Chapter12-1 留学生(9)
王城の広間の一つは、煌びやかな装飾と豪勢な料理で彩られていた。そして、そこに集う人々も
留学生――他国の賓客を招いた上、上位貴族のみで開催されたパーティーだ。普段お目にかかるものとは一線を画す上品さがあった。物品の高価さもだが、一人一人の所作も洗練されている。まさに、上流階級に相応しい集会と言えよう。
そんな絢爛豪華な会場に、オレは足を踏み入れた。侯爵という立場ゆえに入場は最後に近く、多くの貴族たちの視線が集中する。
「客寄せパンダになった気分だ」
「ぱんだ、ですか?」
「あー……」
「ほら、お喋りしてる暇はないわよ」
ゲンナリ呟くとカロンが首を傾げ、オレが回答に困ったところで、ミネルヴァが小声でたしなめてきた。
今回のパーティーは、オレのパートナーとしてミネルヴァとカロンも参加している。両手には彼女たちの小さな手が握られていた。
本来なら第一夫人予定のミネルヴァのみで良いんだが、婚約を発表したばかりなので、アピールを込めてカロンも同伴させたんだ。
パーティーのため、当然ながら二人ともキレイに着飾っている。
ミネルヴァは大人っぽいデザインでまとめていた。エンパイアドレスや宝石類は青色を中心としており、彼女の落ち着いた雰囲気が良く表現できている。普段は可愛らしいイメージが強いミネルヴァだけど、今日は“美しさ”が全面に押し出されていた。
一方のカロンは、溌溂としたイメージで仕上がっていた。Xラインのドレスは派手めの赤色で、その他のアクセサリも暖色を中心に飾っている。色気を出しつつも、彼女の明るさを損なわせない出来上がりだ。
同伴者はコーディネートをそろえるのが常だけど、二人に関しては真逆で攻めた。というのも、ミネルヴァもカロンも方向性が違う美女だからだ。同じテーマで着飾ると、長所を潰し合ってしまうと考えたらしい。
コーディネーターにはボーナスを与えるべきだな。こんなに素晴らしい姿の彼女たちに出会わせてくれたことを、感謝しなければいけない。
ちなみに、すでに二人へは絶賛の言葉を贈っている。率直な感想を伝えたところ、顔を真っ赤に染めていた。本当に可愛かった。
閑話休題。
絶世の美女二人の登場に、会場全体が感嘆の空気に包まれていた。オレたちはその中を悠々と進み、所定の位置へ辿り着く。ビュッフェ形式なので、移動だけで終わりだ。
その後、ゲストの留学生たちと公爵四家、主催のウィームレイ聖王が順に入場し、ようやくパーティーは始められた。
はじめにウィームレイが全体へ挨拶をし、次は彼への個別挨拶が爵位順に行われる。
オレたちは五番目。出番が回ってくるのは早かった。
「陛下。本日はお日柄も良く――」
「よせ。私たちの仲ではないか。個人の挨拶なのに、そこまで堅苦しくする必要はない」
「そうですよ。肩に力を入れず、気軽にお願いします」
オレが慇懃に一礼しようとしたところ、ウィームレイの手で遮られてしまった。しかも、右隣のビアトリス第一王妃まで賛同する始末。
おいおい。公の場で適当な対応はダメだろう。
国のトップらしからぬ態度に、眉を寄せるオレ。口は挟まないものの、傍に控えるミネルヴァも同じ心境の模様。憂慮の感情が漏れていた。
しかし、次に放たれた言葉が、オレらの心配を一蹴する。
「フォラナーダ卿が憂う必要ございませんよ。これも、聖王家とフォラナーダ家の親密さをアピールする一環ですので」
そう答えたのは、ウィームレイの左隣に立つ美女だった。紅桔梗色のロングヘアと紺色の瞳を有しており、凛と背筋を伸ばした姿は生真面目さを感じさせる。
彼女の名はクラウディアと言い、ウィームレイの妻――第二王妃だ。見た目通り真面目で、良い意味で貴族らしい性格をしている。
ビアトリスとは正反対の気質ゆえに、衝突が絶えないイメージがあるけど、実際の二人はかなり仲良しだ。とても不思議に思うが、聖王家内が安定しているのは良いことなので、下手に突いたりはしない。
