Chapter13-1 港町・築島(2)

 オレたちの宿泊施設は、築島つきしまにおける常立国とこたちのくに寄りの地点にあった。この辺りは元々下位の貴族や豪商たちの居住区格だったらしく、閑静な住宅街が広がっている。


 ただ、聖王国とは趣――建築様式がまるで違った。前世の知識で当てはめるなら、平安時代の貴族の屋敷か。規模や装飾等は異なるものの、木造かつ平屋の建築という主題は似通っていた。


 これまでの流れより察しはついていたけど、常立国とこたちのくには完全に日本モドキだよな。どういう歴史を辿れば、ここまで聖王国と違う文化が育つのか不思議でならない。戦争が絶えない地域柄が影響しているとは思うけど、実に謎である。


 話を戻そう。


 現在、この貴族街には誰も住んでいない。領地が割譲された時点で引き払っているんだ。


 貴族はともかく豪商も消えたのは疑問だが、おそらく癒着でもしていたんだろう。旨みがなくなるため、逃げたんだと思われる。


 そんな経緯もあり、貴人用の屋敷の多くが空き家になってしまったわけだ。


 割と立派な建物を放置ないし壊すのは、あまりにももったいない・・・・・・。有効活用の一環として、大半の屋敷は聖王国の貴族たちに売られた。


 ここまで語れば、宿泊施設の詳細も悟れるだろう。件の屋敷のうち三つが、フォラナーダの所有となっている。しかも、我が技術を用い、すでに最高級のセキュリティを完備済みだ。


 転移後、屋敷を前にした面々は感嘆の声を上げる。ここにいるメンバーのほとんどはフォラナーダ城や別邸を見慣れているので、規模よりも和風の建築に興味をそそられている模様。


「不思議な外観ですね。ここまで木材を多用する建物は珍しいです」


「聖王国だとレンガ造りが主流だもんね」


 カロンが物珍しそうに屋敷を見渡すと、オルカも同意だと頷いた。


 彼の言う通り、聖王国や帝国などの周辺国家ではレンガや石造りの建物が多い。森国まで行くと木造建築も見られるんだが、少数派なのは確かだった。


「潮風で傷まないのかなぁ?」


「パッと見、防腐系の魔法を施してあるわね」


 マリナが疑問を溢すと、解析の早いミネルヴァが得意げに答える。


 他のメンバーも、各々の感想を呟きながら目前の屋敷を眺める。


「ほら。棒立ちしてないで中に入ってくれ。合宿中は、いつでも観察できるんだから」


 和式建築に興味を持ってもらえるのは前世的に嬉しいんだが、ずっと立ち止まられるのも困る。今後の予定が押してしまうのは無論、外で長時間すごすのは健康面でも宜しくない。


 発動済みの【天変】によって暑さは軽減しているものの、真夏の直射日光までは防げていない。早々に日陰に入った方が良いだろう。


 幸い、みんなに強い執着はなく、あっさりと家屋の内部へ進んでくれた。


 うーん。今のオレ、めちゃくちゃ修学旅行の引率の先生っぽいぞ。休めるのか、これ?


 全員の背中を見送る途中、ふと、不穏な考えが脳裏を過る。


「せめて、苦労以上の楽しみを味わいたいところだな」


 オレが口内で転がしたのは、そんな諦観染みたセリフだった。








 カロンたちが三つの屋敷内を見学したいというので、そちらは部下たちに任せ、オレは別行動を取ることにした。


 何をするのかって? もちろん仕事だよ。


 築島つきしまを訪問した目的はすでに語った通り。内に巣くう害虫の有無を確認するため、オレは働かなくてはならなかった。


 カロンたちの方に付き合って遊びもするけど、それ以外は街の治安維持に尽力するんだ。


 これから行うのは、その一環である。


「先方は?」


「応接間にお通ししております。およそ二十分程度は待たせましたので、頃合いかと」


 数歩後ろを歩くメイドのテリアに尋ねると、即座に返答があった。


 彼女の語った人物たちとは、築島つきしまで商いを営んでいる連中のことだ。


 貴族街に住んでいた豪商は撤退したけど、すべてが去ったわけではない。現在の築島つきしまで上位の業務成績を誇る商人たちに、今回は招集をかけていた。


 その理由は、現状の港町で暗躍するなら、彼らの何れかしか考えられないため。上昇志向の強い人物なら、きっと政変に隙を突こうと動くはずである。ゆえに、一度顔を確認しておこうと思ったんだ。


