Chapter12-ep2 囚人

 王城地下にある貴人用の独居房に、オレはシオンを伴って訪れていた。分厚くて無機質な、もはや鉄塊と呼んでも良い扉を開こうとしている。


 この中に収容されている囚人は遠姫とおひめだ。いくら我が国の平穏を乱した犯罪者でも、王族という肩書がある以上は、最低限の生活は保障しなくてはいけない。


 あと、彼女自身の身を守る意図もあった。【占眼せんがん】の力を悪用したがる連中が出てくる可能性は否定できないもの。


 まぁ、それらの保障も、残り僅かの期限付きなわけだが。


 先の謁見の後、女王菊世きくぜ遠姫とおひめの廃嫡を正式発表した。港町の割譲とともに、第二王女との関りも一切絶つと。


 そんなわけで、オレは最後の訪問を敢行した。やらかした内容や彼女の保有能力などを鑑みると極刑は堅い。港町への対応で多忙を極めるのは目に見えているので、そうなる前に色々と観察しておきたかったんだ。


 銀行の金庫かと見紛う重厚な扉をゆっくり開き、入室するオレたち。


 貴人用の居房とあって、中は快適そうな作りだった。ワンルームマンションのイメージが近いか。ベッド等の家具は高級な代物だし、風呂やトイレは別室に区切られている。手狭ではあるものの、それなりの生活は送れるだろう空間だ。


 部屋の住人は、ベッドの端に腰かけていた。簡素なドレスこそ身にまとっているが、王族特有の華やかさはない。元から落ち着いた雰囲気だったけど……何と表せば良いのか。根っこの部分が欠けている印象を受けた。牙の抜かれた獣のような。


 おそらく、彼女の抱いていた野心――常立国とこたちのくに女王への道が、完全に閉ざされてしまったためだろう。今の遠姫とおひめは、ほとんど抜け殻に違いなかった。


 印象が変わって見える要素はもう一つある。顔半分を覆っていたベールがないんだ。お陰さまで、しっかりと遠姫とおひめの顔が窺える。美人の部類であるものの、少し気の強い顔立ちかな? まぶたが降りているせいで分かりにくいけど、ツリ目でもあるっぽいし。


 音でこちらに気づいたよう。遠姫とおひめはペコリと頭を下げる。


「ご無沙汰しております、ゼクス殿。お待ちしておりました」


「待っていた? 未来を視たのか?」


「はい。本日のこの時間帯、未来が不確定になりましたので、あなたが訪れると確信しました」


 こちらの問いに、しかと頷く彼女。


 事前の尋問により、アリアノートの推理が当たっていたことは証明されていた。オレの未来が遠姫とおひめの【占眼せんがん】では視られないことも。曰く、オレが関わった時点で、未来が真っ白になってしまうらしい。


 ゆえに、彼女に予想されていても驚きはない。『コルマギア』の補助がない今、魔眼の乱発は難しいはずだが、死を覚悟している者にとって、温存なんて無意味なんだと思う。


「本日は、どのようなご用向きでしょうか?」


「魔眼の調査といくつかの質問をする」


「なるほど」


 オレの回答に対する遠姫とおひめの反応は、実に静かだった。


 僅かでも聡明さがあれば、考え至る結論だもんな。先の質問も、一応尋ねたに過ぎないんだろう。


「シオン。周囲警戒を頼む」


「承知いたしました」


 オレは背後に控えていたシオンに声を掛ける。


 これより行うのは、未知の魔眼【占眼せんがん】の調査。他に意識が向かなくなる可能性もあるため、探知と防御は彼女に任せる。


 程なくして、オレの両眼は白く輝く。それから、周囲にも無数の白光する球体が浮かんだ。【白煌鮮魔びゃっこうせんま】の魔眼群である。


 無力化した相手に隠蔽の手間を挟む必要はないので、堂々と精査を開始した。数多の目玉を不気味がる遠姫とおひめも努めて無視する。


 観察は三十分にも及んだ。


 未知だった魄術びゃくじゅつの時よりも時間がかかったのは予想外……いや、違うか。既知の魔法だからこそ、知り得る知識とのギャップの整理に手間取ったんだと思う。それほど、【占眼せんがん】の存在は異端だった。


 前提として、彼女たちの眼は、厳密には魔眼の定義より外れる。


 そも、魔眼とは、自身の肉眼を一時的に・・・・魔力の眼と置き換える代価魔法である。あくまでも、個人と世界が交わす契約みたいなものだ。永久に眼や視力を失うことはないし、遺伝することもない。


 というか、【占眼せんがん】は眼のみで完結していない。盲目なのも当たり前だ。何せ、脳の視覚を司る部分までも塗り替えられているんだから。現実3Dを捉えるのではなく、どこか別の何か・・を視るよう書き換えられている。


 おそらく、【占眼せんがん】は、未来の情報が収められた端末にアクセスする疑似権限のようなものなのかもしれない。


 前世にあったアカシックレコード説みたいで胡散臭うさんくさいが、転生が存在する時点でなぁ。昔、アカツキが『存在情報』なるものについても言及していたし、一概に否定できないところが頭痛い。


