Chapter12-3 先回り(5)

 模擬戦は、魔駒マギピースのステージをそのまま利用することとなった。いわゆる市街戦だ。


 ちなみに、ステージ内の建物が倒壊しても心配はいらない。光魔法と土魔法を組み合わせた修復術式が組み込まれているので、更地にしても一分かからず元に戻せる。


「急な申し出を受けていただき感謝する、フォラナーダ卿。やるからには互いに最善を尽くし、良い試合にしよう」


「はい。よろしくお願いします、殿下」


「嗚呼。こちらこそ、よろしく頼む」


 摩天楼の並ぶ大通りでオレたちは対面し、双方の健闘を祈り合う。


 とはいえ、モナルカにとって『良い試合』になるかは、彼の創意工夫次第だろう。


 今回の目的を考慮すると、オレが演出すべき戦い方は“圧倒”だ。相手を手も足も出させず捻じ伏せるのが最善。


 しかし、一撃KOは論外だった。彼を後押しする観客にも現実を分からせなくてはいけないため、派手な魅せ方を心掛ける必要がある。


 こうやって状況整理をすると、一年目の学年別個人戦の時と条件が似ているな。決勝のミネルヴァ戦でも、派手に魔法を披露した。


 いや、対戦相手の実力的には、一回戦のリナ戦が近いか? 派手ではなかったけど、ハンデを設けて圧勝したし。


 よし。リナ戦をベースに、魔法寄りで戦うとしよう。


 そう心のうちで戦略を決めたタイミングで、


 ――“闘技”開始まで、残り十秒。


 と、アナウンスが流れた。


 学生同士ということもあり、今回の模擬戦は『闘技制度』に則って行われる。その方が誰も傷つかなくて済むし、オレも手加減がしやすい。


 カウントダウンが始まる中、静かにモナルカを見据える。


 彼我の距離は五十メートルほど。コンクリートの道に立つ彼は、剣を構えて魔力を高めていた。自信漲る表情は変わりないものの、瞳に浮かぶ色は真剣そのもの。気配は鋭く研ぎ澄まされている。


 さすがは帝国皇族だな。スイッチの切り替えが早い。それに、滲み出る戦意は歴戦の兵のそれ。かなりの場数を踏んでいるんだと察せた。


 弱冠十五歳にも関わらず、いくつもの戦場や修羅場を駆け抜けた経験を持つ。それは、モナルカの人生の過酷さを表していた。皇族も楽ではないんだなと、多少は同情もする。


 だが、負ける気はない。唯我独尊に振舞うのは結構だが、TPOを弁えない輩は痛い目を見ると、その身をもって知ってもらおう。


 ――三、二、一……戦闘を開始してください。


 “闘技”が始まった。開幕早々、火と風の合成魔法を放とうとするモナルカ。


 しかし、その術が彼の手元を離れることはない。一瞬にして、跡形もなく消え去ってしまったんだから。


「ッ!?」


 モナルカは目をみはる。たぶん、何が起こったのか判然としないんだろう。


 そう難しいことではない。モナルカの魔法を、オレが【コンプレッスキューブ】で圧し潰しただけだ。圧縮速度が彼の認識を上回ったにすぎない。


 まぁ、目的は逸れていない。遠目観客からはギリギリ確認できるようには調整したもの。


 とはいえ、モナルカも素人ではない。オレが何か仕掛けたのは理解したらしく、しかめた顔でコチラを睨んできた。そして、物陰へ駆けながら魔法の構築を始める。


 建物を活用する気か。市街戦の特性を、よく把握していると思う。


 でも、何もかも無意味だ。


「すまないな。今回は、そっちに何かをさせるつもりはないんだよ」


 誰の耳にも届かない声量で呟く。


 そこから始まったのは、オレによる一方的な蹂躙劇。理不尽の顕現だった。








 ――“闘技”を終了します。


 けたたましいブザー音とともに、試合終了のアナウンスが流れる。


 十分ほどの戦闘によって、整然と並んでいた摩天楼は、草の根も生えない荒野へと変貌を遂げていた。ステージ内に残るのは、呆然と項垂れるモナルカと開始直後と変わらぬ姿のオレ。


