Chapter12-5 野望と衝動(8)

「おおおおおおおお!」


 空気を揺らすほどの雄叫びとともに、士道しどうのまとうオレンジの光が増した。ピリピリと肌にまとわりつく力波も増す。


 単純に考えるなら、身体強化の度合いを増加させたんだろう。まだまだ己道こどうへの理解は浅いないため、別の可能性も捨てるわけにはいかないが。


 心を凪に、魔力を研ぎ澄ませ、気配を広げ、敵の動きを待つ。もう一本の短剣を取り出し、双短剣を構えた。魔纏まてんを行使するのも忘れない。


 三秒と置かず、互いの刃が交わる。キンと甲高い音が鳴り響き、白い魔力とオレンジの生命力の残滓が飛び散り、暗い森を一瞬照らす。


 やはり、純粋な膂力は互角か。ギリギリと鈍色を撫でる音こそ鳴るものの、触れた刃は前に進まない。精神魔法による弱体化デバフ込みでコレなんだから、己道こどうによる身体強化の性能はすさまじい。


 しかし、オレの脅威にはならない。


 短剣を傾け、相手の刀を刃の上に滑らせる。二本の得物で上手く軌道を調整し、士道しどうの姿勢が前のめりになるよう促した。


「なっ!?」


 流れるような受け流し。鍔迫り合いからの急激な変化に、彼の認識は追いつかない。吃驚の声こそ漏れるが、まったく対処できていなかった。


 無防備に晒された背中を放っておくほど、お人好しではない。差し出された首に向かって、短剣を振り下ろす。


 だが、士道しどうも黙ってやられるはずなかった。上昇している膂力に任せ、無理やりその場より飛び退く。前方へ頭から突っ込んでいき、ドタドタと地面を跳ね転がる。


 受け身さえ取れていないけど、殺されるよりはマシか。即座の判断力は評価して良い。


 とはいえ、他はどうしようもなく落第点だな。今の一合で、士道しどうの刀術のレベルは把握できた。以前、ニナとの模擬戦を見学したのも加味されているかな。


 基礎はできているし、才能も感じられる――が、熟練者を相手取るには、あまりにも稚拙ちせつだ。その辺の有象無象の範疇を出ない力量だろう。己道こどうのゴリ押しで勝ってきたと分かる剣筋だった。


「ん?」


 起き上がろうとする士道しどうへ追撃を仕掛けようとしたところ、周囲に極細の糸が揺蕩たゆたった。魔力が浸透しており、見た目以上の切れ味を持つと分かる。


 出所は遠姫とおひめだ。士道しどうの援護のつもりだろう。【占眼せんがん】の使えない彼女はタダのカカシだと考えていたが、参戦するらしい。


 士道しどうよりも脅威度が低い彼女だけど、戦う意思があるなら放置しておくわけにもいかない。


「まぁ、他国の王族だし、手心は加えるか」


 今後の交渉を考慮すると、外的欠損は避けた方が良い。殺しは以ってのほか。


 なれば、最適解はコレしかあるまい。


「【おやすみ】」


 精神魔法【言霊】。名前の通り、発した言葉の意味を現実に与える術で、術者と対象の魔力量の差によって効果の強度が上下する。


 要するに、オレなら誰が相手でも最上の効果を発揮できるんだ。


 無論、欠点はある。魔力体である精霊や魔法司には通じない上、防御する術も存在する。アカツキは簡単に弾くし、直感にすぎないけど、己道こどうをまとう者にも防がれる気がする。


 さておき、遠姫とおひめは例外に位置しない。つまりは、


「あ、れ……?」


 バタリと彼女は崩れ落ちた。そのうち、安らかな寝息が聞こえてくる。


「姫ッ」


「おいおい。他人の心配をしてる場合じゃないぞ?」


「チッ」


 起き上がった士道しどうは慌てて遠姫とおひめの元へ駆けつけようとするが、その進路をオレがふさぐ。


 彼女はしばらく目を覚まさないけど、己道こどうがどんな影響をもたらすか分からないため、接触は厳禁だ。


「【おやすみ】」


「シッ!」


 念のため、士道しどうにも【言霊】を行使してみるが、まったく効いていなかった。こちらに突貫し、横一文字斬りを放ってくる。


 一撃を受け流しつつ、思考を回す。


 見た感じ、己道こどうのオーラに弾かれたか?


