Interlude-Minerva 深すぎる愛情

 フォラナーダ城の一画に存在する小部屋。円卓のみが鎮座する場所に、私――ミネルヴァを含めた七人が集っていた。内訳は言うまでもないでしょうが、カロン、シオン、オルカ、ニナ、マリナ、スキアよ。


 全員の顔を見渡してから、私は宣言する。


「第百七回お嫁さん会議を始めるわ」


 定期的に行われている私たちの報告会だけれど、今回は私が招集した緊急のものだった。どのような内容か知らないため、皆一様に真剣な面持ちである。


 ちょっと、肩に力が入りすぎね。


「そこまで緊張しなくていいわ。何かトラブルがあったとか、そういう話じゃないから」


 私がそう説明すると、堅苦しかった空気が緩んでいった。やはり、勘違いさせていた模様。次回からは気を付けましょう。


 ゴホンと咳払いし、改めて司会進行を行う。


「今回は、最近のゼクスについて話し合いたいの」


「お兄さま、ですか?」


 カロラインが不思議そうに首を傾ぐ。他の面々も同様で、疑問を顔に浮かべていた。どうやら、誰一人として議題に心当たりがないらしい。


 嘘でしょ? カロラインやニナ辺りはともかく、シオンやスキアはこちら側・・・・だと思っていたのに。


 些か計算違いが発生してしまったけれど、今さら出した言葉は引っ込められない。話を聞けば、賛同してもらえるかもしれないし。


 微かに頭痛を覚えつつも、私は続けた。


「『魔王の終末』以後、ここにいるメンバーは、晴れてゼクスの婚約者ないし恋人になったわけじゃない」


「そうですね。グリューエンを倒したことで、あの方の優先すべきことが片づきましたから」


 その瞬間を、もっとも心待ちにしていただろうシオンが首肯する。


 さすがはゼクスの右腕。こちらの欲しかったパスを、見事に放ってくれたわ。


 私は、すかさず指摘した。


「それよ」


「それ?」


「ゼクスの最優先が片づいた結果、彼の優先順位が変化したってこと。つまり、私たちを構う時間が激増したのよ」


「何が問題?」


 ニナを筆頭に、私以外の全員が首を傾ぐ。皆、キョトンと呆けた表情だった。


 くっ。ここまで喋っても察してくれないなんて……。


 嫌な予感が当たったわ。この状況に危機感を抱いているのは、私だけらしい。


 僅かに眉を曇らせながら、仕方なく私は真意を語る。


「持って回った言い方は止めましょう。ゼクスの溺愛が凄まじすぎるのよ」


「「「「「「あ~……」」」」」」


 ここに来て、ようやく共感の声が聞こえてきた。全員心当たりがあるようで、どこか遠くを見つめている。頬が染まっている数名は、絶対に色々思い出しているわね。


 本音を打ち明けてしまった以上、もはや遠慮はいらない。私は次々と語る。


「顔を合わせる度に、褒めた上で愛を告げてくる。寂しさを感じたタイミングで現れて、こっちが欲しいスキンシップをしてくる。毎日数時間は二人きりの時間を確保する。最低でも、週一でデートしてくれる――」


 まだまだあるけど、これ以上は長くなりすぎるわね。そこで一旦区切り、言葉を改める。


「とにかく、私たちは目いっぱい愛されているわ。それこそ、溺れてしまいそうなほどにね」


「要するに、愛されすぎてパンクしそうってこと?」


「……あけすけもなく言うなら、その通りね」


 オルカの直截すぎる問いに、私は渋い顔をしながらも頷く。


 以前から懸念していたことが、見事に的中してしまった。ゼクスの愛は爆発し、私たちをこれでもかと愛してくれている。


 その対抗策として人員を増やしていたのに、【刻外】のせいで破綻した。外へ出かけるデートなどでもない限り、無制限に時間が確保できるんだもの。人手を増やしても無意味だったわ。


 すると、マリナが尋ねてきた。


「それの何が悪いの~?」


「悪くはないけれど、このままの勢いだと死にそう」


 もちろん、本当に死ぬわけではないが、心臓がバクバクしすぎて怖い。真面目に『破裂するのでは?』と心配するくらいである。


 この前なんて本気でヤバかった。あごをクイッと持ち上げてジッと見つめられただけでもヤバイのに、そこから延々と褒めちぎられたんだ。しかも、最後はキス。死ぬかと思った。


「それ、良いですね。わたくしも、次の機会にやってもらいましょう」


 先日のデートをつい思い出して羞恥に悶えていると、そんなセリフをカロラインが溢した。


 ……は? もしかして私、今のを口に出していた!?


