Interlude-Marina わたしたちと周囲の変化
グリューエンとの戦いは、フタを開けて見るとフォラナーダの圧勝に終わった。多少(?)のケガを負ったものの、基本的に損害は軽微だったもんね。
でも、慢心はできない。結局のところ、今回の事件を解決したのは、ほとんどゼクスさまの力だ。彼が準備し、トドメを刺したゆえに得られた勝利だった。
だからこそ、わたし――マリナは鍛錬を続けている。世間では『魔王の終末』なんて言われている事件が終息した後も、自らを鍛えていた。いや、むしろ、以前よりも気合を入れているかもしれない。
理由は言うまでもないと思う。グリューエンとの戦いにおいて、わたしは足手まといだった。みんなを致命的な一撃から守ったは良いけど、その一発だけでダウンしてしまった。その事実が不甲斐なくて、悔しくて、腹立たしくて……。わたしは何て弱いんだろうと嘆いた。
その辺りの感情は、マイムちゃんやエシちゃんも同じだったみたい。今度は最後まで戦い抜こうと三人で決心し、修行に臨んでいる。
また、わたしと同様の想いを抱いたヒトは、他にもいた。スキアちゃんとユリィカさんだ。彼女たちも、あの戦いの中で自身の力不足を実感したらしい。
スキアちゃんは結構役に立っていたと思うんだけど、本人曰く『追いつくので精いっぱいだった』とのこと。意外と向上心が高いよね、スキアちゃん。
そういった事情もあり、わたしたち三人は一緒に模擬戦を行うことが多かった。基礎訓練自体は別々――わたしが魔力量増強、スキアちゃんが魔力操作能力向上、ユリィカさんが格闘術の上達――だけどね。
ただ、今日は内容が異なった。というのも、模擬戦にわたしたち以外の参加者がいたんだ。
「本日はよろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げたのは、聖女のセイラさんだった。カロンちゃんの紹介によって、今回は参加する運びとなったんだ。グリューエン戦以来、あの二人は本当に仲が良い。
わたしたち全員が『よろしく』と返し、まずは雑談から入る。
訓練じゃないの? と思うかもしれないけど、事前に意思疎通は割と大事なんだよ。お互いの手のうちを教え合うのはもちろん、性格や意気込みなどを把握しておくことで、とっさのフォローもしやすくなる。セイラさんのような部外者の初参加者は、尚更に必要な手順だ。
「セイラさんは、どうして訓練に参加しようと思ったの~? 言っちゃ何だけど、わたしたちの訓練って割と地獄だよ?」
ゼクスさまがいないからと言って気は抜けない。だって、フォラナーダが管轄するすべて訓練場には録画機材が完備されているんだもん。
理由は二つ。客観的に試合を見直し、感想戦を行うため。そして、訓練メニューを調整するため。
前者はそのままの意味だ。模擬戦の後、対戦した者同士で意見を交わすだけ。
問題は後者だろう。模擬戦の内容をゼクスさまが精査し、今後の訓練メニューを組み立てるんだとか。だから、模擬戦で手を抜くと後が怖い。
わたしたち全員が暗い表情を浮かべたのを認めると、セイラさんは盛大に頬を引きつらせた。
しかし、その怯えを振り払うように、
「魔王との戦いで、私が
彼女の目は真っすぐだった。しっかり信念をもっているヒトの瞳をしていた。
わたしやスキアちゃん、ユリィカさんは顔を見合わせ、頷き合う。セイラさんなら、本気でぶつかり合っても大丈夫そうだ。
場合によっては、セイラさんを相手にする時だけ手を抜こうとも考えていたけど、杞憂に終わって安心する。
すると、セイラさんは「あと」と言葉を続けた。
「もう少し出世したいですね。後ろ盾のない準男爵程度だと、下手したら誘拐されちゃいますから。私、光魔法師ですし」
冗談チックに語る彼女だったけど、内容は全然冗談では済まされなかった。全員の顔が若干引きつる。同じ光魔法師のスキアちゃんに至っては、僅かに顔色も青くなっていた。
そういえば、そうだった。需要の高い光魔法師は引く手あまた。無茶な勧誘をする者も多いと聞く。今までは『聖女』の役割のお陰で平和だったけど、今後はそうもいかない。身寄りのないセイラさんなら尚更。
この中で唯一のスキアちゃんが、おそるおそる問う。
「え、えっと……、で、デイマーン家は、う、うう、後ろ盾に、な、なって、く、くださらないのですか?」
「そ、そうですよね。セイラさんはデイマーンさまと仲が良かったと記憶していますが」
