Digression-Minerva 最強の意味【500話記念】

ついに500話を達成いたしました!

ここまでこれたのも、ひとえに読者の皆さま方の応援のお陰です。

今後とも、拙作を贔屓にしていただけると幸いです。


――――――――――――――



 【異相世界バウレ・デ・テゾロ】によって創造された荒野に私――ミネルヴァは立っていた。他にも術者たるゼクスはもちろん、カロラインを筆頭としたお嫁さん連盟、精霊のノマやマイム&エシ、さらにはユリィカ、ガルナ、マロン、テリアもいるわ。


 総勢十五名(?)という大所帯が、どうして何もない【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の中にいるのか。


 理由は至って単純。このメンバーで模擬戦を行うため、わざわざ舞台を作ってもらったのよ。


 どういう組み合わせで戦うのかって?


 それは当然、ゼクス対ノマ以外の私たち全員に決まっているじゃない。そうでもしないと試合にならない。


 以前、ゼクスと私たちお嫁さん連盟で戦った時は、悲惨な結果に終わったわ。何せ、開幕一秒も経たずして決着しちゃったんだもの。一言で全滅させられたのは、さすがに心折れたわ。


 ……まぁ、【言霊】抜きの再戦でも、手も足も出なかったのだけれどね。私たちの旦那さまは強すぎるのよ。


 つまり、一見こちらが有利の組み合わせも、全然有利じゃないわけ。どれくらい善戦できるかは未知数だけれど、できるだけ頑張りたい。


「みんな、準備は良いかい?」


 三十メートルほどの距離を開け、私たちとゼクスが相対する状況。その中間地点に浮くノマが、おもむろに尋ねてきた。


 ノマは審判役だ。彼女はゼクスの魔力で魔法を扱うから、どう足掻いても彼とは戦えないのよ。


 全員が『問題ない』と返答すると、ノマは言葉を続ける。


「今回の模擬戦における禁止事項は、主殿が『維持以外で【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を操作すること』一点だけだ。その他すべての行為を容認する。また、勝敗は気絶または降参、もしくはワタシの制止で決まる。オーバーキルは反則なので、気を付けてほしい」


 淡々と説明を終えた彼女は、片腕を挙げた。そして――


「はじめ!」


 腕の振り下ろしとともに、試合開始の合図が紡がれる。


 動き出そうとする私たちだけれど、それよりも彼の方が早かった。


「【おやすみ】」


 魔力の乗った声が周囲へ響き、私の――私たちの精神を大きく揺さぶる。昂っていた気持ちが一瞬で鎮静され、強烈な眠気が襲ってきた。


 何でもアリだからこその、開幕からの【言霊】。当人は『簡単に防げる』とうそぶいていたけれど、どこが簡単なのだとツッコミを入れたい。


 事前準備が大変なのよ。私レベルの魔法師でも、十分単位の猶予が必要。不意打ちで食らったら、まず人類では耐えられないわね。初見殺しも良いところ。


 とはいえ、今回は対策済み。ちょっと卑怯な気もするけれど、試合開始前に準備しておいたわ。お陰さまで、意識が一瞬でクリアに戻る。落ちかけていたマブタも開き切る。


「カロライン!」


「分かっていますッ」


 開幕直後の攻防を乗り越えた私は、続く戦闘に備えて声を張り上げた。


 作戦は一通り共有している。カロラインからは、小気味良い答えが返ってきた。


「【崩炎ほうえん】」


 次の瞬間、炎の濁流が視界を埋め尽くした。赤色が雪崩の如く地面を舐め、ゼクスの姿を呑み込んでいく。


 しかし、ここで終わらない。この程度で彼が倒れるなど、微塵も考えていなかった。


「「「【ストームテイル】」」」


「おっと、【フラッドヴェール】ッス」


 私、テリア、マロンの三人が、炎を後押しする上級風魔法を発動する。それにより、カロラインの【崩炎ほうえん】は勢いを増加させた。熱波が周囲一帯に拡散し、地面を融解させるほどの熱量を空気が孕む。もはや、空間全体が燃えているようだった。


