Chapter12-1 留学生(7)

 放課後。学園の第四訓練場にて、予定通り模擬戦が開催される運びとなった。


 場内には試合を行う当人たちの他に、オレたち八人と遠姫とおひめ士道しどうとは別の護衛二人、そして審判を任された男性教諭がいる。


 新たな護衛の方は、士道しどうのように変わった点は見られない。ごくごく一般的な魔法剣士といった感じだ。


 教師は一学年担当の者だ。遠姫とおひめに偶然目をつけられたんだと思われる。何せ、怯えの感情が見え隠れしているし、ちょっと涙目だ。運がなかったと諦めてくれ。


「こちらの申し出を受けてくださり、ありがとうございます」


 訓練場の外縁、臨時で作成された観戦席に座って幾許か。隣の遠姫とおひめが改めて謝意を告げてきた。僅かに頭が下げられたことで髪が揺れ、ふわりと爽やかな香りが漂う。


 オレは小さく首を横に振る。


「礼ならニナに仰ってあげてください。報酬をいただいてる以上、これは彼女の依頼も同然ですから。私は何もしていません」


「もちろん、ニナ殿にもお礼はいたしますが、ゼクス殿にも感謝しているのです。あなたがいらっしゃらなければ、この対戦は叶いませんでしたもの」


「そこまで仰られるのでしたら、素直に受け取りましょう」


 世辞の範疇であると理解しつつも、オレは遠姫とおひめの礼を受け入れた。あまり遠慮しすぎても角が立つ。


 それから、いくつかの言葉を交わした後、オレたちはニナたちへ視線を向けた。そろそろ、試合が始まりそうだったためだ。


 それぞれが得物を腰に差し、五メートルくらいの間隔を空けて対峙している。離れたココからでも張り詰めた空気が感じられた。


「こ、これより、ゴシラネ準男爵殿と士道しどうの模擬戦を開始いたします。勝敗条件は三つ。片方が気絶した場合か降参を宣言した場合、または審判である私が制止した場合です。決着がついたにも関わらず戦闘を続行すれば、勝敗結果が覆りますので注意してください」


 恐る恐る内容を発表する教師。


 今回は、ダメージ変換系の魔道具は使用しない。士道しどうは学園生ではないし、他国の人間だ。“闘技”等で使われる技術には触れさせられない。


 まぁ、遠姫とおひめには配られているので今さらではあるけど、ここら辺は規則の問題だ。例外を作ると将来的に面倒くさくなる。


 一応、ニナには注意するよう伝えていた。彼女の実力なら心配はいらないと思うが、相手は魔力ゼロの未知。何が起こっても不思議はない。


 【鑑定】ではレベル50と表示されているけど、信用ならないし。


 この魔法は、オレの原作知識をベースに開発した術。魔力ゼロなんて原作外の要素が存在する時点で、まったく当てにならなかった。


「は、はじめ!」


 全員の注目が集まる中、いよいよ二人の模擬戦が始められる。


 先に動きを見せたのはニナだった。【身体強化】を発動して即座に抜剣。その剣先を右下に下げながら、さらに後方へ流した。当然、彼女の体も右斜めに寄る。


「脇構えか」


 オレは口内で言葉を転がした。


 左半身をあえて無防備にし、敵の攻撃を誘導する姿勢だ。一方、剣先が相手から遠くなるので、即応性に欠ける難点を抱える。


 とはいえ、ニナには関係ないデメリットか。【身体強化】の前では、剣の位置程度は誤差である。


 一拍遅れて、士道しどうの方も抜刀した。流麗な所作より、卓越した刀術の技量が窺える。彼は、オーソドックスに中段の構えで戦うようだった。


「「……」」


 睨み合う両名。息が詰まるような重い空気が蔓延まんえんする。


 だが、その緊迫した状態も長くは続かない。士道しどうが先制攻撃を仕掛けたんだ。


 すり足と小刻みなステップを組み合わせた独特の歩き方で、瞬時にお互いの距離をゼロにする彼。


 真正面より突っ込んでいる風に見えるが、あれは視線誘導を狙った歩法だな。フェイベルンの有する秘技に近い。遠くのオレたちには何の効果もないけど、目前の相手からは一瞬消えて見えるんだろう。


