Chapter12-3 先回り(1)

 六月を迎えた。この時期になると、にわかに学園中が騒がしくなる。クラブへの体験入部期間だからだ。あちこちで勧誘合戦が行われていた。


 他人事のように語ったが、オレたちも当事者である。カロンが部長を務める魔駒マギピースクラブにも、多くの入部希望者が訪れると予想できていた。去年以上の人数が見込まれている。


 何故なら、昨年度の実績を考慮した結果、カロンのクラブの順位がトップクラブと並んだためだった。今年より、数多ある魔駒マギピースクラブのトップは二つとなる。


 それに合わせ、各クラブに固有の名称も付けられた。あちらが『スペース』、こちらが『アルヴム』である。


 ちなみに、どういうわけか、オレに命名権が譲られた。曰く『魔駒マギピースの開発者だから』らしい。


 どうしてもと頭を下げられては断れないため、各自の希望テーマを聞き、この名前となった。安直だと笑えばいい。


 閑話休題。


 案の定、我が『アルヴム』の見学者は、初日より満員御礼だった。大規模の会場を借りていたんだが、外まで待機列が続いている。フォラナーダの使用人たちを動員していなかったら、処理が追いつかず、あっという間にパンクしていただろう。


 しかし、今日だけで、この人数をさばき切れるわけがない。どう頑張っても、会場内に入れたヒトまでが限界だ。並んでくれたところ申しわけないけど、お帰りいただくしかないだろう。


 一応、次回以降は優先される整理券は配ったし、不満は最小限に留められたはずだ。


「お兄さまが増援の許可を出して下さり、本当に助かりました」


 臨時ステージでの見学者たちへの挨拶を終え、控室に戻ってきたカロンは溜息混じりに溢す。


 そこに、傍にいたオルカやニナが同意した。


「まったくだよ。ボクたちだけじゃ、すぐに対応できなくなっていたと思う」


「整理券も良かった」


「そうだね。あれのお陰で、しつこく食い下がるクレーマーは少なかったし」


「あれは、他の機会にも使えそうですよね」


「イベント関連では有用」


「今度、フォラナーダ領で開催される何かで、試してみようか」


 そんな風に、イベント談義を始める三人。


 彼女たちの盛り上がりに、オレは苦笑を浮かべた。


 三人は気に入ってくれたみたいだけど、整理券の概念は現段階だと流行らないと思う。封建社会の壁が大きすぎるんだ。身分の差でゴリ押しできてしまうんだよね。


 今回だって、オレたちの権威なら不平不満を封殺できた。それなのにフォローを行ったのは、単なるお節介にすぎない。


 まぁ、フォラナーダ領内に限定すれば、定着させられるかな? その辺の塩梅は、きちんと見極めていこう。


 おっと、ミネルヴァとマリナのスケジュール説明が終わったようだ。


 ステージの監視を行うシオンより【念話】を受け取ったオレは、未だ盛り上がっている三人へ声を掛ける。


「ほら、時間だぞ。すでにスキアたちは待機してるんだから、キミたちも準備を始めないと」


 この後は、カロンたちによる魔駒マギピースの実演が控えている。オレ以外のメンバーが二チームに分かれ、試合を行うんだ。


 えっ、スキアは部外者ではないかって? 『一人だけ入部していないのは、仲間外れみたいで嫌だ』と言って、新年早々に入ったよ。シオンも部員ではないんだが、オレの傍仕えなので、ほとんど一緒だと認識しているよう。


 オレの指摘を受け、各々焦りを含んだ声を上げる。


「そうでした。早く移動しませんとッ」


「時間は……ギリギリだ。急ごう!」


「遅刻はダメ」


「頑張れー。オレは関係者席から応援してるから」


 慌ただしく駆けていく彼女たちを、オレは手を振りながら見送った。


 三人が去った室内は、先程の喧騒が嘘のように静まり返る。


 その静寂に僅かな侘しさを覚えると同時に、彼女たちとの日常の楽しさを実感するのだった。








 カロンたちの魔駒マギピースを観戦するため、関係者席へと移動したオレ。


 自分以外には誰もいないと思われたが、二名の先客がいると探知に引っかかった。どちらも女性で、一人は席に座り、もう一人は護衛として背後に直立している。


 二人の存在を認めたオレは溜息を吐いた。そして、関係者席へ到着してすぐ、呆れ混じりに問う。


「ここで何をしてるんですか、アリアノート殿下」


 そう。着席している方は、聖王国第一王女であり、『氷慧ひょうえの聖女』の二つ名をいただくアリアノートだった。緩く一本に結んだ金髪と怜悧れいりさを湛えた白縹しろはなだ色の瞳、どこか冷たさを感じる笑みは何ら変わりない。