 観察するために、斬り合いを演じながら、何度も【言霊】を試した。


 魔力の場合は総量の差で押し通せるんだけど、生命力だと理屈が異なるらしい。込める魔力を調整しても、弾かれる際の反応に変化はなかった。


 魔力と生命力は水と油の関係という結論が、今のところ有力か。それならば、オレが己道こどうを覚えづらい事実にも説明がつく。


 オレのみがサンプルなので、どうしても正確性に欠ける。今後は、カロンたちにも手伝ってもらうしかないな。


 別大陸の術理だから教えるのに躊躇ちゅうちょしていたんだが、二人目の別大陸の敵が現れては、四の五の言っていられない。二度あることは三度あるものだ。


 さて、先のことは一旦棚に上げよう。今は、目の前の敵の討伐に集中しなくては。


「ぐっ」


 回し蹴りを放ち、士道しどうを吹き飛ばす。三十メートルほど飛んだ彼は、途中でいくつかの木々を薙ぎ倒しつつ停止した。


 よろよろと立ち上がる士道しどうを尻目に、こちらはゆっくり歩み寄る。


「一つ気になっていたことがあるんだ」


 彼我の距離が十メートルに縮まったところで立ち止まり、オレは語りかけた。


士道しどう。キミは、どうして遠姫とおひめの計画に加担した?」


 アリアノートの推理を聞いても、そこだけが腑に落ちていなかった。協力する彼の意図が読めなかった。


 拾ってくれた恩義に報いるため?


 理由の一つではあるだろう。士道しどう遠姫とおひめを尊重している風だったので、間違った見解ではない。


 出世したいから?


 これも間違ってはいないと思う。そこまで大きくはないが、彼からも野心の感情は見て取れる。


 だが、しかし、根っ子の部分は別にあると断言できた。詳細は分からないけど、もっと別の――ドロドロした欲望に従って士道しどうは行動していると、オレは見通していた。


 刀を構え直した彼はわらう。今までの武人然とした相貌を崩し、禍々しいまでの愉悦を全面に出した。


「へぇ。俺の本質に気づくとは、さすがはフォラナーダ侯爵だ。姫みたいに未来を読めないはずなのに、すごいな」


「それが本性か」


「そうだよ。これが俺の素さ。ヒトを斬りたくて斬りたくて仕方ない、修羅の道を歩く畜生が俺の根っ子だぜ」


 ようやく合点がいった。常立国とこたちのくにの戦争も、今回の辻斬りも、士道しどうは自分の趣味のために手を貸していたんだ。ヒトを斬りたいという外道の欲求を満たしたいから。


「故郷では指名手配されちまってね。逃亡中に海へ飛び込んだんだが……まさか、別大陸に辿り着くとは思わなかった。悪運が強いと、我ながら感心したよ」


 たしかに、マグマに飛び込んで生還するレベルの奇跡だ。アカツキより聞いていた世界の構造上、海の藻屑と化すのが普通だもの。


 士道しどうは下卑た笑みを浮かべる。


「俺はまだまだヒトを斬りたい。だから、この場からも生き残ってみせる。出し惜しみナシだ」


 そう言って、彼はオレンジ色のオーラを一際輝かせた。同時に、地面より十体の土くれ人形が現れる。全員、オレンジの光剣を携えていた。


傀儡くぐつか」


「その通り。己道こどうの基本、生命付与だ」


 十体の土くれは、オーラをほとばしらせて突っ込んでくる。速度も連携も、以前の木人形と変わらないな。


 オレは冷静に観察しながら、取り囲んでくる傀儡くぐつたちと何合か刃を交える。


 なるほど。傀儡くぐつたちの技量や身体能力は、術者を模したものになるみたいだ。単純な人数増加だが、同種の術と比較すると効果が高い。魔法で似たようなものを用意するなら、どうしても技量が劣化する。