話を戻そう。
堅物気味のクラウディアが、ウィームレイの暴挙を許すとは予想外だった。今語った理屈があったからなんだろうけど、何となく釈然としない。
「他国の目を考慮して、ということでしょうか?」
王妃二人が話しに加わったため、ミネルヴァも静観はやめたらしい。脳裏に浮かんでいた疑問を尋ねた。
対し、ウィームレイは楽しそうに頷く。
「その通り。帝国を筆頭とした国々に、我々は大の仲良しだと喧伝するんだ」
「私情を多分に含んでるだろう……」
茶目っけタップリの彼に、オレは半眼を向ける。
絶対に、『友と気兼ねなく話したい』という欲求が先にあるはずだ。他国の牽制なんて、後付けの理由に思えてならなかった。
結局、ウィームレイは笑って誤魔化すだけなので、追及は控えた。改めて簡易な挨拶を交わし、僅かに用意された時間を雑談に当てる。
「さて。直接祝うのが遅くなってしまったが、婚約おめでとう、ゼクス、カロライン嬢。ようやく二人が結ばれたこと、大変喜ばしく思うよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます、陛下」
一応、手紙による祝辞はもらっていたが、こうして面と向かって祝福されるのは初めてだった。即位等で多忙だったので仕方ない。
ウィームレイは心底嬉しそうに語る。
「いや、しかし、ゼクスもやっと腰を据えたか。顔を合わせる度に急かしていた身としては、とても感慨深いよ」
「やるべきことを終えたんだ。きちんと責任は取るさ」
「その結果が六……いや、七人の嫁とはね。本当に極端な男だよ、キミは。一度にそこまで増やして、ちゃんと愛を届けられているのかい?」
前半は呆れ気味にオレへ告げ、最後はカロンやミネルヴァへ問うていた。
水の先を向けられた二人は何を思ったのか、微かに頬を染める。それから、若干声を震わせながら答えた。
「あ、愛されすぎて困っているほどです」
「皆を愛せるからこそのお兄さまですから」
感情を読めなくても、幸せ全開だと分かる声音だった。実際、王妃二人は『あらまぁ』みたいな雰囲気で笑顔を浮かべている。
「いらぬ心配だったようだ。見事に惚気られてしまったよ。ごちそうさま」
質問を投じたウィームレイは「あはは」と苦笑いを溢した。
彼の言葉を受け、いっそう顔を赤くするカロンたち。うん、可愛いね。
「それにしても、どうやって不満を出さずに七人も相手にしているんだい? 今後を考えると、私も参考にしたいところだ」
さすがはオレの親友殿。舞い上がっている二人には触れず、かといって大きく話題を変えることなく、話の矛先をオレへと戻した。空気の読み方と話術の技量が光っていた。
ただ、そのチョイスも割と失敗している気がするぞ。
「魔法を使って工夫してるんだけど……聞くか?」
「やめておこう」
賢明な判断だ。絶対に参考にはならないもの。
その後、二、三言葉を交わしてから、オレたちはウィームレイたちの元を離れた。親密さをアピールするといっても、後続の貴族たちを蔑ろにはできない。長話は、またの機会に期待しよう。
それはパーティー終盤近く、お手洗いでオレが席を外している間に起こった。会場内にはローテンポの音楽が流れており、気が向いた者は軽くダンスに興じている。
だが、その一画に妙な人だかりが出来ていた。人垣のせいで何が起きているのかは見通せないが、カロンたちが騒動の中心にいるのは確かだった。彼女たちの反応が、向こう側より窺える。
オレは眉根を寄せた。
野次馬の騒つき具合からして、深刻なトラブルではないようだが、二人が巻き込まれている状況は看過できない。それに、傍にいるのが帝国第三皇子のモナルカなのも、嫌な予感を覚えさせた。
ウィームレイは……
