Interlude-Shion 部下の熱意

 木々の萌える季節。夏へと移り変わるこの頃は、陽射しの強さも厳しくなりつつある。


 額に薄っすら汗を掻きながら、私――シオンはフォラナーダ城の敷地内を歩いていた。訓練場の一つに向かっているのだ。


 フォラナーダはいくつもの訓練場を抱えている。造りの強度や広さ、特殊罠、秘匿性などなど。豊かなバリュエーションによって、状況に応じた鍛錬が可能となっている。まぁ、地形差は魔道具で変更可能なので、その分の数は抑えられているけれど、それでも他家より圧倒的に多いのは間違いない。


 今の私が目指しているのは、その中でも頑強さ、広さ、秘匿性の三点が高い場所だった。


 自分が鍛えるためではない。部下たちが行っている『限界突破レベルオーバー計画』の監督役を務めるためだ。


 この計画は、読んで字の如くである。希望した部下たちの強化訓練みたいなもの。普通の訓練よりもハードな内容となっている。


 基準はゼクスさまが設定された。詳しくは知らないが、大雑把に説明するなら魔法司と戦えるレベルが限界突破レベルオーバーらしい。私を含めた普段の面子は水準を超えているというので、たまに監督役を担っているのだ。


 ちなみに、訓練場に広さを求めていることから察しがつくかもしれないが、希望者と銘打ちながらも、ほとんどの部下が参加している。未参加は研修中の新人や高齢の方々くらいか。


 こう申し上げるのは失礼だろうが、ゼクスさまの見積もりは甘い。いえ、その優しさがあの方の素晴らしい部分でもあるが、もっと彼らを信じてあげて良いと思う。


 使用人たちも、騎士たちも、暗部の皆も。フォラナーダに勤務する全員が、ゼクスさまを慕っているのだ。どのような困難を前にしても、一生仕えたいと考えるほどに。


 だから、気を遣う必要はなかったのだ。上位者として、ただただ『強くなれ』と命令して下されば良かったのだ。


 とはいえ、下々にも配慮してくださるゼクスさまゆえに、私を含めた皆もついていくのでしょう。未だ継続している部下たちとの定期面談が、それを強く物語っている。


 悪魔に笑われるかもしれないが、正直に言うと、ゼクスさまが引退された後が心配だ。あの方が素晴らしい領主すぎて、次代以降の方々が苦労しそうである。今、上手く運営できているのは、ゼクスさまの実力に依存しているところが大きいもの。


 近い将来、その辺りを指摘した方が良いかもしれない。


 そんな憂慮を抱きつつ、私は目的の訓練場に到着した。すでに、今回訓練を受ける面々は整然と並んでいる。


 チラリと魔電マギクルに表示される時刻を確認する。


 訓練開始の五分前。私が遅刻をしたドジを踏んだわけではなく、単純に彼らのやる気が高かっただけのよう。


 ホッと胸を撫で下ろし、私は彼らへ声を掛けた。


「今回の訓練の監督役を務めます、シオンです。よろしくお願いします」


「「「「「「「「「「よろしくお願いいたします!」」」」」」」」」」


 耳に痛いくらいの唱和から、高い士気を感じ取れた。といっても、彼らの士気が低い場面など、一度も対面したことはないが。


「騎士が二十、使用人が四十、暗部が十ですか。騎士と暗部が思ったよりも少ないですね」


 ザっと集まっている人数を確認したところ、かなり比率が偏っていた。普段なら、全部署より五十人ずつ参加していると思う。


 すると、最前列にいた騎士が挙手する。


「発言しても宜しいでしょうか?」


「許可しましょう」


「ありがとうございます。人数比が偏っているのは、例の港町の方に人員が割かれている影響です」


「嗚呼、そういうことですか」


 彼のセリフで得心がいった。


 常立国とこたちのくにより割譲した港町――築島つきしまは王都直轄領である。しかし、実際のところは共同統治だ。王宮派、フォラナーダ、貴族派から等分で人員が派遣されているのだ。これも内側の不和を和らげる手段だとか。


 フォラナーダが単独で派閥扱いなのは……まぁ、今さらだろう。他派閥も、無駄だと分かっている反論はしなかった。


 稼働人数が増えたことで、一度の訓練に対する参加人数も減ってしまったらしい。


 仕方ない話か。一応業務に区分されているが、優先度をつけると、どうしても低くなる。ゼクスさまのご意向で休息休日は減らせないため、ここが削られたのだと把握できた。


「それでは、訓練を始めましょう。いつも通り、レベル帯ごとに集まって基礎訓練です。時間になったら、私から声を掛けます。各自、励みなさい」


「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」


 異口同音の返事の後、参加者たちはグループに分かれる。レベル60~85、レベル86~98、レベル99の三つだ。この数字は、ゼクスさまが事前に通達したものである。


 そのうち、レベル99のグループが私の前へ駆け寄ってきた。グループと言っても二人しかいないのだが。


「シオン先輩。本日はよろしくお願いします」


「よろしくお願いしますぅ」


 そう言って頭を下げるのはテリアとマロンだった。


 彼女たちこそ、フォラナーダ内で二人しかいないレベル99だった。限界突破レベルオーバーの最有力候補と言い換えても良い。


 ゼクスさま含むいつものメンバー――と魔法司のガルナを除けば、テリアとマロンはフォラナーダ最強だろう。まさか、本業の騎士たちを差し置いて、メイドがこの領域に到達するとは思わなかった。ゼクスさまより話を伺った際は驚いたものだ。