 とはいえ、所詮は烏合の衆だ。


 魔力刃で伸身した短剣二本を振り回し、一瞬で土くれども全部を細切れにしてしまう。


 オレと士道しどうでは技量が隔絶しすぎている。いくら数をそろえようとも、圧し潰せるわけがなかった。


 まぁ、それは向こうも理解していたようだが。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 特大の雄叫びとともに、周囲一帯がオレンジに照らされる。


 腰を落とし、脇構えに似た姿勢を取る士道しどうは、膨大な生命力を後ろに引いた刀へ貯め込んでいた。どこから見ても、必殺の一撃を放とうとしている。


 本来なら付き合う必要は皆無だが――あえて乗ってやろう。あれが脅威にならないことは、すでに解析済み・・・・である。


「食らええええええええええええええ!!!!」


 大きく振られた刀から、巨大なオレンジの斬撃が飛ぶ。およそ十メートルはある飛ぶ斬撃は、周囲の木々を斬り飛ばしながら、こちらへと迫ってきた。


 正確な換算はできないけど、だいたい最上級魔法くらいの威力はありそうか。かなりの大技だと判断できる。


 ただし、オレに対する技としては、あまりに無力だった。初手でコレを撃ってきていたとしても、容易く捻じ伏せられただろう。


「もう見切った」


 オレンジの大刃を人差し指で小突く。傍から見れば無謀とも見える行動だったが、効果は劇的だった。


 指を突いた場所よりボロボロと崩れる斬撃。崩壊は留まることを知らず、跡形もなく消え去った。


「へ?」


 この対処法は、さしもの士道しどうも想定外だった模様。間抜けな顔を晒し、硬直してしまっている。


 オレが何をしたのかといえば、敵の己道こどうの核を刺激して術を破壊したにすぎない。一連の戦いの中、ずっと【白煌鮮魔びゃっこうせんま】で観察していたんだ。これくらいワケなかった。


 自称吸血鬼の時とは違い、自身の眼は【偽装】で隠し、数多のコピー魔眼は【異相世界バウレ・デ・テゾロ】に溶け込ませていたんだが、この対策は過剰だったかもしれないな。士道しどうの術は力技が多かった印象を受ける。魔眼群を大っぴらにしても、対処はできなかった可能性は高い。


 まぁ、良いか。備えあれば患いなし。過剰すぎるくらいが安心というもの。


 呆ける士道しどうの目前まで距離を詰め、オレは右手に持つ短剣を掲げた。


「こうかな?」


 短剣へ生命力・・・を注ぐ。透き通った白いオーラが刃を覆い、周囲を淡く照らした。


 うーん、練りが甘い。魄術びゃくじゅつも同じだけど、己道こどうも魔法より個人差が大きい。一人を解析しても完璧には扱えなさそうだ。


 ただ、いくら練度が低くても、士道しどうの受けた衝撃は計り知れないものだったよう。彼は瞠目どうもくし、言葉を紡ごうとした。


「何で――」


 しかし、セリフは最後まで形にならない。その前に、オレが刃を振り降ろしたために。


 未熟な己道こどうでも、人体を裂く威力は有していたらしい。短剣は脳天から股下まで貫き、かの者を真っ二つに分けた。


 吹き出る血を魔力で弾きつつ、倒れ伏す亡骸を睥睨する。


 絶望の色濃く残った瞳を認め、オレは小さく息を吐いた。


「これが、命奪われたヒトたちの手向けになればいいが……」


 自己満足にすぎないと理解しながらも、そう溢してしまう。


 再び溜息を吐き、オレは意識を切り替えた。


 視線の先にいるのは、眠りに落ちた遠姫とおひめ


 事件解決と言うまでには、もう少し時間がかかりそうだった。

  

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