Chapter12-5 野望と衝動(4)
オレを含む聖王国上層が知る
戦が絶えない都市国家群は情報が錯綜してしまうため、ほとんど手つかずだった。気にするほどでもない相手だったのも一因だな。
ガルナたちに調査させたのは主に二点。……いや、正確には一点か。かの国は、
「半年間で展開された戦は五つ。いずれも
「五つか。物資等を準備する資金面もそうだけど、短期間で国を滅ぼせた戦力も圧巻だな」
戦争は、タダでは行えない。軍一つ動かすだけでも、兵糧や装備、飼料などなど、多くの費用が吹っ飛んでいく。それを五回連続なんて、いくら敵国を呑み込む算段があったのだとしても、国庫の疲弊は確定だ。正気の沙汰ではなかった。
それに、半年で五回ということは、一つの戦争につき一ヶ月程度しか費やしていない計算となる。
都市国家群が争いばかりなのは、各々の国力が拮抗しているせいである。同格同士の戦が短期間で決着したなど、普通なら信じられない内容だった。
「当時、戦場を目撃した者によると、十万を超える規模の剣士が戦っていたとか。物量で押し込まれたのでしょう」
「十万だと?」
ガルナの説明に、オレは眉根を寄せる。
都市国家群の名称通り、あの一帯に属する国は、基本的に一都市しか抱えていない。勢力を拡大する前の
であれば、抱える人口は、多く見積もっても二十万程度だろう。国民の半分が実戦投入可能な兵士なんて、あり得ない数字だった。
ところが、驚愕はそれだけに留まらない。
「加えて、それらの戦争でかかった費用はごく僅かでした。おおよそ、二十人の兵士が遠征した場合と同等ですね」
「……確かか?」
「はい。国の帳簿を隅から隅まで目を通した上で、過去の国庫の運用状況も探りましたので、間違いありません」
「そうか。すまない、疑ってしまって」
あまりの情報に思わず疑問を呈してしまったが、それは調査してくれたガルナたちの努力を裏切る行為だ。オレは頭を下げて謝罪する。
対し、ガルナは慌てた様子で両手を振った。
「あ、頭を上げてください。ゼクスさまのお気持ちは理解できますから。あたしも全然信じられなくて、何度も何度も調べ直した口です」
「そうだとしても、主としての態度ではなかった」
「分かりました。謝罪は受け取りますから、とにかく頭を上げてください! これをカロラインさまやシオン先輩なんかに見られたら、あたしがボコボコにされるッス!」
よほどカロンたちが怖いようで、ガルナは酷く
これでは謝罪の意味が薄れてしまうな。
彼女を困らせたくはなかったため、要求に従って頭を上げる。
ホッと安堵するガルナを認めながら、報告された情報を整理する。
十万単位の剣士を用意しつつ、戦費を限りなく少なく抑える方法か。先程は突飛すぎて混乱してしまったが、実のところ、その手段に心当たりがあった。
「五回の戦争を推し進めたのは、第二王女の
「ご明察です」
オレの言葉に、ガルナは頷いた。
「かの王女が周囲の反対を押し切って戦端を開きました。そのせいか、国より出兵したのは
「その部下の中に、
「仰る通りです。五回すべてに参戦しており、国内では戦争の功労者として称えられていました。多くの敵将を葬ったと」
こちらの推測はほぼ当たりだな。
とはいえ、より決定打となる報告が残っている。それを聞き届けてから動こう。
「
「やはり?」
「はい。ゼクスさまの事前予想は当たっておりました。
魔力を持たない時点で、漠然と読めていた事実だった。
オレたちの大陸に住む人類は、世界と契約した者の末裔である。そこに例外はない。あったとしても、時代とともに
「聞き込みの末に、情報を得られました。時期的には、『魔王の終末』より数日後。海辺に倒れている
「
「はい。聴取書にも、その名称が記載されていました」
決まりだな。一連の事件の実行犯は
残るは、
ガルナは説明を続ける。
「
「苦労かけたな」
「いえ、それほどでもありません。勢力を拡大させた古い国とはいえ、元は小国です。警備のレベルまでは追いついていなかったようで、秘匿文書も読み放題でした」