ユリィカさんもコクコクと頷く。
たしかに、二人の言う通りだ。子爵子息たるジグラルドくんが彼女にお熱なのは周知の事実。しかも、現在のデイマーン家は、復活させた『悪魔召喚』を利用した事業のお陰で乗りに乗っているそう。後ろ盾には申し分ない。
しかし、セイラさんの反応は微妙だった。「あー……」と歯切れの悪い声を漏らす。
それから、彼女はポツポツと気不味そうに語った。
「……彼に後ろ盾を頼んだ場合、そのまま婚約という話になりますから」
わたしは首を傾ぐ。グレイくんも加わった三角関係とはいえ、婚約を嫌がるとは思ってもみなかった。傍から見て、二人はとても仲睦まじかったし。
「ジグラルドくんとの婚約が嫌なの?」
直截すぎるとは思いつつも、疑問を率直に尋ねてみる。
失礼だったかな? と内心ヒヤヒヤだったけど、セイラさんは苦笑を溢しつつも返答してくれた。
「魔王騒動の前から色々悩んでいまして、この機会に自分を見つめ直してみようと思ったんです。それまでは、恋愛とは距離を置こうかと。あっ、もちろん、いつまでもお二人を待たせるつもりはありませんよ! 夏までには決める予定です」
セイラさんもセイラさんで、色々事情を抱えているようだ。ちょっと気になるけど、話してくれそうな気配は感じられないので諦める。
まぁ、グレイくんやジグラルドくんの気持ちを全然考えていなかったら物申していたけど、半年後には返事すると決めているなら大丈夫かな。一応、気を配っておこうっと。
「つまり、今後どうなるか分からないから、自分の地盤を固めたいってことだねー?」
「ですね。なので、訓練は遠慮なくお願いします」
「そういうことなら任せて~」
わたしは親指を立てて了承する。マイムちゃんも同じポーズを取っていた。相棒もやる気らしい。頑張るぞー!
一時間後。訓練場の染みと化したセイラさんが転がっていた。真っ黒こげである。
「マリナさん、やりすぎでは?」
「ブルーレアだから大丈夫だよー」
冷や汗を流すユリィカさんに、わたしは問題ないと返す。
実際、大したケガはしていない。派手に焦げて見えるけど、中身はまったく熱していないし。
カロンちゃんと訓練すると、こうはいかない。手加減が苦手な彼女の攻撃が直撃したら、確実にベリーウェルダンだ。
程なくして、セイラさんは立ち上がる気力を取り戻したらしい。一瞬光ったかと思うと、戦う前の無傷に戻っていた。やっぱり、光魔法って便利だね。
「うぅ、酷い目に遭いました」
涙目でこちらに近寄ってくる彼女。
わたしは苦笑いを溢す。
「この程度、フォラナーダだと序の口だよ~」
「……」
マジで? とセイラさんの顔が尋ねてきた。それくらい、ものすごい形相を浮かべている。ただ、問うている先はユリィカさんとスキアちゃんである。
二人は目を逸らしながら首肯した。
「……否定はしません」
「ま、まだ、ゆ、ゆゆ、指先が、ふ、触れた程度」
何気にスキアちゃんの発言が過激だ。まぁ、正しいけど。
加減が得意なわたしやスキアちゃん、オルカくんを相手にするのが、たぶんフォラナーダの中で一番優しい。次点で、実力の劣るユリィカさん、加減はできても厳しめのミネルヴァちゃんとシオンさん。その後に、天才肌すぎるニナちゃんと全然加減ができないカロンちゃん。最後に、加減は完璧だけど、相手の限界ギリギリ紙一重を攻めてくるゼクスさまだ。
ちなみに、これは高いレベルの実技に限った話。座学や初心者向け講座だと、カロンちゃんに教わるのがベストだったりする。彼女はかなり教え上手なんだよね。
閑話休題。
わたしたちの意見を聞いたセイラさんは、かなり顔色を悪くしていた。だが、訓練を降りるつもりはない様子。ガックリと肩を落とすだけだった。
その後も、わたしたちの模擬戦は続いた。
○●○●○●○●
放課後の学園。一人で講義を受けていたわたしは、みんなと合流するために校内を歩いていた。
そんな最中、道中の空き室に見知った顔を認めたので、足を止める。
これがただの友人程度だったら気に留めないんだけど、幼馴染みのユーダイくんとリナちゃんだったら別の話。
妙に気にかかったわたしは、物陰からコッソリ二人の様子を窺う。
「お~?」
わたしは思わず声を漏らしてしまった。というのも、ユーダイくんたちの間に流れる雰囲気が、どことなく甘かったんだ。少なくとも、リナちゃんの方は結構意識しているよう。
これはもしかして、もしかしちゃう感じなのでは?
