Chapter12-5 野望と衝動(3)

 遠姫とおひめがクラブ見学を始めて五日ほど。あれから毎日、彼女は『アルヴム』の練習へ顔を見せていた。といっても、本当にこちらの様子を窺うだけで、手を出すどころか口さえ挟まないんだが。


 ただ、何もしないからといって、他国の王族を放置するわけにはいかない。一番手隙のオレが基本的に話し相手となった。


 今日も今日とて、遠姫とおひめは現れる。


 カロンたちのランニング――【重圧】の魔道具によって十倍の負荷を掛けながら――を見守っていると、彼女は申しわけなさそうに呟いた。


「押しかけている私が言うのも何ですが、毎回ゼクス殿のお手をわずらわせてしまい、申しわけございません。ここ数日は、全然クラブに参加できていらっしゃらないのでは? 私は見学するだけですから、わざわざ応対してくださらずとも大丈夫ですよ」


「心配はいりません。元々、私はクラブの監督役みたいなものですから。普段より鍛錬には参加しておりません」


 たまに一緒に走ったりするけど、基本的には今のように見守っている。だから、彼女の憂慮する必要はまったくなかった。


 オレの返答に、遠姫とおひめは意外そうに首を傾いだ。


「そうなのですか? 私は、ゼクス殿は鍛錬に熱心な方だと思っていました」


「嗚呼、勘違いさせてしまいましたね。オレはオレで訓練を行っています。彼女たちとは別途というだけなんですよ」


「何故でしょう? わざわざ機会を分けることに、利があるようには感じませんが」


 こちらの説明は、余計に彼女へ疑念を与えてしまった模様。疑問符を浮かべ、いっそう首を傾けた。


「あなたは理由に察しがつきますか?」


 ふと、護衛を務める士道しどうへ問いかける遠姫とおひめ


 完全な思いつきの行動だったらしく、突然水の先を向けられた彼は目を丸くしていた。


 だが、雇い主の質問に沈黙では返せない。三度ほど目を瞬かせた後、士道しどうは恐る恐る口を開いた。


「訓練の方向性が異なる、もしくはレベルが違いすぎるから……ではないでしょうか?」


「ご明察。今行われているものを取り組んでも、私には意味がないんですよ」


 基礎練習が大事なのは間違いない。しかし、練習には密度が存在する。


 実力を“重さ”、練習を“引っ張る力”でたとえると分かりやすいだろうか。次のステージまで持ち上げるには、一定以上の“引っ張る力”が必要になるわけだ。


 実を言うと、カロンたちフォラナーダ組にとっても、今の鍛錬は物足りない。


 とはいえ、クラブ活動に大半が参加しないのは外聞が悪い。また、オレのように無意味とまではいかないため、ああやって鍛えているんだ。塵も積もれば山となる、とも言うし。


 士道しどうの見解とオレの回答を聞いた遠姫とおひめは、数秒ほど考え込んだ。それから、若干顔を青ざめて尋ねてくる。


「だとすれば……ゼクス殿は、カロライン殿たちよりも圧倒的に強いということでしょうか? 文字通り、段違いで」


 ここまで聞けば、その結論に至るよね。カロンたちが塵程度には糧になるものを、オレは無意味と切り捨てている。すなわち、両者の格差がそれほど大きいことを指す。


 ちなみに、【鑑定】による正確な判別は不可能だ。一昨年の夏、アカツキから連勝できるようになった時点で、『レベル:不明』表記になってしまったからな。元・神の使徒の仲間入りである。


 隠す意味もないので、オレは素直に首肯する。


「はい、ご推察の通りです。これでも、世界最強を自負しているんですよ」


 かなり怖がっている様子だったので、最後に茶目っけを混ぜてみた。自負どころか元・神の使徒も認める肩書きなんだが、そこは黙っておく。真実は、いつだって誰かを傷つけるものだ。


「世界最強、ですか。ふふっ、かの魔王を倒したゼクス殿なら、そう名乗っても不自然ではありませんね」


 こちらの気遣いが効果的だったのか、遠姫とおひめは小さく笑う。顔色も多少は回復していた。


 その後もオレたちは雑談を交わし、カロンたちが一通りの鍛錬を終える頃に帰っていった。何でも、これから大事な用事があるとのこと。


 さて。面倒を見る相手もいなくなったし、鍛錬の監督に集中しようか。新入生組が疲労困憊で倒れ伏しているけど、オレの見立てでは、もう少しだけ耐えられるはず。最後の一踏ん張りだ、頑張れ!








 夕暮れが訓練場を、そして死屍累々の『アルヴム』のメンバーを染める中、オレの傍にシオンが姿を現した。クラブ中、彼女は別の仕事へと当たっていたんだ。使用人たちの総監督ともなると結構忙しい。


「ゼクスさま」


「どうした?」


 クラブ終了のタイミングに合わせたのかと思ったんだが、別の用件だと彼女の声音から察した。


 こちらの問いかけに、シオンは短く返す。


「ガルナの部隊が帰還いたしました。すぐにでも報告できるようで、領城の執務室に待機させています」


「分かった。すぐに向かう」


 オレはこの場をシオンに任せ、【位相連結ゲート】を開いた。




 シオンの報告通り、執務室にはガルナが待機していた。シニョンにまとめた青髪は解れなく、身にまとうメイド服も崩れていない。初見では、長旅の帰還直後とは思えないだろう。


 室内を含む周囲には、彼女以外の気配は感じられなかった。すでに人払い済みのよう。


 自分のデスクに座ったオレは、直立不動の彼女へ楽にするよう命じる。加えて、【位相隠しカバーテクスチャ】より高めの椅子を取り出し、着席するようにも申しつけた。


 長旅で疲れているだろうからな。間髪入れず報告させている以上、これくらいの労いは行うさ。


「無事の帰還、嬉しく思うよ。急な長期任務に対応してくれたことも感謝してる。本当にご苦労さま」


「もったいないお言葉をいただき、恐縮です」


 ちょっと堅苦しい気もするが、仕事モードだと、こんなものだな。


 オレは心のうちで苦笑を溢し、表情を改める。


 これから始まるのは調査報告だ。前振りも程々に、早速本題に入る。


「それじゃあ、成果を聞かせてもらおうか。ガルナ。キミは常立国とこたちのくにで何を見つけ、何を知った?」


「謹んで報告させていただきます」


 彼女の語る内容が、今回の騒動の欠けていたピースとなる。そんな確信が、オレの内には存在した。

 

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