 立っている方はルイーズだ。学園を卒業した彼女は、今年度より正式にアリアノートの護衛に任命された。


 割と貧乏くじの役職なんだが、本人の志願らしいので気にする必要はないだろう。ルイーズはもう成人なんだ。自分の選択には責任を持てると判断する。


 こちらの問いに、アリアノートは肩を竦める。


「『何をしてるんですか』とはご挨拶ですね、ゼクスさん。監視対象が自ら会いに訪れたのですよ? 感謝していただきたいくらいです」


「監視は部下がしていたはずなんですけどねぇ。彼は?」


 顔を見せるのは良い。問題なのは、その報告が上がっていないことだった。間違いなく、彼女が何か仕出かしたんだろう。


 小さく笑うアリアノート。


「少し説得しただけですよ。『あなたの主の元へ訪れるのですから、いちいち報告する必要はございません』と」


「……まぁ、あなたなら説得できるでしょうね。そこは良いでしょう。では、どうやって会話に持ち込んだのですか? 部下は隠れて監視してたはずですが」


「見張るのに最適な場所を、わたくしが推理できないとでも?」


「……」


 どこか挑戦的な笑みを浮かべるアリアノートに、オレは言葉を返すことはできなかった。


 まったくもって正論である。彼女レベルの頭脳があれば、部下の潜伏場所を特定するなんて簡単だ。いくら隠密技術に特化していても、論理的に推理されては意味がなかった。


 頭が痛い。


 出し抜かれた部下の罰を考えないといけないのもある。だが、何よりも問題だったのは、部下たちはアリアノートの監視に不向きだと悟ってしまったことだ。


 叩き潰すなら良い。一方的に蹂躙できるレベル差がある。


 しかし、監視の場合は別だ。相手を害する手段が封じられている以上、話術が巧みなアリアノートの独壇場である。会話できないよう隠れても、高い推理力で見破られてしまっては無意味。