 魔法という、お手軽な遠距離攻撃が存在するからか。この世界で剣技を極める者は、フェイントの類も極める必要があるのかもしれない。純粋な剣士なんて、ほとんど見かけないので、サンプルが圧倒的に不足しているけどね。ニナも魔法剣士だし。


 さて、突っ込んでくる士道しどうに、ニナはどう対処するかな。


 フェイントには惑わされていない模様。あの手の技術への対策は、重ね重ね訓練を積ませている。引っかかるわけがなかった。


 ニナは士道しどうを真っすぐ見据え、彼の動きを慎重に観察していた。自身の攻撃範囲キリングゾーンに入ろうと、向こうが動くまで待ちの構えだった。


 そして、とうとう士道しどうも攻撃可能範囲に到達する。ジャブのつもりか、小さな振りで真っ向斬りを放った。


 そんな生半可な攻撃が、彼女に通じるわけがない。体を僅かに逸らし、ミリ単位の紙一重で回避してみせる。その後、下ろされた彼の手首に向けて、高速の斬り上げを繰り出した。


 本気で攻撃したら、間違いなく両腕を斬り落としていただろう見事なタイミングだが、さすがのニナも模擬戦でバイオレンスを生み出すつもりはないよう。手加減した速度だった。


 ただ、その手加減は『フォラナーダにとっては』の注釈がつくもの。素の状態で戦っている士道しどうにとっては、神速にも近い一撃だったみたいだ。


「ッ!?」


 彼は慌てて得物ごと腕を引っ込めるものの、完全には間に合わなかった。刀と剣、両者の刃が不格好な形で交差し、嫌な金属音を奏でる。


 中途半端な姿勢で攻撃を受け止めたら、踏ん張りが利くはずもない。【身体強化】したニナの剣なら尚更。士道しどうはバク宙をクルクルと何度も決めながら、後方に吹き飛ばされていった。


 およそ二十メートルは飛んだか。浮遊中に冷静さを取り戻したらしい士道しどうは、着地だけはキレイに決めていた。ニナの追撃に備え、即座に刀を構えてもいる。


 あんな派手にぶつかったのに、刀には刃こぼれ一つない。


 よほどの業物か……いや、違うな。衝突の瞬間、ニナが折れないように調節したんだろう。王族関係者の武器を壊すのは宜しくないと判断したのかもしれない。


 器用なマネをするものだ。オレなら、ぶっつけ本番では必ず失敗すると思う。


 今の攻防のみで、ニナは士道しどうの刀の技量を把握したらしい。奥の手への警戒は残しつつも、幾許か肩の力を抜いた。


 油断ではない。目前へ全力で当たるのではなく、余力を作り、それを不測の事態への保険にしただけ。技量を測ったくらいで気を抜くほど、柔な鍛え方はしていない。そんな奴がフォラナーダにいたら、全力の説教だ。


 その後もニナと士道しどうの斬り合いは続いたが、目をみはる内容ではなかった。


 見応えある剣戟ではあったんだが、明らかにニナが場をコントロールしていたんだ。士道しどうの行動をすべて先読みし、向こうの刀を傷つけないよう剣を合わせていた。完全に手のひらの上である。


 結局、十分ほどの斬り合いを演じた後、ニナは士道しどうの首元に手刀を落として気絶させた。彼女の圧勝である。


「素晴らしい勝負でした!」


 護衛の一人に終了を伝えられた遠姫とおひめが、そう褒め称えながら拍手をする。


 彼女は近接職ではないし、試合内容も見えていないから、この反応でも仕方ない。


 そも、ニナが圧倒したからと言って、二人の健闘を称えないわけでもないし。


 遠姫とおひめにならい、オレたちも彼女たちへ拍手を送る。


 ただ、ペコリとお辞儀をするニナは、どこか釈然としない面持ちだった。


 彼女の心情は理解できる。きっと、士道しどうがアッサリ敗れたことを、不思議に感じているんだ。


 その点はオレも同感である。何か奥の手を持っていると踏んでいたので、些か拍子抜けだった。


 こちらが深読みしすぎただけか、今回は披露しなかっただけか。真相は謎だな。


 僅かなモヤモヤが残ったが、無傷でニナの模擬戦は終了したんだ。今は彼女の活躍を喜ぶとしよう。

 

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