 話を戻そう。


 要するに、遠姫とおひめの一族は、オレたちの先祖とは違った形で世界と契約したんだ。こちらの代価が子々孫々の血であるなら、あちらは女性子孫の両目と視覚野か? 狂気の域だな。何が、彼女たちの先祖をそこまで駆り立てたんだか。


 うーん。糧になるかと思って調査したけど、これは再現不可能だな。魔力の根本が違いすぎる。


 一応、アクセス先の座標らしきものは手に入れたけど、嫌な予感がするんだよなぁ。神化すればワンチャンいけそうだが、別の厄介ごとを招く気がする。


 触らぬ神に祟りなし。放置しよう。オレの胸のうちに留めておけば、闇に葬られること。


 そう結論を下したオレは、魔眼群を消した。もう【占眼せんがん】に興味はない。残る仕事を済ませてしまおう。


「では、質問タイムだ。素直に答えるか否かは強制しないが、嘘を吐いても無意味だとは言っておく」


 質問といっても、一つを除いて念のための最終確認だからな。彼女の証言がなくても、今後に支障はない。まぁ、彼女も立場を弁えているのか、嘘は吐かなかったが。


 いくつかの問答を終え、オレは最後の質問を投じた。


士道しどうの右手のひらにあった“刻印”は何だ?」


 これこそ、オレの本題だった。


 遺体を検分した結果、士道しどうの右手に刻印が発見されたんだ。既存の魔法とは異なる術式で編まれたもので、【白煌鮮魔びゃっこうせんま】によると【使役】の効果が込められた代物。


 遺体を調べるまで気が付かなかったのは、刻印の機能が停止していたためだ。長らく魔力を流していなかった影響で、ほとんど壊れかけの術式だった。


 主だった遠姫とおひめなら、何か知っているかもしれない。僅かな望みによる質問だったが――


「刻印、ですか? 申しわけございませんが、そのようなものが刻まれているとは存じ上げませんでした」


 期待した結果は得られなかった。遠姫とおひめは首を傾げるのみ。感情の動きからして、嘘を吐いている様子もない。


 そう、簡単には解決しないか。


 想定内の回答だったので、そこまで落胆はない。だが、厄介ごとの予感にゲンナリしてしまった。


 やるべきことは終えた。帰るとしよう。


 多少肩を落としつつも、オレは別れの挨拶を告げて独居房からきびすを返そうとする。


 すると、遠姫とおひめが声を掛けてきた。


「最後に、一つだけ宜しいでしょうか?」


「何だ?」


 肩越しに振り返ったところ、彼女は意味ありげに頬を緩めていた。


 嫌な気配を感じたオレは、遠姫とおひめが話し出す前に立ち去ろうと試みたが、それは不発に終わる。


「捕まってから……いえ、ゼクス殿の未来を視られないと知った日からずっと、私はあなたの未来を見通そうと繰り返してきました」


 話し始めてしまったのなら、足を止める他ない。最後まで聞かない方が、気になって仕方なくなるもの。


 オレは首を傾ぐ。


「真っ白な景色しか見えないんだったか。それがどうした?」


「つい先刻。一つだけ、ゼクス殿の結末・・を視ることに成功いたしました」


「……結末?」


「はい、結末です」


 遠姫とおひめわらう。これ以上に愉しい出来事はないと言わんばかりに、にんまりと笑顔を見せる。


「あなたは黒髪の男に殺されていました。背後より剣で心臓を一突きです。ふふふははは。私の輝かしい未来を潰したあなたが無様に死ぬ姿を視られて、とても幸せな気分です。あはは。期限は一年以内。せいぜい、怯えて過ごすと良いでしょう。はははははははははは」


「それは、どういう意味ですか!?」


 オレの死を予言した遠姫とおひめに、傍で控えていたシオンが食ってかかろうとする。


 ところが、いくら体を揺さぶろうとも、彼女は笑声を響かせるだけだった。こちらの問いかけには一切答えない。慌てるコチラの姿をも愉しんでいるかのように。


「はぁ」


 オレは小さく溜息を吐く。


 どうやら、オレたちを取り巻く環境は、まだまだ安定したとは言い難いみたいだ。カロンの運命を打開したかと思ったら、今度はオレが死の囚われなんて笑えない。


 まぁ、ちょうど良い機会か。グリューエン討伐後、些か緩んでいると感じていたし、今一度、気を引き締め直すとしよう。


 未だ遠姫とおひめを詰問するシオンをなだめ、独居房を後にするオレたち。


 次なる目標は、オレ自身の死の回避。はてさて、世界最強を殺す男とは何者なのか、実に興味深い未来だな。



――――――――――――――


これにてChapter12は終了です。ありがとうございました。

明日から三話ほどの幕間を挟み、Chapter13を開始する予定です。よろしくお願いします。


 

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