 何もなければ、それで良かった。どちらにせよ、『転移門』を預かる責任者として、門を常用する予定の彼らとは会う必要があった。徒労にはならない。


 一方、商人たちを二十分も待たせたのは、立場を分からせる手法だった。古典的な方法だけど、それなりに効果が望めるんだよね。あちらも、待たされるのは理解していたと思う。


 まぁ、個人的に嫌いなやり方なので、次回以降は普通に面談するつもりだ。


 そうこうしているうちに応接間へ辿り着き、テリアの先導で入室する。


 室内には十人の男女がいた。内訳は男九に女一。年齢はバラバラで、上は六十越えで下は二十代といった感じかな。ちなみに、紅一点は四十代程度に見える。


 全員、オレの登場に合わせて起立し、慇懃に一礼した。街の有力者だけあって、貴族に対する礼儀はしっかり身につけているらしい。


 皆が頭を下げる中、オレは悠然とソファに腰を沈める。そして、頭を上げて座るよう商人たちへ命じてから、自己紹介をする。


「お初にお目にかかる。私は、聖王国で元帥を拝命しているゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダだ。此度は、こちらの招集に応じてくれて感謝するよ」


「滅相もございません。我々一同、以前と変わらぬ商売を保証してくださった聖王陛下および閣下には感謝しております。閣下のお呼びとあれば、喜んで馳せ参じましょう」


 先んじて口を開いたのは、一番年嵩としかさの男だった。六十を過ぎたくらいの小太りで、一見すると穏やかな気風に感じられる。


 だが、オレの目は欺けない。彼の内側にうごめく感情は、ドロドロとした欲望が占めていた。悪感情というほどではないけど、隙を見せたら呑み込んでやる、みたいな気概は窺える。


 うん。商人たちの首魁に相応しい、強欲な人物だな。事前情報で要注意人物と記載されていたのも納得できる。


 オレはおべっかを聞き流し、鷹揚に頷いた。


「キミたちの情報は軽く知っているが、改めて教えてほしい。名乗ることを許可しよう」


 牽制のセリフを混ぜつつ、商人たちにも自己紹介をさせる。


 彼らの名は、あらかじめ頭に入れておいたモノと変わらない。受け取れる印象も、おおむね許容範囲内だった。


 だが、やはりと言うべきか、何やら企んでいる輩は存在した。


 注意が必要と感じたのは三名。


 一人は、招集した中で一番年の若い男。名を芦屋あしや黄太こうたと言い、アシヤ商会を次いで間もない若頭だ。線は細いけど、その相貌は整っている。


 彼の何が引っかかったのかと言うと、オレへ憎悪の感情を向けていたんだ。表情こそ爽やかな笑顔で取り繕っていたが、内面はグチャグチャ。親の仇とでも言わんばかりの、生半可ではない怒りや憎しみを抱えていた。


 調査した限りでは、オレと芦屋あしやに繋がりはなかったはずだが……さて。


 二人目は護堂ごどうたけし芦屋あしやとは正反対で、筋骨隆々の巌のような男である。


 護堂もオレへ怒りを湛えていたんだが、彼の場合は分かりやすい。何せ、ゴドウ商会の主な生業は護衛。今後、『転移門』を使った商業が発展すると予想される以上、護衛業が廃れるのは目に見えていた。恨まれて当然である。はたはた迷惑だけどな。