 とはいえ、納得もある。彼女たちは、才能に関してはズバ抜けている。そこにフォラナーダの訓練が加われば、あっという間に強くなっても不思議ではなかった。


 それに、マロンに至っては、やる気も部下内で一番だし。一部で眠り姫なんて呼ばれている者と同一人物だとは思えないほど、必死に鍛錬をこなしていた。


「まずは、魔力組手から始めましょうか。二人同時で構いません、来なさい」


「承知いたしました」


「今日こそはぁ、勝ちますよ~」


 テリアは慇懃に、マロンは好戦的に答える。


 ……本当に、マロンはヒトが変わったようだ。いや、普段の仕事では普段通りののんびり屋なのだが、この訓練の時だけはギラギラしている。


 ゼクスさまを本気で慕っている証左なので、目くじらを立てるほどでもないけれど、だからといって勝ちは譲らない。ゼクスさまの婚約者として、部下に情けない姿は見せられないもの。


 私たち三人は、魔力を体外へ放出する。ただし、切り離さない。繋げたまま操作し、腕のように模った。


 本来、【放出リリース】した魔力は、後出しで操作できない。魔法の肯定として、【設計デザイン】の後に【放出リリース】するためだ。放たれた魔法の軌道を曲げたりすることはあるが、それは事前に組み込まれたプログラムであって、途中で操作したわけではない。


 ただ、何事にも例外はある。魔力を体と繋げたままにすれば、放出した後もコントロールできるのだ。


 といっても、かなり難度の高い技術である。フォラナーダ式の魔力操作の訓練を受けた上で、相当の実力を身につけないと実現不可能だろう。また、実戦的でもない。私でさえ、集中しないと接続を維持できないのだから。でなければ、今頃この技術が世界中に広まっている。


 私が二本、テリアとマロンが一本ずつ魔力の腕を作り、それを使って一対二の組み手を始めた。


 これが魔力組手である。名前そのままだ。魔力のみで組み手を行うという訓練方法で、魔力が体に触れたら負けというルール。


 ちなみに、魔力の形や数に制限はない。純粋に、今作り出しているものが限界と言うだけだ。


 殴りつけてくるテリアとマロンの魔力を捌きつつ、隙を見てコチラの魔力も伸ばす。向こうもタダではやられない。小刻みにステップを踏んで回避した。


「回避に集中しすぎです。魔力が揺らいでいますよ!」


「ぐっ」


 テリアの魔力形成が疎かになったので、こちらの魔力を叩きつけて霧散させる。今の彼女の力量では、即座に魔力は展開できないので、一気に畳みかけた。


 ところが、思い通りには進まない。マロンが介入してきたせいで、襲撃のタイミングを失った。


「大丈夫~?」


「ええ、助かりました」


「連携は宜しい。ですが、まだまだ魔力の練りが甘いですよ」


「精進します」


 その後も、私たちの攻防は続く。


 いつもなら二人の集中力が欠け、そこを私が突破するのだが、今回はどうだろうか。


 直感にすぎないけれど、何かが起こる気配を私は覚えていた。新しい芽吹きがある予感があった。


 それを警戒しつつ、期待して見守る。


 そして、ついに――


「これなら~どうだッ!」


「ッ!?」


 マロンが魔力の腕で攻撃を仕掛けてきたため、同じく魔力の腕で応戦する私。


 衝突するかに見えた魔力は、予想外の挙動をした。


 何と、マロン側の魔力が無数に分散したのである。細かい糸状の魔力は無軌道に移動し、私を囲うように接近してきた。まるで鳥かごだ。


 今までの彼女では使えなかった技。たしかな成長が感じられた。


「成長しましたね、マロン。素晴らしい魔力操作です」


 部下の成長は素直に嬉しい。ゆえに、ストレートな称賛を送る。


 しかし、だからといって敗北を認めるわけではないのだ。


「ですが、魔力操作に集中しすぎて、正面が疎かです」


「あっ」


 急接近した私に対応できず、マロンは為す術なくこちらの魔力に触れられてしまった。彼女の負けである。


 単独のテリアが私に張り合えるはずもなく、今回の訓練も私の勝利で終わった。ちょっとヒヤッとしたけれど、何とか先輩の面目は保てて良かった。





 ちなみに、マロンはこの訓練で限界突破レベルオーバーに到達したらしい。


 ゼクスさまの言葉を受け、泣いて喜ぶ彼女が印象的だった。


 おめでとう、マロン。今後も一緒に頑張りましょう。

 

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