 想像以上の火力ね。ガルナが最上級の防御魔法を唱えていなかったら、自滅していたかもしれない。カロラインのバカ火力をなめすぎていたわ。


 大炎上する【異相世界バウレ・デ・テゾロ】だったけれど、それも数秒だけ。


 瞬きした間に、燃え盛っていた大地は元通りになっていた。何事もなかったかのように、変わりない荒野が広がっている。無論、対戦相手であるゼクスも無傷。


 きっと、【天変】を使用したのでしょう。あれは環境を塗り替える術だったはず。まさか、強化した上級魔法まで呑み込むとは予想外だったわ。


 というか、


「あの三人を相手にしながら、大規模魔法を行使したのね。相変わらず化け物か」


 ゼクスは、絶賛三人と近接戦闘を繰り広げていた。


 私たちが魔法を放つのと同時に、ニナやユリィカ、シオンが彼の元へ突っ込んでいたのよ。獣人コンビは正面から攻撃し、シオンが背後へ忍び寄る形で。


 【崩炎ほうえん】の魔力によって彼の探知が阻害できると踏んでいたけれど、無駄だったみたいね。かすり傷一つ負っていないもの。挙句、試合開始地点より、ほとんど動いていない。三人の攻撃を、最小限の動きと魔力でさばいていた。


 ニナに至っては偽神化もしているのに、ほぼ素で対応するとか、頭がおかしいんじゃないの?


 そんな悪態を心のうちで吐きつつ、私は次ぐ魔法を準備する。


「マイムちゃん、全力の拘束!」


「あい!」


 こちらをアシストする目的で、マリナが魔法を発動した。数多の水の鞭が現れ、ゼクスを拘束せんと殺到する。


 当然、それらを紙一重で回避していく彼。でも、私たちの手も止まらない。


「足元がお留守だよ、ゼクスにぃ


 そう呟いたオルカが、何かをした。


 術式が複雑すぎて詳細は判然としないけれど、土と風の合成かしら? 糸?


 おそらく、オルカの魔法が効果を発揮したのでしょう。僅かだけれど、ゼクスの動きが鈍った。


 このチャンスを見逃す私じゃないわ。


「食らいなさいッ。――【オムニア】」


 立ち止まったゼクスの足元に、無色透明の雫が一滴垂れる。


 すると、その地点より、波紋が広がるように崩壊が始まった。錆びた鉄の如く、もしくは風化したメッキの如く、ボロボロと世界が崩れ落ちていく。


 光以外の合成魔法【オムニア】は、万物を操作する術だ。これを攻撃に転用すれば、どんなに強固な耐性を持っていても貫通する。それこそ魔法司であっても崩壊は免れない、絶対の攻撃性を持つのよ。


 加えて、攻撃対象を取捨選択できるのも利点ね。【オムニア】は範囲魔法でありながら、乱戦中でも巻き添えを考慮しなくて良いの。とっても便利。


 ゆえに、この崩壊に呑み込まれるのはゼクスだけ。接近戦に興じていたニナ、ユリィカ、シオンの三人は無事よ。


 さしもの彼も、【オムニア】の威力には眉をひそめた。効果はありそうね。


 術を維持して様子を見守る私たち。


 しかし、そこに追撃が放たれた。


「【天炎の大槌】」


 赤く太い炎柱が天より落ち、ゼクスの姿を覆い尽くしたのだ。滑らかな独特の光沢を放つそれを、私は知っている。


「カロンちゃんの色魔法……」


 オルカの呟きが正解だった。


 あれは、カロラインがグリューエン戦で見せた赤魔法だ。当時は檻状だったし、詠唱も存在しなかったけれど、今日までに研鑽を積んだのでしょう。その辺りは良い。


 ここでの問題は、


「どうして追撃したの、カロライン?」


 私の魔法の展開途中で、新たな魔法を加えたことにあった。雑な魔法同士の衝突は、どちらも無意味に帰してしまう可能性がある。カロラインの追撃は、頭の良い判断とは言えなかった。


