Chapter12-1 留学生(8)

 当初の不穏な予感など嘘のように、何事もなく新学期から一ヶ月が経過した。学園生と留学生――遠姫とおひめとは別――が衝突したなんて話は耳にしたけど、たいていは異文化ゆえのトラブルで、大袈裟な展開には至らなかった様子。


 まぁ、留学生組は国の代表として訪れているわけだから、こちら側がよほどの失態をしない限り、事件へは発展させないだろう。


 とはいえ、彼らも大人しく縮こまっているだけではなかった。各々、精力的に学園で活動していると聞く。


 その中でも一番派手に活躍しているのは、帝国の第三皇子モナルカ・アルマハト・フォール・アンプラードに違いない。


 昨年同様、学園では“闘技”制度が採用されており、特に一年生たちは頻繁に利用しているんだが、件の皇子が連戦連勝を決めていると言うんだ。元々首席だったため、順位こそ変動しないものの、大きく点数を伸ばしているらしい。


「後輩の子が言うには、『誰であろうと、いつであろうと、どこであろうと、試合の申し込みは受け入れる!』って豪語しているみたいだよ~」


「かなり我の強い皇子っぽいね。ボクも友だちから色々聞いてるけど、『俺についてこい』とか『自分の道は自分で決める』って恥ずかしげもなく言っちゃうタイプだってさ」


 五月頭。四時限目のコマが空いていたオレとオルカ、マリナは、学園内のカフェでお茶をたしなんでいた。外でも過ごしやすい季節になってきたので、テラス席を利用している。


 前述した第三皇子モナルカの話は、そんな雑談の最中にもたらされた・・・・・・ものだった。


 モナルカについては暗部にも調査させていたため、概要は得られていた。


 唯我独尊を地で行く性格であるものの、カリスマ性は非常に高く、付き従う者は少なくない。そして、そういった態度でも目くじらを立てられないほど、高いレベルの実力を有している。継承順位こそ一番ではないが、十分に皇帝の座を狙える人物という評価だ。


 これらの情報は概ね正しいと、オレも考えている。


 モナルカとは歓迎パーティーで軽く会話を交わした程度だが、言葉や態度の節々から多大な自信が見て取れた。


 ナルシストというよりは、自分の能力を信じて疑っていない感じか。幾度と挫折しながらも這い上がってきた、図太い精神力の持ち主だろう。


 一方、こういった学生視点も貴重な意見だった。交友の広い二人だから獲得できた情報だと言えよう。


 オレは感謝の気持ちを込め、両隣に座る二人の頭を優しく撫でる。


「ありがとう、二人とも。実に参考になる情報だったよ」


「えへへ」


「こちらこそ、ごちそうさまですー」


 オルカは心底嬉しそうに破顔して尻尾をブンブンと振り回し、マリナは頬を朱色に染めて礼を告げてきた。


 しばらく、両手に花の状態でイチャイチャしていたところ、新しい気配が近づいてくる。


「良いご身分ね、あなたたち」


「お、お疲れさま、で、です」


 呆れ顔を浮かべるミネルヴァと恐縮そうに肩を縮めるスキアがいた。


 二人はコチラに一言断りを入れてから、対面の空席に腰を下ろす。


「それで、何の話をしてたのかしら? あなたのことだから、イチャイチャする前に仕事関係の話でもしてたんでしょう?」


 紅茶の注文を手早く終えたミネルヴァは、早々に切り込んできた。


「あはは」


「ミネルヴァちゃん、精神魔法でも使った?」


 彼女の言葉にオルカは苦笑を溢し、マリナは目を丸くする。


 当のオレも、内心では精度の高すぎる予想に少し驚いていた。オレへの理解力が高すぎないか、ミネルヴァは。


 愛されているんだなとポジティブに考えつつ、質問に答える。


「帝国の第三皇子についてだよ。学生側の噂を教えてもらってた」


「嗚呼。あの自信過剰皇子ね」


「ずいぶんと辛辣しんらつな評価だな」


 得心したミネルヴァが溢したセリフに、オレは苦笑いを隠せない。


 無理もない。歓迎パーティーの際、彼女もモナルカと顔を合わせていたんだが、彼の尊大な態度には辟易へきえきしていたようだった。


 曰く、『皇族のくせに、他者の実力を見抜けないのは如何いかがなものか』とのこと。


 まぁ、オレたちの実力を『国内上位より多少上回る程度』と勘違いしていたので、彼女の失望は理解できる。ただ、オレたちが常識外の力を持っていることを、考慮してあげても良いとは思うけどね。


「本人の前では気を付けてくれよ?」


 念のために、忠告を口にするオレ。


 というのも、今晩は王城にてパーティーが開かれるんだ。当然、賓客たるモナルカも招かれている。


 ミネルヴァは不服そうに返す。


「そこまで愚かじゃないわよ。猫かぶりが得意なのは、あなたも知ってるでしょう?」


「一応だよ。どんな不測の事態が起こるか分からないし」


「……否定できないところがツライわね」


 悲しいかな。これまでの経験によって、アクシデントを前提とした心構えが当然となってしまっていた。フォラナーダあるあるだった。


 オレたちが溜息混じりに語っていると、マリナが羨ましげに言う。


「ミネルヴァちゃんはいいなぁ。ゼクスさまにエスコートしてもらえるんだから」


「同感。今日はカロンちゃんもだよね。二人がうらやましい」


 オルカも彼女に追随した。


 二人の発言より察せると思うが、今回のパーティーに参加するのは、オレとミネルヴァ、カロンの三人のみだ。上位貴族だけの企画のため、仕方なかった。


 ミネルヴァは肩を竦める。


「貴族のパーティーなんて、愛想笑いで疲れるだけよ」


「それでも憧れはあるんだよ。ゼクスさまの隣なら尚更ね~」


 心の底から残念がるマリナ。


 そこまで思ってくれるのは嬉しいし、できれば望みを叶えてあげたいが、今回ばかりは難しい。他国も関わってくるものだからな。


「またの機会を待ってくれ」


「は~い」


 彼女も、無理強いしたいわけではなかったよう。将来的な願望を口にしたにすぎず、あっさりと引き下がった。


 しかし、今晩のパーティーは身を引き締めて臨まないといけないだろう。そうそうトラブルが発生するとは思えないけど、カロンが婚約者となって初めての公だ。気を付けるに越したことはない。

 

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