Chapter12-3 先回り(2)

 体験入部も二週目に突入した。初日は会場に溢れんばかりいた学生たちも、七日をすぎれば閑古鳥が鳴いていた。


 もありなん。ダウンスケール版とはいえ、フォラナーダ式の訓練を受けたんだ。一介の学生が耐えられるわけない。一昨年のユリィカやローレルがおかしかった・・・・・・のである。


 そろそろ通常運行かなと考えていた折、一つの大声が訓練場に響いた。


「たのもおおおおおおおおおおお!!!!!」


 かなり叫び上げているにも関わらず、耳が痛くならない透き通った声だ。将軍に向いているかもしれない。


 そんな益体ないことを思い浮かべつつ、オレは声のした方へ視線を向ける。他のメンバーも同様。


 出入り口の前には一組の男女が立っていた。


 男性の方は赤髪赤目で、若干の幼さを残しながらも凛々しい顔立ちを有していた。一見すると細身だが、あれは結構鍛えているだろう。オレと同じで、着やせするタイプと見た。


 女性の方は、根岸色のセミロングヘアと紺藤色の瞳を持っていた。魔力の具合も鑑みて、水、土、風、闇の四重魔法師クアドラプルだろう。制服の真新しさからして新入生と予想できるが、そうは思えない大人びた雰囲気をまとっていた。


 ありていに表すなら美男美女のコンビ。どちらも百七十ほどの身長のため、とても絵になる二人だった。


 そして、オレは彼らの顔に見覚えがあった。直接面識があるわけではない。部下の報告書の中に、注目人物として記載されていたんだ。無論、良い意味で。


「あれ? あの顔は確か……」


「あ~。今、一年生で話題の子たちだよね」


「嗚呼、新入生の次席と三席ね」


 交友の広いオルカとマリナが真っ先に気づき、二人の反応よりミネルヴァも合点がいった様子。


 そう。あの二人こそ、モナルカに次ぐ成績を残している二名だ。両者とも生粋の平民なのに、総合成績の二位と三位に座する猛者である。


 本来は、平民が五位以上を取るのは、学園創設以来の快挙なんだよね。ターラがその栄光を掻っ攫ってしまったので大きく取り上げられていないけど、フォラナーダの助力なしでこの・・成績は驚嘆に値するよ。部下たちが推すのも理解できる。