 バッと周りを確認したところ、皆一様に頬を染めていた。その瞳には憧憬が宿っている。この反応は、先の内容を聞かれていたからに違いなかった。


 顔の熱が一気に上昇するのが分かる。私は顔を両手で覆い、その場に突っ伏した。恥ずかしい、殺して!


 さらには、私の暴露がキッカケとなり、各々が一番印象に残っている二人きりの過ごし方を自慢し始める。


わたくしはオーソドックスなものが多いですね。お兄さまの膝の上に乗ってイチャイチャする感じです。お兄さまの顔や声が近いため、至福です!」


「私もあまり変わったことはしていませんね。片手をずっと繋ぎながらお話するくらいでしょうか」


「シオンは相変わらず初々しいですね。もう婚約者なのですから、もっと攻めないと先が思いやられますよ?」


「うぅ。善処します」


 まずはカロラインが語り、シオンがそれに続いた。


 シオンは想像通りだけれど、カロラインは思いのほか普通なのは驚いたわ。


 次に口を開いたのは、意外にもスキアだった。


「あ、あたしも、ふ、普通です。か、肩を寄せ合って、ほ、本を読む程度で……」


 たしかに、シオン以上の初々しさを感じるわ。恋人らしいといえば、らしいのかもしれないけれど。


「ボクの場合は、体を動かすことが多いかな。【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を広めに構築してもらって、ボール遊びやフリスビーとかしてるよ。上手くできると、ゼクスにぃが頭を撫でてくれるんだ!」


 尻尾を精いっぱい振りながら語るオルカ。ペットと飼い主っぽい情景が思い浮かんでしまった。


 まぁ、ここまでは一般的な範疇ね。おそらく、それらに費やした時間は一般的ではないのでしょうけれど――カロラインは平気で24時間使っていそう――、内容自体は普通だった。


 問題は残る二人よ。


 ニナは平然と語る。


「アタシは100時間キス。ずっとキスしてた。蕩ける時間だった」


 ……とんでもない爆弾が落とされたわね。話し振りからして、文字通りキスしかしていなかったみたいだし。


 陶酔しているところ悪いけれど、普通は死ぬわよ? 神化や偽神化なら平気? いや、それにしたって無茶しすぎだわ。


 前々よりスキンシップの激しい子だったけれど、ゼクスの枷が外れた今、際限がなくなった様子。一応、目を光らせておきましょう。そのうち、ぶっ飛んだ何かが起こりそうだもの。


 最後はマリナだった。彼女は苦笑い気味で口を開く。


「わたしがトリかぁ。そんなにスゴイことはしてないよ?」


「ここまで来たら、一人だけ聞かない方が気持ち悪いわ。キリキリ吐きなさい」


「そう? なら、話すねー」


 元々、黙っている気はなかったのでしょう。彼女はそれほど渋ることなく語り出した。


「わたしがゼクスさまと過ごす時は、『ごっこ遊び』が多いかなぁ」


「ごっこ……?」


 またもやトンデモワードが飛び出してきたわね。


 若干頬を引きつらせつつも、私は耳を傾ける。


「シチュエーションを決めて、その役に成り切って過ごすんだよー。一番気に入ってるのは、『ごく普通の平民の夫婦』かなぁ。【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の中に小さな一軒家を作ってもらって、甘ーく、緩やか―に過ごすの」


 楽しいよ、と頬笑むマリナ。


 わーお。まさか、マリナが一番業が深いとは思ってなかったわ。平民夫婦に成り切るとか、あなたの願望丸出しじゃない。付き合ってあげるゼクスも大概だけれど。


 その後も、私たちはゼクスとの惚気話に興じる。もはや、会議どころではなくなってしまった。


 結局、私の議題への解決策が上がることはなかったわ。……どうするのよ、本当に。



――――――――――――――


本日19:00頃、キャラ紹介3を投稿予定です。

 

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