「それは……国として大丈夫なのか?」
オレは呆れてしまった。
防諜がザルだなんて致命的すぎる。かの国は歴史だけは長いはずなのに、どうやって生き残ってきたんだか。
こちらの溜息を受け、ガルナも苦笑した。
「まったく備えてないわけじゃないんですよ。都市国家群の他国相手なら通用すると思います。でも、大国が本腰を入れた場合は、瞬く間に
「必要に迫られなかったから、低レベルのままだったわけか」
分かるような、分からないような。入念に準備するタイプのオレには、理解できない感覚だった。
「すまない。話を続けよう」
「はい。
「魔眼と薬学か。具体的には?」
「まずは薬学の方から。植物の効能を利用した薬物を作っていた一族だったらしく、今でも技術を伝承しているようです。レシピも発見し、有用そうなものを写してきました。こちらは一部抜粋したものです」
そう言って、ガルナは紙束を渡してくる。
内容は、たしかに薬物のレシピだ。各々の植物の管理の仕方なども記載されており、かなり詳細な資料となっている。無害な香水から他者を廃人にするものまで、そのバリエーションは多彩だ。
そして、その中には『催眠薬』なる代物も存在した。対象の思考力を低下させ、最初に下した命令に従わせる劇薬。
この時点で、
いよいよ国際問題だな、と頭痛を覚えながら、オレはガルナに先を促す。
「【
「ゼクスさまも耳にされているかもしれませんが、未来視の効果を保有する魔眼のようです」
「あれは事実だったのか。しかし、それだと矛盾が生じる。そんな規格外の力を持ちながら、何で
「使用に、莫大な魔力を消費するとのことです」
ガルナの回答は、実に分かりやすかった。
何でも、一年間魔力を貯め続け、やっと一回だけ魔眼を発動できるんだとか。しかも、何が見えるかは完全にランダム。たいていは、誰かの不幸が見えるらしいけど、それだって確定ではない。
使い勝手が悪すぎる。正直、魔眼と呼んで良いのかも迷う弱さだった。
「
彼女が未来視を使ったのは、ほぼ決まりだろう。そうでなければ、オレが鍛え上げた彼らを出し抜けるわけがない。
ガルナは神妙な表情で答える。
「そこも調査済みです。『魔王の終末』以前に、とある集団が第二王女と接触していたようでした」
「とある集団?」
「魔王教団です」
「嗚呼」
彼女の言葉に、オレは大きく頷いた。
すべて合点がいった。なるほど。確かに、彼らなら魔力の供給源を用意できる。
「あの女、『コルマギア』を使い潰してるのか」
湧き上がる怒りを噛み殺し、そう吐き捨てるオレ。
『コルマギア』とは、他者の心臓を糧にした魔道具だ。殺すだけではなく、魔力をも奪い取る非道な代物。あの鬼畜な道具をいくつも使えば、不足している魔力を補えるのは間違いない。
「かの国に残されていた十点ほどは押収済みですが、第二王女の手元には、今も多くの『コルマギア』があると予想されます」
「総数は?」
「千は下らないかと」
「……」
――これで、ほぼすべてのピースは埋まった。
実行犯は
さて、犯人は確定した。
あとは、釣り上げる方法を考えなくてはいけない。他国の王族である以上、捕まえ方を考慮する必要がある。面倒だけどさ。
「……個人的には避けたいんだけど、私情を挟んで良い事件ではないか」
「ゼクスさま?」
溜息混じりに愚痴を溢したところ、ガルナが首を傾いだ。
おっと。まだ彼女が残っていたんだった。気を抜きすぎていた。
オレは首を横に振る。
「いや、何でもない。調査および報告ありがとう。ご苦労だった。事前の通達通り、キミたちは二週間の特別休暇を与える。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
最後に労いの言葉をかけ、この場は解散となった。
ガルナが退室した後、再び溜息を吐く。
事が事だけに、迅速に行動した方が良い。
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