Chapter12-5 野望と衝動(5)

 ガルナの報告を受け取ってから数日経った放課後。今夜は忙しくなるので、オレは早々に帰宅を始めていた。途中までは滞りなかったんだが、複数の護衛を伴った遠姫とおひめが正門前に立っていたため、止まらざるを得なかった。


 無視するのは難しい。門のド真ん中に立っているし、どちらにせよ、学園敷地の境で馬車を乗り換えなくてはいけない。確実に相対する。


 とはいえ、焦る必要はなかった。これは予想通り・・・・なんだから。


「ご機嫌よう、遠姫とおひめさま。このような場所で、如何いかがなさいましたか?」


 降車したオレは、何気ない雰囲気を装いつつ、遠姫とおひめへと歩み寄る。


 対し、彼女も悠然とした笑みを浮かべた。


「ご機嫌よう、ゼクス殿。実は、あなたにご相談がございまして」


「相談ですか?」


「はい。この後のお時間をいただきたのですが、問題ございませんか?」


「この後ですか……」


 口元に手を当て、後に控える予定を考えるフリ・・をする。


 実際のところ、すでに返答は決まっているので、まったく別のことへ思考を回していた。


 かなり慌てているみたいだな、彼女たちは。


 分かりやすいのは、護衛の剣士たち。おそらく側近で、あらかじめ事情を聞いているんだろう。見るからに顔色が悪い上、内側に渦巻く感情も惑いと絶望が大半だった。


 一方の遠姫とおひめは、表面は上手く取り繕っていると思う。だが、オレの前でポーカーフェイスは無意味だ。内面の荒ぶりようは一切隠せていない。護衛たちと違い、怒りの方が強いのは面白いところだけども。


 それに、わざわざ感情を読まずとも、遠姫とおひめ陣営の動転は察しやすかった。現状において、オレの時間をほしいと頼みに来るだなんて、深く考えなくとも徒労に終わると分かる。それを実行に移す行動自体が動揺の証左。


 そう。これも既定路線だった。


「申しわけございませんが、今夜は予定が詰まっているんですよ。元帥の職務に関わる事項ゆえに、融通も利かせられません。殿下のお誘いにお答えできず、心苦しい限りですが」


「そ、そうですか。国務であるのなら、仕方がありませんね。お気になさらず。お忙しいところを足止めしてしまい、こちらこそ申しわけございません」


 こちらの断りを受け、繕っていた遠姫とおひめの薄皮が少し裂けた。動揺と『失敗した』という後悔の念が窺える。ようやく、自らの悪手に気づいたらしい。


「いえいえ、そちらこそお気になさらず。それでは、失礼いたしますね」


 それを丸っと無視して、オレは軽く頭を下げた。立ち直れていない彼女たちを置き去りにして、敷地外で待機していた馬車に乗り込む。


 カタカタ。舗装された道を進む小気味良い車輪の音を耳にしながら、小さく溜息を吐いた。


「ここまで全部予想通りか。未来視よりも未来を読んでないか? アリアノート・・・・・・の推理は」








○●○●○●○●








 時は、ガルナより報告を受けた直後までさかのぼる。


 今回の一件、敵が【占眼せんがん】なんて代物を有している以上、一筋縄では解決できないと予想した。ゆえに、嫌々ながらも彼女・・に助力を乞うことにした。


「夜分に淑女の元に訪れるなど紳士の振る舞いではないと、わたくしは考えるのですが?」


 そう冷ややかに告げてくるのは、金髪に白縹しろはなだ色の瞳を持つアリアノート。すでに湯浴みを済ませていたようで、白い肌が仄かに上気していた。


 オレは素直に頭を下げる。


「申しわけございません。非常識であることは理解していますが、早期解決が求められる事件ですので。それに、陛下の許可もいただいております」


 こちらの真摯な謝罪を受け、アリアノートの雰囲気は一瞬で変わる。鋭かった視線が和らぎ、微かな冷たさを残しつつも、笑顔が浮かべられた。


「ふふっ、冗談ですよ。わたくしとゼクスさんの仲です。ご来訪はいつでも歓迎いたしますわ」


 冗談なのは分かっていた。彼女の感情は、からかいの色だったもの。


 しかし、誤解を生む言い回しは止めてほしい。オレとアリアノートは、あくまでも“監視する側”と“される側”だ。


 ほら、護衛のルイーズが勘違いしちゃっているよ。彼女は冗談が通じないタイプの人種なのに。


 嗚呼。現在地はアリアノートの私室だが、当然ながら二人切りではないぞ。あちらはルイーズを、こちらはメイドのマロンを同伴させている。そうでもしないと、余計なトラブルが舞い込んでしまうからな。


