Chapter12-ep1 罰

 謁見の間。広々とした豪奢ごうしゃな部屋には、十人ほどが玉座までの道を挟む風に並んでいた。彼らはウィームレイ聖王の側近であり、国政の重鎮だ。


 当然、オレもそこに参列している。一番の若輩であることやこの後に動きやすいよう、最後尾に立っていた。


 それから、もう二人。玉座の前で、土下座と見紛うほど頭を下げる人物がいた。両者とも長い銀髪や目元を覆う布、十二単の如き着物など、共通した特徴がある。今でこそ見えないが、目元を覆うベールも同じ。片や四十手前、片や二十代前半という年齢差以外、本当によく似ている。


 ここまで語れば、二人の正体は分かり切っているだろう。彼女たちは常立国とこたちのくにの女王と第一王女だ。今、かの国の王族二人がこうべを垂れていた。


 広間では、誰一人として物音を立てない。痛いほどの沈黙が場を支配していた。


 ……いや、ひざまずく二人に限っては、うるさいくらいかもしれない。乱れに乱れた感情から察するに、心臓は大きく激しく鼓動していると思われる。


 緊迫した空気の中、ついに本命が現れた。


「聖王陛下がお出でになりました!」


 唯一の出入り口に立っていた騎士が声を張り上げる。


 それを聞き届けたオレたち側近は最敬礼し、同時に扉が開け放たれた。


 玉座に向かって、ゆっくり歩を進める音が響く。ウィームレイと宰相、護衛の三人だ。


「面を上げよ」


 宰相の声かけが行われ、オレは姿勢を正す。他の側近たちも同様。


 玉座にはウィームレイが腰かけており、先代より交代した四十路の宰相と護衛たる近衛団長が、その左右を挟んでいる。


 しかし、常立国とこたちのくにの二人は違った。ひざまずいたまま動かない。嗚呼、王女の方は微かに震えているな。感情の乱れが恐怖に統一されつつある。


「常立の――」


「待て、宰相。この先は、私が進める」


「ですが」


「今回は一応非公式だ。問題はあるまい」


「……分かりました」


 どうやら、ウィームレイ自ら司会進行するらしい。普通なら止めるところだが、彼の言う通りこの場は非公式のため、ワガママを許した様子。彼より折れる気配が感じられなかったのも一因かな。


 そんな問答を挟みつつ、ウィームレイは常立国とこたちのくにの二人へ声を掛けた。


「お二方も頭を上げたまえ。心情的に難しいのは理解するが、私に旋毛つむじを見せ続ける方が失礼だと知るべきだ」


「申しわけございません、聖王陛下」


「も、申しわけございません」


 語り口こそ柔らかいが、声音には圧が込められていた。それを感じ取った彼女たちは、慌てて顔を持ち上げる。


 小国と言えど、国を治めているだけあって、女王は表情を完璧に取り繕えている。一目では内心なんて分かりっこない。


 一方、第一王女は経験の浅さが露呈していた。必死に顔を引き締めているけど、瞳が微かに泳いでいる上、頬の筋肉も震えている。


 二人の顔を認めたウィームレイは満足げに頷き、言葉を続けた。


「まずは挨拶を交わそう。私はウィームレイ・ノイントス・アン・カタシット。今代の聖王である」


「丁寧なご挨拶、痛み入ります。わたくしは今代の常立国とこたちのくに女王、菊世きくぜと申します。こちらは娘の水姫みつひめでございます」


「み、水姫みつひめです」


菊世きくぜ殿と水姫みつひめ殿だな。よろしく頼む」


 ここだけ切り取れば、王族同士の和やかな会談なんだが、実際のところは真逆だ。


 一拍置き、ウィームレイは言う。


「すまなかったな。緊急事態とはいえ、突然呼び出してしまい申しわけなかった。フォラナーダ卿の転移には、さぞかし驚いたことだろう」


「謝罪には及びません。事の重大さを考えますと、当然の判断だと思います。それに、最低限の準備を整える時間は下さりました。我々の立場からすれば、十分すぎる配慮でございます」


 心の底より感謝している。そう伝えるよう、菊世きくぜは深々と頭を下げる。


 二人の会話から分かる通り、彼女と水姫みつひめの二名を連行したのはオレだった。


 遠姫とおひめの愚行――辻斬りや誘拐事件は、下手をしなくても国際問題だ。下手をしなくても開戦が視野に入る。ゆえに、メッセンジャーおよびタクシーを務めたわけである。陸路だと、諸々を考慮すると三、四ヶ月は費やしてしまうからな。


 内容を伝えた時の菊世きくぜの反応は、被害者であるコチラが同情してしまうほどだった。血の気が失せた風に顔色を白く染め、絶望を瞳に宿す、この世の終わりとも言うべき表情だったな。


 無理もない。聖王国は大陸で一、二を争う大国。都市国家群で台頭してきた程度の国なんて、あっという間に滅ぼせる。たとえ、オレが協力せずともね。


 まぁ、士道しどうの協力があれば違ったかもしれないが、もはや死んでいるので、語る意味のないIFだった。


 自分の代で祖国を滅亡させてしまう。その想像は、女王である菊世きくぜには耐えがたいものだっただろう。オレの話を聞いた後、速攻で各方面へ伝達し、出立の準備を整えていた。


