつもりだった。


 気持ちを改め、オレたちは魚市の人混みへと突入していく。




 魚市巡りは、想定していたよりも盛り上がった。特筆すべきは生魚関係かな?


 ターラは生の魚を見たことがなかったようで、少し怖がっていたのが印象的だった。


 また、生食文化にセイラ以外の全員が驚いていた。この世界は保冷技術こそ発展しているけど、生食は流行っていないんだよね。病気の危険性を無視してまで、生を求める熱意はないんだ。


 まぁ、衝撃的だっただけで、最終的には全員が美味しく食べられたけども。カロンやセイラの光魔法で、あらゆる予防線を張れたのが大きい。


 一通り魚市を楽しんだオレたちは、続いて呉服屋を訪問していた。


 やはり、カロンたちは着物への興味を忘れられなかったらしく、とりあえず一着を購入することにしたんだ。店自体は、魚市にいた世話好きのお姉さんおばさまに教えてもらった。


 さっさと着替え終え、まだ試着中のカロンたちを待つ。


 オレが選んだのは、薄い青色の色無地に黒羽織の組み合わせだ。個人的にはシンプルが好ましいので、これにした。


 似合っているかの自己判断は難しかったんだが、チラチラと店員やお客の好意的な視線が刺さるため、最低限のセンスは保障されているみたいだ。一安心である。


 程なくして、女性陣の先鋒が現れる。


「お待たせして申しわけありません」


 そう言って軽くお辞儀をするのはセイラだった。


 彼女が着るのは、若緑をメインにした“付け下げ”だ。左肩にある提灯百合のワンポイントが特徴的だな。


 大人しめのデザインだが、全体的に温和な雰囲気を漂わせており、よく似合っている。


「気にしないでくれ。こうして、キレイな姿を見れるなら役得さ」


「き、キレイ」


 おっと。いつものクセで、過剰な褒め言葉が出てしまった。カロンたちへの対応でキザな言い回しが染みついているらしい。気を付けないと。


 目を丸くするセイラを見て苦笑を溢しつつ、オレは問う。


「他の三人は?」


「カロンさんが、一人一人順番に披露したいと仰ったので」


「あ~」


 得心の声が漏れる。


 この展開、覚えがあるな。たしか、入学式前に制服姿を披露した時も、同じような流れだった気がする。


 続いて現れたのはターラだった。


「ど、どうでしょうか、ゼクスさん」


 もじもじと恥ずかしそうに問うてくる彼女は、淡い小麦色の“付け下げ”を着ていた。左肩の柄は芍薬しゃくやくかな? 難しい色の組み合わせながら、見事に調和している。


 ターラにしては、攻めた色合いだと感じた。慎重派の彼女なら、もっと落ち着いた色を選ぶと考えていたから。


「よく似合ってるよ。大人しい普段の様子と違って、活発的な雰囲気が窺えて良いと思う」


「そうですか。良かった」


 ホッと胸を撫で下ろすターラ。結構、似合うか否かを心配していた模様。満足させられる言葉を掛けられて、こちらとしても嬉しい限りだ。


「この分だと、残りの二人も“付け下げ”か?」


「はい。色留袖もキレイで良かったんですが……」


「着たまま街中を歩くなら、これくらいはグレードを下げた方が良いと、私が判断しました」


「うん。正解だね」


 ターラとセイラが順に事情を語り、オレは首肯する。


 色留袖なんて高価なものは、何かのパーティーで着用する代物だ。決して、街巡りで身につける種類ではない。セイラは実に正しい判断を下したよ。


 そうこう話しているうちに、今度はオルカが登場した。『じゃじゃーん』と自ら効果音を口にする彼は、アイビーの柄をあしらった次縹つぎはなだ色の着物をまとっていた。


 わざわざ声に出して指摘はしないが、やっぱり女物なんだね。さっきまで来てた普段着は男物だったのに。まぁ、とっても可愛いから文句はないんだけどさ。


「どうかな、ゼクスにぃ?」


「とっても似合ってる。可愛いよ」


「えへへ」


 即答で褒めると、オルカはだらしなく頬を緩めた。愛い奴め。


 彼はそのままオレの右腕を取り、オオトリの彼女を呼ぶ。


「カロンちゃん、どうぞー」


「分かりました」


 返答とともに、カロンが姿を現す。


 それを認めたオレは、


「天使かよ」


 思わず言葉が漏れた。それほど、カロンの着物姿は神々しかったんだ。


 彼女が身につけているのは、梅重うめかさね色を基調としたもので、カルミアの花が散らばっている。


 かなり派手なデザインだけど、カロンはそれを上手く着こなしていた。堂々とした態度も相まって、強者然としたオーラが窺えた。


「とてもよく似合ってるよ、カロン。力強くも華々しいオーラを感じる」


「ありがとうございます、お兄さま。そう仰っていただけて、わたくしも嬉しいです」


 ニッコリ笑うカロンは、本当に輝いている風に見えた。さすがは我が妹。


 すると、他の三人が苦笑いを溢す。


「あはは。カロンちゃん相手だと、ゼクスにぃはぶっ飛ぶよねぇ」


「オルカちゃんの時も大概ですよ?」


「ものすごいシスコン……」


 何やら呆れられているけど、今さらなので気にしない。愛情関係は開き直った方が得だと、オレは今世で学んだのだ。


「全員着替え終わったし、観光を再開しようか。次はどこに行く?」


「普通の市場がいいんじゃない? 今度は雑貨とかが見てみたいかも」


「良いですね。これまで珍しいものばかりでしたから、かなり期待できます」


「異論はありません」


「わたしも賛成です」


 こちらの問いかけにオルカが答え、カロン、セイラ、ターラの順で賛同が返ってくる。


「OK。じゃあ、市場に行こうか」


 オレたちの街巡りは、まだまだ続く。



――――――――――――――


本日は13:00頃にもう一話投稿予定です。

 

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