Chapter12-5 野望と衝動(7)

「いえ、まだです! 私がコレを落としたところを見たのは、あなた方二人のみ。強襲の正当性を証明するために犯罪の証拠を捏造したと、私が訴えればいいッ」


「なるほど。たしかに、オレたち二人だけの証言では、その主張も通る可能性だってあるかもしれないな」


 聖王国内のフォラナーダの権力を考慮すると、どう足掻いても彼女たちの罪は確定だが、覇権を虎視眈々と狙う他国より非難の声が出てくる点は否めない。


 影響は微々たるものだけど、犯罪者のせいでウィームレイの評判にケチがつくのは面白くなかった。


 まぁ、その芽は、すでに摘まれているわけだが。


「すなわち、目撃者がゼクスたち以外にもいればいい」


「「ッ!?」」


 暗い森の中、第三者の声が響いた。


 予想外の出来事に、遠姫とおひめ士道しどうの表情が強張る。


 オレは指を振り、魔法――【位相隠しカバーテクスチャ】を解除した。途端、オレとシオンの背後に三人の人物が姿を現す。


遠姫とおひめ第二王女の悪行は、聖王である私が事実であると証言しよう」


「まったく。小国と言えど王族が犯罪者とは嘆かわしい。帝国第三皇子たるモナルカ・アルマハト・フォール・アンプラードも、フォラナーダ卿の主張が正しいと認めよう」


「王妹アリアノート・ユーステリア・ユ・アリ・カタシットも賛同いたしますわ」


 ウィームレイ、モナルカ、アリアノートが各々宣誓する。


 三人のセリフを聞き届けた後、遠姫とおひめを見据えた。


「これで、あなたの罪状は確定した。言い逃れはできない」


「ここまで読んでッ」


 悔しげに歯を食いしばる遠姫とおひめ


 それに対し、オレは苦笑いを溢すに留める。


 この状況を想定して三人を一緒に連れてきたのは正しいが、作戦を考案したのはアリアノートなので、誇れるものではない。


 改めて、作戦の概要をまとめよう。


 今回の一件でアリアノートが着目したのは、遠姫とおひめの有する魔眼だった。未来視を可能とする眼は逆に利用できると、彼女は考えた。


 まず、遠姫とおひめ邸へ強襲する作戦を立てる。屋敷内にある証拠物を押さえるという計画だ。


 この作戦を、遠姫とおひめは【占眼せんがん】で知ってしまうだろう。即座に証拠をすべて破棄し、自国へ逃げ帰るのは分かり切っていた。


 だからこそ、続きがあった。屋敷の地下室が壊されていたことも、遠姫とおひめたちが逃亡したのも既定路線だった。


 遠姫とおひめは【占眼せんがん】を常用している。要するに、『コルマギア』は絶対に破棄しないと予想できた。逃亡の際も、抱えられるだけ持って帰ると。


 彼女が『コルマギア』を所有しているところを抑えれば、こちらものだ。余罪は、尋問等で吐かせれば良い。


 さて。ここで一つの疑問が浮かぶと思う。何故、オレが待ち構えている未来を読まれなかったのかと。


 これに関する回答も、アリアノートは推察していた。


 彼女曰く、『遠姫とおひめはゼクスさんの関わる未来を見通せません』だそう。原因は判然としないが、今までの傾向から間違いないらしい。


 断言に至った理由は、オレが辻斬りの傀儡くぐつたちを捕らえた一件。あの遭遇は、オレが事前の予定を大きく変更したので起こった事象だ。


 言われてみると、あの時に気が変わらなかったら、犯行現場とまみえることはなかったな。


 オレが不定期に行った探知に引っかからなかった理由は、『おそらく、ゼクスさんが関わった時点で、未来が視えなくなるのでは?』とアリアノートは考察していた。


 オレが三時に探知を行ったとして、『三時に襲撃したら?』という未来視を行うと、何も視えなくなる感じかな。見通せないことが、逆に行動を読まれる指針にされていたわけだ。


 また、彼女が何かとオレへ関わろうとしていたのも、根拠の一つとなっていた。視えないからこそ、目の届く場所にいようと行動していたと考えれば、妙に辻褄が合う。


 ゆえに、今回はギリギリまで作戦に関与しなかった。別邸にて報告を受け取るだけに徹していたし、遠姫とおひめたちが逃亡したと判明するまで探知も完全に止めていた。直前の干渉なら、向こうも回避できないと踏んだんだ。


 ……オレが屋敷に突っ込めば、もっと手早く済んだのかもしれないが、その選択は念のために捨てた。遠姫とおひめがどれくらい先の未来を視られるか分からない以上、下手な手段は取れない。すでに逃亡された後だったなんて結果は、目も当てられないもの。


 そうやって慎重を期した甲斐もあり、こちらの思惑は上手くハマった。遠姫とおひめたちはオレたちの出現に対処できず、王族三人の登場も予期していなかった。


「大人しく、お縄についてもらおうか」


士道しどう!」


「御意」


 すでに詰んだ遠姫とおひめに投降勧告を行ったところ、士道しどうが突っ込んできた。己道こどうによる身体強化はかなりのもので、あっという間に彼我の距離は埋まる。


「おっと」


 とはいっても、オレにとっては何てことない。【位相隠しカバーテクスチャ】から出した短剣を構え、彼の斬撃を受け止めた。


 むむっ、意外と侮れないな。十倍の【身体強化】でも受け止めるのでやっとだ。肉体に関わる術だと、己道こどうの方に軍配が上がるのかもしれない。


 ただ、士道しどうの方は違う考えだったようで、


「化け物かよッ」


 鍔迫り合い越しに、眉根を寄せて吐き捨ててきた。向こうも結構ギリギリの様子。


 ならば、この均衡を保っているうちに、手早く問題を片づけておこう。


 一瞬でオレ、士道しどう遠姫とおひめを【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の中に回収。同時に、王族三人とシオンを王宮へと転移させた。これで後顧の憂いなく二人を叩きのめせる。


 オレは士道しどうを弾き返し、距離を取り直す。


 それから、小さく笑った。


「良い機会だ。ここで落とし前をつけさてもらうよ」


 元の森を模した風景のお陰で、閉じ込められたことにも気づいていないみたいだから、まだ逃げ切れる希望を捨てていない。良い感じに足掻いてくれると思う。己道こどうを使った戦い方も、ついでに学ばせてもらおう。


 カロンとのデートを邪魔された件、許したわけじゃないんだ。覚悟しろよ。

 

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