 オレは溜息混じりに返す。


「お戯れは止めてください。前述した通り、迅速な対応が求められる案件です」


「そうですわね。これ以上、我が国の戦力が奪われるのは面白くないですから、手早く解決してしまいましょう」


「……どこまでご存じで?」


 アリアノートが真面目な空気に切り替えたのは良かった。だが、そのセリフ回しが些か気になり、まさかと考えつつも慎重に問う。


 すると、彼女はコロコロと笑った。


「情報量自体は、フォラナーダの方が上でしょう。わたくしが推察できたのは、敵の正体と動機のみですわ」


「……」


 おいおいおい。敵の内部事情を暴いてようやく確証を得た犯人を、手足諜報を使わず特定したのかよ。いや、それ以上に酷い。監視報告によると、新学期以降の彼女は生徒会の仕事に集中していたはずなんだから。


 内心でドン引きしているのを察したんだろう。アリアノートは笑いながら続けた。


「推理のステップは至って単純ですよ。まず、フォラナーダの警戒を出し抜ける人材という点だけで、一気に候補が絞られます。というより、現実的なものに限定すると候補者ゼロになってしまいましたので、噂程度の不確かなものもピックアップしました」


常立国とこたちのくにの未来視の噂を?」


「はい。ゼクスさんに度々接触を図っていることを踏まえて、一番怪しい人物でしたね」


 そこから語られる内容は、アリアノートの言葉通り、単純な順路だった。先の条件で容疑者をリストアップし、素行や来歴、性格等を調べ、動機を導く。


 確かに単純だ。これほどの調査を単独で可能とするのは、アリアノートだけだと思うが。


「動機とやらを伺っても? こちらは結論が出なかったので」


「そうなのですか? 彼女の立場や性格を鑑みれば、簡単に考え至るものですよ」


遠姫とおひめが王座を狙ってるのは分かるんですが、それが辻斬りや誘拐に繋がる理由が判然としないんです」


「そこでつまずいたのですね」


 得心のいったアリアノートは頷き、滔々とうとうと説いた。


「誘拐の目的は、戦力確保のためでしょう。薬で従順にした兵士を使い、自らの軍を作るつもりだったのだと思われます」


 ふむ。戦争を積極的に行っていた背景から考えて、武力を示して王座を狙う方針なのは理解できる。


 しかし、今さら戦力なんて必要なのか?


「彼女には士道しどうがいるはずですが。……嗚呼、彼は傀儡くぐつを操る能力があります」


「生きた兵士は絶対に必要ですよ。権威を示すためにもね」


「なるほど」


 そういう考え方もあるのか。実利を求めるなら、生きた兵士も傀儡くぐつも変わらない気がするけど、目指すのが王座なら仕方ないのかもしれない。


 言われてみると、兵力が傀儡くぐつばかりの王は印象が悪そうだ。薬漬けの兵士もドッコイな気はするけどね。


「辻斬りの方は?」


 納得できたオレは、残る事件の動機も尋ねる。


「おそらく理由は二つです。一つは以前にも申し上げた通り、誘拐を確実にするための囮。もう一つは、選定していたのでしょう」


「選定……。奪うに足る実力か図り、落第点だったら殺していたと?」


「推測の域を出ませんが、その可能性は高いと考えています」


「何て身勝手な」


 眉間にシワが刻まれる。


 勝手に評価しておいて、期待外れだから殺す。身勝手の極みだった。とうてい許されることではない。


「ふぅ」


 グツグツと煮立ち始める怒りを、深呼吸とともに逃がす。


 前々から分かっていたことだけど、こういった人命を持てあそぶ行為は、どうにも許し難く感じてしまう。ヒトとして正しい感覚だとは思うが、怒りで判断が鈍るのはいただけない。冷静になろう。


 こちらが落ち着くのを見計らっていたようで、アリアノートはタイミング良く尋ねてきた。


「それでは、そちらの得た情報を教えてくださりますか? 遠姫とおひめを捕縛するための作戦を、わたくしに考案してほしいのでしょう?」


「まぁ、ここまで語れば分かりますよね」


 オレは苦笑を溢し、知り得る情報や自分の所感を語った。


 すべてを伝え終えると、アリアノートはニッコリと笑う。ただし、瞳は冷たいまま。『氷慧ひょうえの聖女』の名に相応しい、彼女の代名詞となっている笑みだ。


「それならば、対処は簡単ですわ。数日後――期日はお任せしますが、遠姫とおひめ陣営の居城を襲いましょう」


「はい?」


 彼女が語ったのは、とてつもなく暴力的な解決案だった。

 

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