Interlude-Wiemlay 兄妹の対話

 王城の一画。城内で警備がもっとも厳重であろう聖王の私室には、二人の人物が顔を向き合わせていた。


 一人は言わずもがな、この部屋の主たる私――ウィームレイだ。自分専用の一人掛けのソファに腰かけている。


 もう一人は、我が妹のアリアノート。対面のソファで紅茶を口に含みながら、薄く笑みを浮かべていた。


 文面だけなら兄妹の談笑風景と受け取れるが、実際のところは異なる。談笑といった温かみのある代物ではなかった。空気はピリピリと張り詰めている上、一挙手一投足が見張られているような重苦しさがある。


 まるで帝国や森国の重鎮との対談だな。


 紅茶で口内を潤しつつ、私は心のうちで苦笑を溢す。


 身内のはずなのに、仮想敵国との外交染みた雰囲気になるとは。我が家族のことながら笑える。


 まぁ、笑い話で済むのは、彼女に謀反の意思がないためだろう。他者の目があるうちは、仲の良い兄妹を演じてくれているのも大きい。


 個人的には、家族なのだから仲良くしたいと考えている。だが、彼女がそれを望んでいないのは明らかだった。


 ……いや、正確には違うか。望む望まない以前に、家族愛を育む意義を感じていないのだろう。突き詰めた合理主義であるがゆえに、意思疎通をしっかり取れていれば問題ないと踏んでいる節がある。事実、彼女の手腕によって上手く回っているし。


 とはいえ、堅物だった我が妹も、不変ではなかったのだと実感している。


「アリア。最近の学園生活はどうだい? 『魔王の終末』以降、忙しくしていると聞いているが」


わたくしが語らずとも、フォラナーダより報告書を受け取っていらっしゃるのでは?」


「それはそうだが、本人の所感を聞くのも大切だろう?」


「一理ありますね。では、語らせていただきます。といっても、そう面白い話ではありませんが」


 生徒会の仕事について淡々と述べていくアリア。激務だと言いつつも、声音には何の感慨も込められていなかった。魔王でさえ手玉に取った彼女にとって、”多忙”程度は些細な問題なのだと察する。


 すべてに対して無感動な彼女だったが、とある内容に移ると若干様子が変わった。


「この間、ゼクスさんたちとお茶会を開きましたわ」


 それは、我が親友のゼクスが関わる話題だった。


 変化といっても、僅かに声に色がついた程度。たぶん、私のようなアリアに近しい者しか気づけない些細なものだが、確かに変わっていた。


 これこそ実感の正体だ。ゼクスと出会ってから、アリアは明確に変容したと思う。興味深いオモチャを見つけた、とでも表現すべきか。彼女の関心が、すべて彼に向いているのは明らかだった。


 気持ちは分かる。ゼクスは見ていて飽きない。実行する何もかもが奇想天外で、こちらを驚かせてくれる。きっと、頭の良いアリアを以ってしても、予想外のことだらけなのだろう。


 色恋沙汰ではない点は、兄としては残念に感じ、聖王としては安堵している。


 前者の理由は言をまたないと思う。


 では、どうして後者の感想を抱いたのかと言うと、アリアとゼクスの間に子どもが生まれたら『こちらの子どもの方が優秀なので、王位を簒奪します』と爆弾を落としそうだからだ。聖王として、国内の混乱は生み出したくない。


 ただ、そうなっても、あの二人ならあっという間に・・・・・・・混乱を収めそうではある。何せ、両者ともに規格外だ。アリアとゼクスの組み合わせは、色々と危険すぎる。常立国とこたちのくにの一件で痛感したよ。


 最悪、二人が手を組む未来も想定して動くべきか。混乱は少ないに越したことはないし、今後生まれるだろう私の子どもたちが生き延びられる道は作るべきだろう。


 ……何故、妹の将来を考えるだけで、これほど気苦労を背負いこんでいるのだ、私は?