 最後は、十人の中で唯一の女人。カズラ商会を率いるかずら宇都帆うつほだ。


 彼女もオレへ負の感情を向けていた。背後関係は事前に洗っていたものの、明確な原因には行き当たらない。芦屋あしやと同じく、恨まれる理由が不明だった。


 ……まぁ、心当たりがゼロかと問われれば、そうでもないんだけど、今は様子を見た方が良いだろう。事を焦っては仕損じる。


 強い憎悪をヒシヒシと感じながら、オレは商人たちと会談を続ける。世間話から始まり、今後の彼らとの付き合い方を重点的に。


 統治や商売権などに関しては、オレの管轄ではない。王宮派より派遣された代官の役目だ。


 そのため、オレが語るのは、あくまでもフォラナーダの立ち位置である。


「基本的に陛下の方針に従うが、どうしても無茶な要求をされた際は、私に相談してくれ。場合によっては、融通を利かせられるかもしれない」


「ありがたい話ですが、宜しいのですか?」


 一番の老獪ろうかい――屈狸くずりが訝しげに問うてくる。


 もありなん。ウィームレイと仲の良いオレが、彼の意向とは異なる動きをするとは思えないんだろう。もしくは、返礼に求められるものを警戒しているのか。


 オレは肩を竦める。


「私はこの地域で取れる農産物や海産物のファンでね。それを扱うキミたちに潰れてほしくないんだよ」


 実は、日本を彷彿とさせる産物――米や醤油、味噌など――は、常立国とこたちのくにや近隣国家で作られている品なんだ。リストを確認したところ、海産物も日本に近いラインナップだった。


 これを放置できるはずがない。前世と現世は区切って考えるよう心掛けているものの、食事の趣向を変えるのは難しい。是が非でも押さえておきたい品々だった。


 だからこそ、できるだけ保護したいと思う。これらの産業を廃れさせるわけにはいかないッ!


「そ、そうでしたか。では、ご希望の商品でも良質のものは、閣下の元へ流すようにしましょう」


 こちらの熱意が伝わったのか、そんな提案をしてくれる屈狸くずり


 ほぅ。話の分かる者は嫌いじゃないぞ。


「ははは、礼を言おう。ただ、図れる便宜にも限度があるのを忘れないでほしい」


「ホッホッホッ、当然のことですな。礼儀を忘却した商人は、廃業しても仕方なしです」


 オレと屈狸くずりは笑い合う。傍から見たら真っ黒な会話だろうが、容赦願いたい。すべては食文化を守るためなんだ。


 適当な言いわけを心のうちで唱えつつ、オレと商人たちの会談はつつがなく終了した。


 フォラナーダと有力商人たちの繋がりは確保できたし、不穏な人物も判別できた。成果としては上々だと思う。


「ふぅ」


 商人たちが退室した後、小さく息を吐く。


 一仕事終えたとはいえ、対処すべき案件は盛りだくさんだ。まだまだ気を休めることはできない。


「ゼクスさま、こちらをどうぞ」


「お、ハーブティーか?」


「はい。ゼクスさまのレシピを、アレンジしたものです」


「へぇ。では、いただくとしよう」


 テリアが差し出してきたお茶を口に含む。


 確かに、ベースはオレ考案のものだな。でも、しっかり別個性が出ている。甘味が少々強めで、疲れた身に染みる良い味だった。


「うん。美味しいよ。いいアレンジだ」


「身に余る光栄です」


 お茶を飲みながら、今後の予定に思考を巡らせる。


 とりあえず、直近でオレが動く必要はないだろう。不審だった三名に監視をつけ、動きを見守るだけだ。


 その間は、カロンたちの合宿に付き合おう。十中八九、観光旅行に早変わりすると思うが、彼女たちと過ごせるなら、名目が何であっても楽しめる。


 愛しいヒトたちの休暇に思いを馳せ、オレは頬を緩ませるのだった。

 

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