 ――嗚呼、なるほど。そういうことか。


 そこまで思考が回った辺りで、やっとアリアノートの意図を察した。


「私が直接監視しろと仰りたいんですね?」


 だから、あえて部下を騙してみせ、こうやって挑発的な言動を取っているんだ。有象無象では監視の意味がないぞ、と知らしめるために。


「常にゼクスさんのお手をわずらわせるつもりはございませんよ。ですが、ずっと放置されるのはいただけませんわ」


 そのうち逃げ出してしまうかもしれません、などとうそぶく彼女。


 本気ではないだろう。逃亡すれば破滅しかないと、アリアノートは理解していると思う。いくら頭が良かろうと、オレやフォラナーダの本気の捜索から逃げ切るのは無理筋だ。


 いわゆる牽制だった。雑に表すなら、『ちゃんと自分を構え』と彼女は物申しているんだ。


 これが婚約者たち相手の主張だったら可愛いんだけど、アリアノートなのがなぁ。完全に、観察対象を見る目だもの。怖いよ。


 オレは心のうちでゲンナリしつつも、平然とした表情を装って返した。


「分かりました。調整しましょう」


「よろしくお願いします」


 普段は冷笑のくせに、こういう時ばかり笑みを深めるとか、本当に駆け引きが上手い。どちらが監視される側なのか、判然としない状況だった。


 溜息を吐き、オレは再び問う。


「他に用件は? あなたが一つの理由だけで行動を起こすわけがありませんよね」


「ふふっ。ゼクスさんのわたくしへの理解度が高くて助かります」


 そう言って、アリアノートは目を細めた。頬笑みは崩れていないものの、鋭い気配をまとい始める。


 本題に移るらしい。オレは居住まいを正した。


「この二ヶ月。王都周辺の村々で、失踪者が続出しているようです」


「失踪者ですか?」


「ええ。一つの村につき一名しか被害者が出ていないため、治安部隊の方々はあまり深刻に捉えられていないようですが、累計すると二十に及びます」


「二ヶ月で二十人ですか……」


 微妙なラインだが、地域を王都周辺に限定しているのなら、それなりに多い気はする。


 というか、アリアノートがこの手の事件を調べているなんて報告は受けていない。先と同じ報連相不足か? それとも、自ら調査せずに情報を得た? どちらもあり得そうだ。


 監視に当たっていた部下全員は、あとで意識調査だな。そう決定しつつ、オレは浮かんだ疑問を口にする。


「被害者に、他の共通点は?」


「独り身の男性、かつ単独で仕事をこなす者ばかりです。ゆえに、事態の露見も遅れたのでしょう」


「いなくなっても、すぐに気づかない人選ですか」


 もしも誘拐だった場合――いや、二十の村で独身男性が失踪するなんて、偶然では片づけられない。誘拐だと断言して良いだろう。


 そうなると、人選の目安は、明らかに時間稼ぎできるかどうか。一つの村で一人しかさらわないのも同じ。発覚を遅らせ、輸送の邪魔をさせないようにしているんだ。


 やけに手慣れている。プロの犯行で間違いない。


「その話、ウィームレイには?」


 話していて当然。だから、これは確認の意味のセリフだった。


 だが、


「いいえ」


 アリアノートはアッサリと否定した。


「は?」


 オレは瞠目どうもくし、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。


 それを受け、彼女は仄かに笑う。


「陛下に伝えるのは、この一件の責任者たるゼクスさんのお仕事ですわ。わたくしは、同じ穴の狢のよしみとしてご協力したにすぎません」


「私の仕事?」


 またしても予想していなかった言葉に、オレは首を傾げる。


 しかし、困惑する時間はそう長くなかった。今回の話と類似した経緯の事件を、以前に訊いた覚えがあったんだ。


「まさか、辻斬りと同一犯? あっちは誘拐のカモフラージュだと?」


 ウィームレイより依頼を受けた一件だ。あれも王都周辺の村で発生し、各村での被害者は一名ずつだったはず。


 アリアノートは小さくかぶりを振った。


「どういう目的かは分かりません。ですが、根本が同じだとは考えております」


「根拠は?」


「どちらも、フォラナーダの目を掻い潜っています。そのような手練れが、複数も存在するとは考えられません」


「……確かに」


 実に納得のいく回答だった。


 そう。例の辻斬りは、フォラナーダの追跡を完全に振り切っていた。以前よりも事件発生率は低下したものの、犯人自体は捕まえるどころか尻尾さえ掴めていなかった。まるで、こちらの動きを読み切っているかのように。


 誘拐犯についても同様だ。辻斬りと行動範囲が被っているのなら、本筋ではないとしても、何かしらの情報が入ってきても不思議ではない。だのに、オレは知らなかった。誘拐犯も調査網より逃げ切っている証左だった。


 相手がフォラナーダの諜報部隊を上回る熟練者。そういった意見は未だ否定し切れないが、同一人物ないし組織の方が現実味はあった。


 アリアノートがこの話を持ち込んできた意図が、ようやく理解できたよ。両方を追った方が手掛かりも増えるだろう。


「情報提供、ありがとうございます」


 オレは丁寧に頭を下げる。


 アリアノートは小さく手を振った。


「お気になさらず。わたくしも、久方振りに動きの読めない相手が現れ、割と楽しめていますから。おそらく、今回の黒幕は、今までにない何かを持っています。ゼクスさんも、気を付けてください」


「心に留めておきます」


 堅苦しい話はここで終わり、その後はカロンたちの魔駒マギピース観戦に専念した。実は、話している途中から試合は始まっていたんだ。


 一日目のクラブ体験はつつがなく執り行われ、アリアノートの件以外は一切のトラブルもなかった。


 嗚呼。訓練の疑似体験は、昨年通り阿鼻叫喚だったと付け加えておく。

 

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