 ハァ。所詮はヒトの範疇である私に、人外級の相手は負担が大きすぎる。親友ともと妹でなかったら、匙を投げていたに違いない。


 そのような未来の話に懊悩おうのうしつつ、アリアと世間話に興じること幾許か。ティーポットの茶がちょうど切れた辺りで、アリアは「さて」と溢し、話の流れを断ち切った。


「そろそろお喋りも終わりにしましょう、陛下。妹の成長は実感できましたよね?」


「……わざわざ口に出すところは相変わらずだね、アリア」


「その方が、今後の行動に支障がありませんから」


 ニッコリと笑う彼女だが、その目に宿す光は冷ややかだった。『氷慧ひょうえの聖女』は健在らしい。


 程良く温まっていた空気は、すっかり冷め切ってしまった。緊迫感が戻りつつある。アリアの言う通り、サッサと本題に移った方が良さそうだな。


 私は小さく溜息を吐き、言葉を紡ぐ。


「ゼクスが受けたという死の予言について、どう思う? アリアの見解を伺いたい」


 アリアを呼び出した本来の目的は、ゼクスが死ぬという未来について尋ねるためだった。


 ゼクスの死は、もはや彼個人やフォラナーダ領内で収まる問題ではない。聖王国全体を揺るがす一大事となろう。それくらい、我々は彼に依存していた。


 強さもそうだが、突飛な発想や行動力、他者を惹きつけるカリスマなど。ゼクスの資質は多くの人々を支えている。私もその一人だ。彼がいなければ私はこの場にいないし、聖王国も政治腐敗によって百年以内に滅んでいたと思う。王位を継承して半年で、それは確信していた。


 ゆえに、失うわけにはいかなかった。かの予言の真偽はともかく、是が非でもゼクスは守らなければいけない。無論、親友としても、彼には死んでほしくないと強く願っている。


 私の問いに対し、アリアは珍しく困ったような表情を浮かべた。


「見解、ですか」


「何か問題が?」


「頼っていただき恐縮なのですが、ゼクスさんの死に関して、わたくしは何も分かりません」


「分からないとは、どういう?」


 抽象的すぎる言葉に、私は首を傾いだ。


 アリアは返す。


「言葉のままですよ。この件に関して、わたくしは何一つ予想できません。彼を誰が殺すのか、どうやって殺すのか、何故殺すのか、どこで殺すのか、どういった経緯で殺すに至るのか。まったく推理できません」


 お手上げだと両手を上げる彼女。


 その回答は予想外だった。


「アリアでも分からないか……」


「忸怩たる思いですが、無理ですね。そもそも、ゼクスさんを殺すという発想が意味不明です。彼、死ぬのでしょうか?」


「生物なのだから死ぬと思うぞ……たぶん」


 いや、私もまったく想像できないが、死なない生物はいないはずだ、きっと。


 こちらの反応を認めたアリアは小さく笑う。


「ほら、そういう存在なのですよ、ゼクスさんは。ですから、件の予言については推理のしようがありません。仮説さえ立てられません」


「なるほど」


 しかし、困った。ゼクスを守るため、国で全面バックアップしようと考えていたのだが、何も分からなければ難しい。行き当たりばったりを敢行するのは、さすがに横暴がすぎる。


 私が腕を組んで唸っていると、アリアは忠告めいた発言をした。


「下手に手を出さない方が賢明ですわよ」


「なに?」


「ゼクスさんは、単独で国家を凌駕する力を有しています。下手な助力は、足手まといと変わりません」


「だが――」


「どうしてもご助力なさりたいのでしたら、情報収集に徹するのが良いでしょう。歴史ある我が国の情報網は、彼にない力です」


「たしかに、それがベストか」


 彼女のアドバイスに、私は大きく頷く。


 以前にゼクスは言っていた。国外への情報網は開拓中だと。であれば、その路線なら協力できるに違いない。


 心のうちで今後の方針を決める私。


 すると、ついでとばかりにアリアが口を開いた。


「最近、帝国と森国が騒がしいようです。重点的に調査された方が良いかもしれませんわ」


「……キミはどうやって知ったんだ?」


 今のアリアに、暗部の指揮権はないはずだが。


「ただの噂です」


 頬笑んで誤魔化そうとする彼女。


 まったく。妹が味方でいてくれて本当に良かったよ。

 

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