 彼は結構頑張ったが、所詮は悪足掻きだ。予想外の攻撃はなく、奇天烈な策はなく、どこまでも基本に忠実だった。多少は知恵を回していたけど、“基礎の応用”は超えない。『順当に強い』と評価するのが適当だろう。


 あまりに一方的な結末に、戦場も観客席も静まり返――


「お兄さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、格好良かったですぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「すごかったぞー!」


「ナイスファイトぉぉ!」


 ――ってないな。カロン、ダン、ミリア、マリナの四人が大声を上げていた。


 セリフが一人足りないって? マリナはキャーキャー叫んでいるだけなんだもの。推しを前に語彙の死んだファンだよ、あれは。


 あっ、カロンの頭をミネルヴァが叩いた。はしたないと叱っているんだろう。そのまま説教に移行してしまった。


 他の面々はその様子に苦笑しながらも、オレとモナルカの健闘を称えた。


 それに合わせ、他の観客たちも徐々に勢いを取り戻していく。先程までの静寂が嘘のように、歓声が場内を震わせた。


 この盛り上がりを受け、モナルカもようやく我に返った様子。フラフラと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。オレも同様に歩を進める。


「完敗だ。帝国屈指と自負していたが、井の中の蛙だったらしい」


 開口一番、苦笑混じりに彼は言った。その声音は、戦闘前よりも幾許か柔らかい気がする。


 思いのほか、モナルカは正しく結果を受け止めているみたいだ。もう少し捻くれたセリフが飛び出してくるかと身構えていたんだが、まったくの杞憂だった。


 考えてみれば当然か。こうやって敗北を受け入れられる人間ではなかったら、この場に立っていない。


 モナルカが右手を差し出してきたので、オレはそれを握る。友好の握手が結ばれ、会場はいっそう盛り上がった。








 握手の後、すぐにオレとモナルカは各自の控室へと戻った。オレたちの戦いは、あくまでもエキシビション。本命は魔駒マギピースクラブの合同練習だからな。


 ゆえに、控室はオレとシオンしかいない。落ち着いた空気の中、備え付けのソファに腰を下ろし、些か力の入っていた体を脱力させた。


「ミッションコンプリート、だな。首尾は?」


「問題ないでしょう。件の派閥に属していた学生は、そろって顔を真っ青にしておりましたから。不穏な動きに関する報告もございません」


「なら、良かったよ」


 シオンの言葉に、ホッと安堵の息を吐く。


 他国の皇族が関わっていたため、これでも気を遣っていたんだ。対応を誤ると、国境が緊張状態におちいる可能性もあったし。


 挑んできたら返り討ちにはできるが、現状のバランスが崩れるのは確実。それは避けたかった。今の均衡が保たれていた方が、先行きが見通しやすいんだよね。


 シオンの淹れてくれたお茶で一息つく。ついでに、シオンも隣に座らせて、精神的にも癒しておく。


 大して疲れてはいないけど、できる時に休養は取っておかないと。いくら頑丈だからといって、働き詰めでは心を病んでしまう。


 まぁ、相手はシオンだから、そんなに爛れたことはしない。手を握って甘ーい空気をまとうくらい? 初々しい感じだ。


 そうやってイチャイチャすること幾許か。とある人物の接近が探知に引っかかった。どうやら、休憩は終わりらしい。


 名残惜しく思いながらも、シオンから手を離して姿勢を正す。彼女も立ち上がり、来客に備えた。


 程なくして、控室の扉がノックされた。シオンが外に出て応対し、訪問客を招き入れる。


「やぁ、ゼクス。良い試合だったよ」


 朗らかな笑みを浮かべて入室してきたのはウィームレイだった。

 

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