 今までは優先度の関係で放置していたが、実際に会ってみると、たしかに強いと分かる。【鑑定】には、二人ともレベル36と出ている。三学年のトップ層と遜色ないラインだ。


 何より、魔力の流れがとてもキレイだった。普段から瞑想などの魔力操作の鍛錬を欠かせていない証左。実戦を見なくとも、彼らの魔法技術が巧みだと分かった。


 在野に眠る原石という奴だな。調査によるとほぼ独学だと言うし、磨けばカロンたちのレベルに届くかもしれない。すさまじい才能だ。


 しかし、こんな強者は、原作には登場していないんだよなぁ。彼らの実力向上も、オレの行動の余波の可能性がある。どう繋がるかは判然としないが。


 とりあえず、こちらに呼ぶか。現状、二人は出入り口で立ち止まっている。こちらの許可を待っているんだろう。せっかくの機会だ、話を聞いてみたい。


「シオン」


「承知いたしました」


 傍に控えていたシオンを呼ぶと、彼女は間髪入れずに返事をした。それからスッと姿を消し、次の瞬間には新入生たちの目前へ移動している。


 皆まで言わずとも伝わる辺り、さすがはオレの右腕兼婚約者だ。


 シオンの登場に驚きつつも、件の二人はこちらへ歩み寄ってきた。


「はわぁ、本物だぁ」


「……」


 目の前まで辿り着いた二名の瞳は、めちゃくちゃキラキラしていた。


 他のみんなは少し引いているけど、オレには覚えがある。これは憧れを前にした際の反応だ。この二人、オレたちのファンなんだ。


 イカロスの前例があるので気は抜けないけど、すぐさまトラブルに発展はしなさそうである。


 オレは小さく息を吐き、口を開いた。


「二人とも、名乗ることを許そう」


 偉そうな物言いだが、貴族と平民の差は致し方ない。もっと格式張るなら、直答云々の流れもあるんだが、さすがに省略した。訓練場で行うやり取りではない。


 こちらの許可を受け、彼らはビシッと背筋を伸ばす。


「僕の名前はアルトゥーロ・スパーダ・ペンドと言います。今年から学園に入学しました。成績は三位です。剣術と火魔法で戦います。よろしくお願いします!」


「私はモーガン・ファータ・クアエダムと申します。一年の次席をいただいております。戦い方は専業魔法師ですね。よろしくお願いします」


 アルトゥーロはハキハキと小気味良く、モーガンはクールに落ち着き払って挨拶をした。今の発言だけで、二人が正反対の性格だと理解できたよ。


 それにしても、平民にしては礼儀作法がキッチリしている。裕福な商家出身だと聞いていたが、予想以上に教育をしっかり行っていたらしい。


 心のうちで感心しつつ、オレたちも一応名乗り返す。その後、彼らの目的を問うた。


「それで、キミたち二人は、どうしてオレたちの元を訪れたんだい?」


 こちらを熱く見つめる様子から、だいたいの察しはついていたが、念のために本人の回答を望んだ。


 アルトゥーロが両のこぶしをギュッと握り締めて答える。


「僕たち、フォラナーダの皆さんに憧れているんですッ。学園に入学したら、絶対に皆さんの所属するクラブに入ろうと考えていました! お願いします、入部を認めていただけないでしょうか?」


「お、おぅ」


 オレは若干気圧された。


 彼は熱血系っぽい。しかも、何となく体育会系の気配も感じる。それほどオレたちに憧れを抱いているんだとは思うが、如何いかんせん、押しが強すぎる。スキアなんか、こそこそとマリナの背中に隠れる始末だ。


 すると、


「バカ!」


いてッ」


 突然、モーガンがアルトゥーロの頭を叩いた。結構力を込めていたようで、バチンと痛々しい音が響く。


 アルトゥーロが頭を抱えてうずくまるのを気にも留めず、モーガンは淡々と語る。


「あなたが暑苦しいのは今に始まった話ではありませんが、初対面の相手には抑えなさい。憧れのヒトたちに引かれてますよ」


 それから、彼女はオレたちに向かって頭を下げた。


「申しわけございません、皆さま。この男は、ご覧の通りの空気が読めない熱血漢なのです。ですが、決して悪気があるわけではありません。ご寛恕いただけると幸いです」


「気にする必要はないさ。ただ、色々と圧倒されただけだからな」


 今のやり取りも含めて、なかなかクセの強い二人だと実感したよ。


 他のみんなも似た感想を抱いているようで、全員苦笑いか呆れの表情を浮かべていた。


 こちらの反応を見て、モーガンは改めて頭を下げる。


「寛大なご対応、ありがとうございます」


「気にしなくてもいいが、謝意は受け取っておこう。それにしても、手慣れているんだな」


「はい。私と彼の親が親友の関係でして、何かと共に行動する機会が多いのです。その結果、今のような流れもしばしば・・・・。お恥ずかしい限りですが」


「苦労してるんだな」


「恐縮です」


 猪突猛進のアルトゥーロに冷静沈着のモーガン。相性は良いんだろうが、面倒見の良いモーガンが振り回される傾向が強いみたいだ。哀愁漂う雰囲気は、根っからの苦労人気質を感じさせるよ。


 そんなモーガンに同情したのか、ミネルヴァが彼女の肩を優しく手を置いた。


「制御役って大変よね。その気持ち、とてもよく分かるわ。何かあったら、私のところに来なさい。力になるわ」


 いや、同情なんてレベルではないな。同類相憐れむに近いか?


 ……心当たりがありすぎて、弁明のしようがない。今度のデート、うんと甘やかそう。


 そう心に誓っていると、痛みに悶えていたアルトゥーロが復活した。


「痛いじゃないか、モーガン!」


 眉尻を上げ、モーガンに詰め寄る彼。


 これも慣れているのか、対する彼女は落ち着いていた。


「いつもの暴走を止めただけですよ」


「それにしたって、他にもやり方があっただろう?」


「バカには良い薬でしょう」


「バッ……バカって言う方がバカなんだぞ!」


「フッ」


「何だよ、そのバカにしたような笑いは!」


 唐突に始まった口ゲンカに、オレたちは完全に置いてけぼりを食らった。ポッカーンと二人の様子を窺うしかない。


 ただ、その場に流れる空気で察した。この口論さえも、いつも通りなんだなと。


 何となく、この幼馴染みたちの関係性が見えた気がする。お互いに反発し合いつつも、根っ子から嫌っているわけではない。腐れ縁という言葉がしっくり来そうだ。


 とはいえ、いつまでもケンカされては、こちらが困る。


「ハァ。オルカ、マリナ、頼めるか?」


「仕方ないね」


「任せてください~」


 こういう時の対処が上手い二人に、騒動の鎮静を頼む。


 その後、我に返ったアルトゥーロとモーガンが青ざめた顔で土下座するんだが、それは置いておこう。


 重要なのは、彼らの入部が決まったことだからな。ギリギリだったものの、訓練に耐えたガッツは認めても良いと思う。

 

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