 対し、彼女はまったく動揺しない。それどころか、さらなる攻撃を放った。


「【天炎の雨】」


 独特の光沢を放つ炎が、数多の雨となって降り注ぐ。荒野が一瞬で炎の海へと変貌を遂げた。ただ、こちら側の者には一切飛び火していない。ゼクスの傍にいたニナたちも無傷だった。


 その後も色魔法を連発するカロライン。その執拗さに、全員がドン引きしていた。


 どれくらい時間が経過しただろうか。周囲がすっかり炎塗れになった頃、ようやくカロラインは攻撃の手を止めた。ただし、視線だけはゼクスのいた方向より外さない。


 彼女は溢す。


「お兄さまなら、この程度は防いで当然です。手を止めたら、油断だと怒られてしまいますよ」


「それくらい分かってるわよ。でも、私の魔法の途中で仕掛けるのは悪手じゃない?」


 分かり切っている忠告に、私は眉根を寄せた。指摘されずとも、油断などしていない。


 カロラインは小さく肩を竦める。


「あなたの魔法……【オムニア】は、お兄さまには絶対に通用しません。あの一撃でよく分かりました。だから、わたくしが色魔法を使ったのです」


「通用しない?」


 魔法司の無効耐性さえ突破できることも実証できているのに?


 というか、今の言いようだと、かすり傷も与えられない風に聞こえるけれど……。


 カロラインの言葉に、上りかけていた頭の血は一気に冷めてしまった。妙な引っかかりを覚え、必死で回答を探そうとする。


 しかし、自力でその結論は出せなかった。


「大正解だ。よく分かったね、カロン」


「「「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」」」


 その声・・・に全員が息を呑んだ。


 振り向けば、私たちの傍にゼクスが立っていたわ。声を掛けられるまで、まったく気配を感じられなかった。


 それだけじゃない。私やカロラインたち全員の首筋に、宙に浮く魔力刃が添えられていた。もはや詰みに他ならない状態だった。


「決着だね。この模擬戦の勝者は主殿だ。思いのほか、善戦したと思うよ」


 私たちが硬直する中、ノマが呑気に勝敗を告げる。この結果に、まるで驚いていない。


 私が驚きの視線を向けると、彼女は苦笑いを浮かべた。


「ワタシは主殿と魔力で繋がってるから、だいたいの状況は把握できるのさ」


「だからこそ、審判を任せてたんだよ。オレが死んだフリとかしても気づいてくれるし」


「主殿、死んだフリなんて覚えたのかい?」


「必要になる気がしたからな」


「彼女たちの前では使わない方が良いよ?」


「やっぱり?」


 お気楽な会話を続ける二人。


 だが、お陰でこちらが気を落ち着かせる猶予が生まれた。


 深呼吸し、私は先程の疑問を投げかける。


「【オムニア】が通じないのは何故よ?」


 彼はあっけらかんと答える。


「その魔法は火、水、風、土、闇の合成だろう? 森羅万象を名乗るには欠け過ぎてるんだよ。光と無を埋める代用品がないと、抜け穴として利用される」


「……そういうことか」


 簡単な話だったわね。穴があるからこぼれ落ちるし、すり抜けられる。特に、無を有するゼクスなら容易いのでしょう。


 カロラインが見抜いたのも、光が欠けているという点が理由かもしれない。


 はぁ、私もまだまだね。もっと精進しなくちゃ。





 結局、私たちが総力をあげても、ゼクスの足元にも届かないらしい。


 この後、何度か模擬戦を繰り返したものの、どれも惨敗だったし。


 もっと頑張らないといけないわ。彼のパートナーとして、これからも隣に立ち続けるために。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る