 見た限りの手腕はとても優秀で、遠姫とおひめがいなければ、しっかり国を治め切っていたに違いない。本当にもったいなく思う。


 王同士の会話は続く。


「そう仰っていただけると助かる。こちらとしても、大至急で話を進めたかったのだ」


わたくしも賛同いたします。此度の一件は、早急に片づけねばなりません」


「嗚呼。些事ではあるが、他国の横やりが入るのは面白くない」


 仲裁と称して、利益をむさぼろうとする賊国はきっと出てくる。


 聖王国は容易に蹴散らせるが、常立国とこたちのくには難しい。戦の要だった遠姫とおひめ陣営が瓦解がかいしてしまったんだから。


 余計な介入によって、こちらが得られるはずだった益を奪われるのは看過できない。


「さて。貴国の姫が罪を犯したのは、知っての通りだ。改めて証拠を提示するか?」


「それには及びません。すでに、フォラナーダ侯爵殿から、十分な資料をいただいております。全面的に、こちらの罪を認めましょう」


 国家の対応としては素直すぎると感じるが、そも、否定にしようがないんだろう。『コルマギア』の存在や遠姫とおひめの尋問結果は、どう足掻いても覆せない。


 その辺りはウィームレイも理解していたはず。今の問答は、嫌がらせに他ならなかった。『お前が手綱を握らなかったことが原因だぞ』と、現実を突きつけたんだ。


 追加調査によって、かの事件が遠姫とおひめ陣営の独断だと判明していたが、監督責任があるのは間違いない。もはや、関係ある関係ないの主張が通る段階は過ぎ去っていた。


 普段は温和な彼も、やる時はやる。


「では、貴国へ求める賠償の話をしよう。王族がテロを主導したともなれば、併呑も組み入れることも止むなしだが――」


 彼のセリフに、菊世きくぜ水姫みつひめは震える。


 まぁ、当然の意見だ。遠姫とおひめの行為は、聖王国へ戦争を吹っかけたのと大差ない。というか、普通なら戦争直行案件だ。


 しかし、こうして話し合いの場を設けている時点で、戦争の線はない。戦争をしてまで常立国とこたちのくにを得る旨みが少ないためだ。戦が絶えない地なんて、安定しているコチラにとって足枷でしかない。


 だから、旨みだけを貰うことにする。


「今回、我々が求めるモノは一つ。貴国の港町をいただこう」


「「ッ!?」」


 ウィームレイの要求に、息を呑む菊世きくぜたち。


 もありなん。常立国とこたちのくには、元々海辺の国だった。それが、遠姫とおひめの起こした戦争によって拡大した。


 要するに、長年治めてきた土地の一部を割譲しろと迫ったんだ。しかも、国益をもたらす海産も押さえる内容でもある。常立国とこたちのくに側からしたら、冷静に振舞う方が無理筋というもの。


 動揺を色濃く残しながらも、菊世きくぜは尋ねる。


「聖王陛下。意見を申し上げても宜しいでしょうか?」


「構わない」


「事の重大さを考慮すれば、港町を譲り渡すのも致し方なしでしょう。ですが、その場合、大きな問題が浮上いたします」


「問題か。それは?」


「領土が離れすぎております。貴国と我が国の間には他の都市国家が三つあり、その上、件の港町は我が国の最西端。明け渡し際は、我が国を含めて四国をまたぐ状態となります。飛び地としては、あまりにも遠い」


「なるほど。管理が困難だと仰りたいのだな?」


「はい」


 神妙に頷く菊世きくぜ


 やはり、この女王は優秀だ。国力の差があり、自分たちに非がある現状、こちらの要求は安易に断れない。だが、港町を切り捨てるのは阻止したい。そんな矛盾した内容の解決案を、この短い時間で考えついたんだから。


 とはいえ、その妙案は、オレたちには通じないんだよなぁ。


「ふふふ」


 ウィームレイは小さく笑う。


 菊世きくぜは頬を強張らせる。


「な、何か粗相でも?」


「いや、違う。すまない。そちらをおとしめる意図はないのだ」


 湧き上がる感情を抑えるため、何度か深呼吸を繰り返すウィームレイ。


 笑声を留めた彼は、菊世きくぜたちを見据えた。


「距離の心配は無用だ、菊世きくぜ殿。貴殿らも体感しただろう。我が国には転移がある」


「なっ」


 言葉に詰まる彼女。


 あの様子だと、非常識すぎて【位相連結ゲート】の存在を忘れていたのかな。もしくは、オレにしか使えない技術だと判断していたか。


 残念ながら、事業化しているんだよね、転移って。スキアの実家の一件を経て、フォラナーダ領、ロラムベル領、チェーニ子爵分家領は転移の魔道具で繋がっている。お陰さまで、うなぎのぼりの利益を生み出していた。


 あの魔道具があれば、件の港町も安全に管理できるんだ。菊世きくぜの指摘は、まったくの無意味となる。


「……承知いたしました。港町を引き渡しましょう」


「陛下……」


 もはや為す術ないと理解した女王は、項垂れるように頭を下げた。


 隣の水姫みつひめが彼女を案ずる声を掛ける。


 こうして、聖王国の領土は広がった。


 元常立国とこたちのくにの領土は王家の直轄地となり、転移門の管理はフォラナーダとロラムベルが務めることとなった。


 重要地を奪われた常立国とこたちのくには、遠からぬうちに衰退していくだろう。元の領土以下にまで勢力が減る可能性は高い。




 ところで、また仕事が増えたんだが、どうしてくれようか。

 

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