Chapter12-5 野望と衝動(3)
ただ、何もしないからといって、他国の王族を放置するわけにはいかない。一番手隙のオレが基本的に話し相手となった。
今日も今日とて、
カロンたちのランニング――【重圧】の魔道具によって十倍の負荷を掛けながら――を見守っていると、彼女は申しわけなさそうに呟いた。
「押しかけている私が言うのも何ですが、毎回ゼクス殿のお手をわずらわせてしまい、申しわけございません。ここ数日は、全然クラブに参加できていらっしゃらないのでは? 私は見学するだけですから、わざわざ応対してくださらずとも大丈夫ですよ」
「心配はいりません。元々、私はクラブの監督役みたいなものですから。普段より鍛錬には参加しておりません」
たまに一緒に走ったりするけど、基本的には今のように見守っている。だから、彼女の憂慮する必要はまったくなかった。
オレの返答に、
「そうなのですか? 私は、ゼクス殿は鍛錬に熱心な方だと思っていました」
「嗚呼、勘違いさせてしまいましたね。オレはオレで訓練を行っています。彼女たちとは別途というだけなんですよ」
「何故でしょう? わざわざ機会を分けることに、利があるようには感じませんが」
こちらの説明は、余計に彼女へ疑念を与えてしまった模様。疑問符を浮かべ、いっそう首を傾けた。
「あなたは理由に察しがつきますか?」
ふと、護衛を務める
完全な思いつきの行動だったらしく、突然水の先を向けられた彼は目を丸くしていた。
だが、雇い主の質問に沈黙では返せない。三度ほど目を瞬かせた後、
「訓練の方向性が異なる、もしくはレベルが違いすぎるから……ではないでしょうか?」
「ご明察。今行われているものを取り組んでも、私には意味がないんですよ」
基礎練習が大事なのは間違いない。しかし、練習には密度が存在する。
実力を“重さ”、練習を“引っ張る力”で
実を言うと、カロンたちフォラナーダ組にとっても、今の鍛錬は物足りない。
とはいえ、クラブ活動に大半が参加しないのは外聞が悪い。また、オレのように無意味とまではいかないため、ああやって鍛えているんだ。塵も積もれば山となる、とも言うし。
「だとすれば……ゼクス殿は、カロライン殿たちよりも圧倒的に強いということでしょうか? 文字通り、段違いで」
ここまで聞けば、その結論に至るよね。カロンたちが塵程度には糧になるものを、オレは無意味と切り捨てている。すなわち、両者の格差がそれほど大きいことを指す。
ちなみに、【鑑定】による正確な判別は不可能だ。一昨年の夏、アカツキから連勝できるようになった時点で、『レベル:不明』表記になってしまったからな。元・神の使徒の仲間入りである。
隠す意味もないので、オレは素直に首肯する。
「はい、ご推察の通りです。これでも、世界最強を自負しているんですよ」
かなり怖がっている様子だったので、最後に茶目っけを混ぜてみた。自負どころか元・神の使徒も認める肩書きなんだが、そこは黙っておく。真実は、いつだって誰かを傷つけるものだ。
「世界最強、ですか。ふふっ、かの魔王を倒したゼクス殿なら、そう名乗っても不自然ではありませんね」
こちらの気遣いが効果的だったのか、
その後もオレたちは雑談を交わし、カロンたちが一通りの鍛錬を終える頃に帰っていった。何でも、これから大事な用事があるとのこと。
さて。面倒を見る相手もいなくなったし、鍛錬の監督に集中しようか。新入生組が疲労困憊で倒れ伏しているけど、オレの見立てでは、もう少しだけ耐えられるはず。最後の一踏ん張りだ、頑張れ!
夕暮れが訓練場を、そして死屍累々の『アルヴム』のメンバーを染める中、オレの傍にシオンが姿を現した。クラブ中、彼女は別の仕事へと当たっていたんだ。使用人たちの総監督ともなると結構忙しい。
「ゼクスさま」
「どうした?」
クラブ終了のタイミングに合わせたのかと思ったんだが、別の用件だと彼女の声音から察した。
こちらの問いかけに、シオンは短く返す。
「ガルナの部隊が帰還いたしました。すぐにでも報告できるようで、領城の執務室に待機させています」
「分かった。すぐに向かう」
オレはこの場をシオンに任せ、【
シオンの報告通り、執務室にはガルナが待機していた。シニョンにまとめた青髪は解れなく、身にまとうメイド服も崩れていない。初見では、長旅の帰還直後とは思えないだろう。
室内を含む周囲には、彼女以外の気配は感じられなかった。すでに人払い済みのよう。
自分のデスクに座ったオレは、直立不動の彼女へ楽にするよう命じる。加えて、【
長旅で疲れているだろうからな。間髪入れず報告させている以上、これくらいの労いは行うさ。
「無事の帰還、嬉しく思うよ。急な長期任務に対応してくれたことも感謝してる。本当にご苦労さま」
「もったいないお言葉をいただき、恐縮です」
ちょっと堅苦しい気もするが、仕事モードだと、こんなものだな。
オレは心のうちで苦笑を溢し、表情を改める。
これから始まるのは調査報告だ。前振りも程々に、早速本題に入る。
「それじゃあ、成果を聞かせてもらおうか。ガルナ。キミは
「謹んで報告させていただきます」
彼女の語る内容が、今回の騒動の欠けていたピースとなる。そんな確信が、オレの内には存在した。
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