さすがに、一世一代の瞬間を盗み見るのは良くないと思い、わたしはその場を離れることにした。クルス準男爵は、空気が読める女なのです。
「ユーダイくんにも春が来たか~」
朴念仁かと心配していたんだけど、やる時はやれる子だったらしい。
幼馴染みの幸せを嬉しく思い、ウキウキした気分で廊下を歩いていたところ、背後より扉を力強く開け放つ音が聞こえた。
何事かと振り向けば、不機嫌そうな表情でズンズンと歩いてくるリナちゃんの姿があった。それから、彼女を慌てて追いかけるユーダイくん。
よほど怒り心頭のようで、そのままリナちゃんは通り過ぎていく。わたしの存在が目に入っていないらしい。
一方のユーダイくんは気づいた。「マリナ!?」と声を上げ、目を見開いている。
わたしは怪訝に尋ねた。
「リナちゃん、めちゃくちゃ怒ってるよ。何したの、ユーダイくん?」
「俺が悪い前提かよ……」
「だって、さっきまで二人切りだったでしょう?」
「そうだけどさ」
リナちゃんの逆ギレも捨てきれないけど、『そうじゃない』とわたしの勘が囁いている。原因はユーダイくんにあると直感した。
「とりあえず、リナちゃんを追おう。その途中で事情を話して」
「わ、分かった」
彼女の背中を追いながら、事の経緯を伺うわたし。
結果、ユーダイくんが朴念仁であることが証明された。
さっきの空き部屋の状況。てっきり告白でもするのかと思っていたんだけど、とんだ勘違いだったよう。ユーダイくんは『まだまだオレたちは弱い。一緒に強くなろう』なんて宣言しただけだったらしい。ライバルや仲間へかける意気込みに過ぎなかったんだ。
あの雰囲気でそれって……我が幼馴染みながら鈍感すぎる。そりゃ、リナちゃんも怒るよね。いやまぁ、ユーダイくんからしてみれば理不尽だけど、それを言ったら、彼のセリフもわざわざ二人切りで語る内容でもないし。
鈍感で不器用。二人とも、そういう類の人種だよねぇ。恋心に関しては、リナちゃんが先に気が付いたみたいだけどさ。
仕方ない。関係修復の手伝いをしますか。
本当に世話が焼ける幼馴染みだ。でも、それが嫌いというわけではない。こうやって助け合える関係に落ち着いたのは、とても嬉しかった。
それから、リナちゃんに追いついたわたしは、見事に二人の仲を修復してみせた。それどころか、少し関係が進展した気がする。ふふふ、我ながら良い仕事振りだったと思う。
しかし、
「へぇ、なるほどねぇ。それが遅刻した理由と」
みんなの元に戻ったわたしを待ち受けていたのは般若――いえ、ミネルヴァちゃんだった。相当怒っているようで、魔力が彼女の黒い髪を揺らしている。こ、怖い。
ユーダイくんたちの話を洗いざらい吐いたわたしは頭を下げた。
「ご、ごめんさいー! どうしても、放っておけなくてッ」
「ヒト助けは良いのよ。でも、事前に連絡はできたでしょう?」
「うっ」
そこを指摘されては反論できない。わたしたちは
しばらく硬直した時間が流れたけど、不意にミネルヴァちゃんが溜息を洩らした。
「今日のところは勘弁してあげましょう。次は気を付けるのよ」
何とかお許しが出た。わたしはホッと胸を撫で下ろす。
でも、それは些か早計だった。
「代わりに、帰宅後の礼儀作法やダンスのレッスンは厳しめでいくわよ。予定が遅れたのは自業自得なんだから、文句は受け付けないわ」
「げ」
一代限りとはいえ爵位を得たわたしは、それ相応の品格が求められるようになりました。だから、最近はミネルヴァちゃんから教えてもらっているんだけど、今日はそれが厳しくなるらしい。ただでさえ、いつもスパルタ気味なのに。
どうやら、苦難は続くみたいだ。明日まで生き残れるかな、わたし?
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