Chapter12-3 先回り(6)

「やぁ、ゼクス。良い試合だったよ」


 朗らかな笑みを浮かべて入室してきたのはウィームレイだった。普段より地味な服を着ており、現在はお忍びであることが窺える。


 聖王という者が不用心ではないかと苦言を呈したいけど、最大限の備えはしているんだよなぁ。部屋の外で待機している護衛二人はフェイベルンだし、オレの渡した結界の魔道具も身につけている。たとえ魔法司が襲い掛かってきても、彼を即座には殺せないだろう。


「モナルカ殿下の様子は?」


 ウィームレイが対面の席に座り、シオンがお茶を用意し終えたのを認めてから、オレは問う。彼があちらを先に訪ねているのは分かり切っていた。


 ウィームレイは困った風に笑う。


「すっかり立ち直っていたよ。むしろ、やる気に燃え上がっておられた。『あの境地に、自分も立ってみたい』と笑いながらね」


「おいおい」


 逆境に強いとは読んでいたが、あそこまで一方的にボコボコにされてもバネに変えられるのか。しかも、話を聞く限り、その苦難を楽しんでいるよう。


 同じ“折れない人間”でも、ミネルヴァとは性質が異なるな。彼女は負けず嫌いが根本だけど、モナルカは挑戦者気質とも言うべきか。


「ああいうタイプは、こじらせると各国へ戦争を仕掛ける王になりやすいんだが、今回の一件によって、その芽は摘めそうだ」


「オレを目標に定めたからか? やめてくれ、面倒くさい」


「あはは」


 げんなりした気分で呟くと、ウィームレイは笑声を上げた。他人事だと思って、気楽なものだ。


 まぁ、モナルカは放置で良いだろう。定期的に腕試しに来そうだけど、当分は訓練に集中してくれるはず。基本的には無害だ。


 彼の後ろに付きまとっていた金魚のフンどもも同様。オレの力を見てなお、大きな顔なんて出来やしない。それでも止まらなかった輩だって、遅かれ早かれ消えると思う。何せ、バカだからな。誰かの地雷を絶対に踏み抜く。


 というわけで、今までのは前振り。本題は別にあった。いくら親友とはいえど、聖王とあろう者が模擬戦程度の労いで足を運んだりしない。世間話をするだけなら、オレが私室まで転移するもの。


 本題へ移るに当たって、オレは表情を真剣なものへと切り替えた。


 それを受け、ウィームレイも居住まいを正す。


「わざわざ顔を見せたのは、辻斬りの件か?」


「やはり、そちらにも情報が伝わっていたか」


 ウィームレイは疲れを湛えた息を吐く。


 何があったのかと言うと、ついに王都でも被害者が出てしまったんだ。巡回中だった衛兵が、大剣によって斬殺されてしまった。


 即座に他の衛兵が発見して周囲を封鎖したことで、大きな騒ぎにはなっていない。だが、事態は深刻だった。


 何故なら、辻斬り犯がフォラナーダの警戒網に捕まらなかったからだ。あらゆる暗部さえ通さなかった部隊が、ものの見事に出し抜かれた。


 警戒に当たっていた者の報告によると、人員交代の間隙かんげきを狙われたらしい。スケジュールを予想されないよう、毎度ランダムに設定していたにも関わらず。


 そうなると、考えられる可能性は限られる。


「情報漏洩か……。裏切り者の調査は?」


 今まで以上に真剣な様子で問うてくるウィームレイ。


 ランダムだった交代時間を突かれたのであれば、真っ先に考えつくのは内部犯の存在だろう。


 ただ、その可能性は、どうにも信じられなかった。


 部下たちとは、高頻度で面談している。領の実権を握った頃から続けている習慣で、たわいない雑談からお悩み相談まで、様々な話を交わしてきた。


 ゆえに、オレは部下たちの為人ひととなりをよく知っている。彼らの誰かが裏切るなんて、あり得ないと断言できた。


 ところが、オレの所感だけで物事を決定できないのが、領主のツライところ。領民すべての命を預かる者として、見える形で信用を証明しなくてはいけない。


 オレは眉間に眉を寄せ、ウィームレイの質問に答える。


「シオンを中心に、件の情報を絶対に知らなかった者たちで調べさせてる。現時点で、怪しい点は見つからないそうだ」


「そうか。裏切り者がいないのは嬉しいことだが、警戒網を潜り抜けた方法は謎のままだな」


「……そうだな」


 実を言うと、犯人の心当たりはあった。


 しかし、それが事実だった場合、周囲へ与える影響が大きすぎる。心当たり程度で追及するわけにはいかない。今は、確実な証拠を探している最中だった。


 現場を押さえるのが手っ取り早いんだけど、予想が正しいのなら、一番困難な道のりなんだよなぁ。ジレンマである。


「八方ふさがりか。これ以上は被害者を増やしたくないが……」


「こればっかりは仕方ない。現状、兵士たちに集団行動を促すくらいしかないだろう」


「一般人に被害が及んでいないことは救いか」


 ウィームレイは重い息を吐いた。


 王都外の村でも、警邏に携わっていた者が襲撃されていた。おそらく、犯人側の基準を超えた実力者のみが、ターゲットに定められているんだと思う。


 かといって、いつまでも放置してはいられない。兵士内に不安が広がりすぎれば、暴動の種になるかもしれない。どちらにしても、早期解決は目指したかった。


「スリーマンセル以上の義務化は、こっちで命令書を出しておく。そっちはそっちで、自分の仕事をこなしておけ」


 こっちの心配は不要だと告げると、ウィームレイはキョトンと首を傾げた。


「うん? ……嗚呼。そういえば、キミは元帥だったね」


「おい。お前が任じたんだろうが」


 あまりに酷い発言に、オレは半眼で睨む。


 対し、彼は笑いながら降参のポーズを取った。


「ごめんごめん。冗談だよ。でも、元帥就任前と就任後で、やっていることが大して変わってないからさ」


「否定はできない」


 職務でもないのに、今までも治安維持に協力していたのは確かだった。主な理由は、カロンたちに危険を及ばせないためだったけど。


 ひとしきり笑った後、ウィームレイは立ち上がる。


「さて、私は聖王の職務に戻るとするよ。実は、仕事が溜まっているんだ」


「だったら、さっさと行ってこい。王妃方に怒られるぞ」


「それは勘弁してほしいね」


 茶目っけを混ぜた苦笑を溢し、彼は護衛を引き連れて帰っていった。


 それを見届けたオレは一つ溜息を吐き、背後に控えていたシオンへ尋ねる。


「ガルナの進捗しんちょくは?」


「噂程度の情報は一通り集められたそうです。確証の獲得は、これからだと」


「半月も経たずに、か。十分すぎる。引き続き頼むと伝えてくれ」


「承知いたしました」


 さすがは魔法司。仕事が早くて助かるよ。この調子で、さっさと事件の幕を閉じたいな。


 すっかり冷めてしまったお茶を口に含みつつ、オレは近々訪れるだろう騒々しい未来に思いを馳せるのだった。

 

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