オレは軽く地面を蹴った。常時発動している【身体強化】のお陰で、悠々と人垣の上を飛び越えていく。そして、カロンとミネルヴァの元に着地した。ちょうど、対面しているカロンたちとモナルカの間へと降り立つように。
ヒトが上から降ってきたことで野次馬たちは動揺し、背後のカロンたちは安堵の息を漏らす。すぐにでも彼女たちへ声を掛けたいところだが、それよりも、目前の男への対処が最優先だった。
「無作法な参上となり申しわけございません、モナルカ第三皇子殿下。私の婚約者たちが騒動の中心にいると知り、いても立ってもいられませんでした。どうか、ご寛恕いただけると幸いです」
深々と一礼するオレ。
正面には黒髪黒目の美丈夫――モナルカが立っていた。自信に満ちるギラギラとした瞳を持ち、どこか他人を魅了する覇気を感じさせる男だ。
そんな彼も、オレの登場の仕方には驚いたらしい。パチパチと目を瞬かせた後、ようやく我に返った様子。周囲を軽く見渡してから口を開いた。
「許そう。この状況では、慌てて駆けつけるのも無理はない」
やや他者を見下した語調ではあるものの、モナルカは決して狭量な人間ではない。むしろ、懐の深い方だろう。ゆえに、王座を狙うに十分の支持を得られているんだ。
彼は悪戯っぽく笑む。
「貴殿は彼女たちを愛しているのだな」
「ええ。心の底から愛しております」
こちらの仲をからかう魂胆なのかもしれないが、その程度で怯むオレではなかった。朗らかな笑顔を浮かべて即答する。
「ハッハッハッハッ。臆面もなく『愛している』と仰られるか! これは一本取られたぞッ」
モナルカは盛大に笑った。肩を震わせ、たいそうご機嫌な様相である。
ついでに、背後より歓喜の感情と悶えた声が聞こえてきた。どうやら、今の発言はカロンたちにもクリティカルヒットしたらしい。
幾許か笑い続けた彼は、ふぅと息を吐いた後に語る。
「となると、こちらも謝罪せねばならないな。この騒動は、私がカロライン嬢をダンスに誘ったために起こったものだ」
「……なるほど」
オレは眉が曇りそうになるのを抑え込んだ。
聖王国および周辺国にとって、既婚者や婚約済みの者をダンスに誘うのは、あまり褒められた行為ではない。それを破るのは、パートナーを奪う宣戦布告と受け取られても仕方がなかった。
モナルカの側近が湛える殺伐とした空気からして、カロンはキッパリ断ったんだろうが、気分の良い話ではないのは確かだ。
とはいえ、ここで露骨に不機嫌になっては三流貴族。オレは笑顔を取り繕う。
「殿下は、私から婚約者を奪うおつもりで?」
いや、全然取り繕えなかった。表情は堪えたが、セリフが火の玉ストレートである。
「最初はその気概もあったが、今は皆無だ。これほどまでに愛し合っていては、付け入る隙など微塵もない」
対するモナルカは首を横に振り、軽く頭を下げた。
「申しわけなかった、フォラナーダ卿。また、この度の無作法への代価は、後ほど送ろう」
再び動揺が周囲に走った。オレも、少なからず驚いている。
唯我独尊の彼が、こうも素直に謝罪するとは想定していなかったんだ。
なるほど。こういったギャップを自然に作れるからこそ、多くの者が付いてくるんだろう。彼ならではのカリスマか。
チラリとカロンを見る。
彼女は小さく首肯し、自分は許しても良いとの意思を伝えてくる。
であれば、必要以上の追及はやめよう。謝罪の支払いもすると公言していることだし、オレのワガママで国家間戦争は起こしたくない。
「謝罪は受け入れます、殿下。同じ過ちを繰り返さないことを願います」
「感謝する」
両者の和解が成立し、緊張しつつあった雰囲気が弛緩した。
それからすぐ、モナルカと彼の連れはウィームレイに挨拶をして会場を去っていった。加害者という立場を考慮したんだと思う。引き際も上手いな。
とんだトラブルはあったが、その後は何事もなくパーティーは終了した。
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