Interlude-Galluna 八つ当たり

「どうして、こうなった」


 あたし――ガルナの小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく霧散する。


 フォラナーダの中で最も特別な訓練場に、あたしたちは揃っていた。『たち』と言ったように、他にもメンバーがいる。ニナさまとカロラインさまだ。


 で、あたしが何を憂鬱に感じているのかというと、この状況すべてにだった。


 一つ。あたしの目に前にいるニナさまが、完全武装であること。模擬戦をやるのは良いけど、気合入りまくりなのが怖くて仕方ない。


 一つ。カロラインさまが離れた場所に待機していること。ケガを治す前提の備えとか、やっぱり怖い。


 一つ。この特別訓練場を使っていること。ここの何が特別って、一番頑丈な仕様なんだよね。ゼクスさまの神化パンチでもヒビ割れで済むくらいに。


 結論。あたし、死ぬんじゃね?


 こっちの内心が顔に表れていたのか、ニナさまが少し柔らかめに声を掛けてくる。


「安心して。全部峰打ちで済ませる」


「いやいやいや、まったく安心できないですからね! ニナさまって、その辺の木の枝でも大岩を真っ二つにできるじゃないですかッ」


 極まった剣士は得物を選ばないと聞くけど、選ばなすぎである。あれを目撃した時の衝撃は、未だに忘れられない。


 しかし、あたしの必死さを目にしても、彼女は翻意しなかった。首を横に振り、カロラインさまの方へ視線を流す。


「だから、カロンを呼んだ。万が一が起こっても安心」


「万が一どころか、ケガするのはほぼ確定ですよ……」


 魔駒マギピースのシステムを利用しない時点で、どういった戦い方をするかなんて決まっている。ガチの試合をしたいんだ、ニナさまは。


 彼女がこんな試合をセッティングした理由は、だいたい想像がつく。この前のグリュちゃんとの戦いで活躍できなかったから、同じ魔法司のあたしで腕試しするつもりなんだろう。完全に八つ当たりだ。


 ふと、様子を見守っていたカロラインさまが口を開く。


「ガルナ。時間稼ぎはやめなさい。事前に、模擬戦の内容を説明された上で引き受けたのでしょう? 褒美につられたあなたが悪いです」


「うぐ」


 そこを突かれると、何も言い返せない。


 彼女の言う通り、事前説明は受けていた。報酬としてゼクスさまとのデート権一回をくれるというから、思わず承諾してしまったんだ。自分の浅はかさが恨めしい。


「ニナ。ガルナが本気で慌てた際は、敬語が崩れます。今は敬語のままなので、あの弱腰はポーズに過ぎません。遠慮は不要です」


「なるほど」


 続くカロラインさまの指摘に、あたしは渋面を浮かべるしかなかった。よくご存じで。


 会話で時間を稼ぎ、試合時間をうんと短くする算段だったけど、暴露されてしまったのなら仕方ない。覚悟を決めますか。


 こちらのスイッチが切り替わったのを察したのか、ニナさまも空気を一変させた。剣こそ鞘に収まったままだけど、発するオーラが鋭くなっていく。


 両者の戦意が向上したのを認め、カロラインさまが宣言した。


「これより、ニナとガルナの模擬戦を取り行います。降参するか、気絶するか、わたくしが制止するか。いずれかが勝敗条件です。それでは始め!」


 合図とともに、あたしたちは動き出した。







 お互いの最初の行動は、セオリー通りのものだった。剣士であるニナさまが距離を詰めてきて、専業魔法師寄りのあたしは魔法を構築する。


 先手争いは、あたしが勝った。


「本気の一撃、いきますよ!」


 そう宣言しながら放ったのは、上級水魔法の【ハイドロウェーブ】。水の波動がニナさまに向かって直進していく。


 しかし、これで彼女が倒れるとは全然思っていない。すぐさま、次の魔法の準備を始めた。


 現に、ニナさまは最小限の動きで【ハイドロウェーブ】を回避した。しかも、突っ込んでくる勢いを殺さず。うわぁ、文字通り紙一重で避けている。こわっ。


「シッ」


「くっ」


 障害がなくなったため、ほぼ一瞬であたしの目の前に現れるニナさま。鞘に納められた剣を、すさまじい勢いで抜剣する。その軌道は、こちらの横腹から肩を通り抜けるものだった。


 峰打ちはどうした?


 そんなツッコミが頭を過るけど、口に出している余裕はない。とっさに水の壁――上級魔法【ハイドロウォール】を展開し、彼女の攻撃を防いだ。


 ……うん。直撃は防げたけどさ。


「痛ぅ」


 見事に水壁は斬り飛ばされ、あたしの右腕も肘から先を落とされていた。いや、だから、峰打ちは!?


 あたしが非難の目を向けると、ニナさまは申しわけなさそうに謝る。


「ごめん。一応剣の腹で叩いたんだけど……」


「アッハイ」


 これが最大限の手加減だったらしい。剣の腹で、どうやって腕を斬るの?


 というか、色々衝撃的すぎて忘れてたけど、何故か無効耐性も貫通されていた件。


「ニナさま、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


「なに?」


「無効耐性は、どうやって突破したので?」


「集中すれば斬れるよう、特訓した」


「えぇぇぇぇ」


 開いた口がふさがらないとは、こういう時に使う言葉なんだろう。根性論並みに意味が分からなかった。


 ただ、同時に疑問も浮かぶ。


「グリュちゃんと戦った時、どうして斬らなかったんです?」


 たしか、最後の方で軽く刃を交えていたはず。


 ニナさまは若干唇を尖らせた。


「……まぶしくて、狙いが定まらなかった」


「嗚呼、なるほど」


 グリュちゃんはヒトの目をくらませる特性があった。そのせいで、上手く集中できなかったみたいね。


 自分で言ってて意味不明な単語の羅列だけど、納得は一応できたわ。あるがままを受け止めるのが、長生きするコツよ。


 さて。そろそろ腕を治しましょうか。そろそろ出血多量で気絶する。


 あたしはドバドバ流れる右腕の血を操作し、体内へ逆流させる。ついでに、落ちた右腕も血液で引っ張り上げ、切断面で固定した。かなりキレイに斬られていたようで、あっという間に癒着する。……剣の腹とは?


 あとでカロラインさまに診察してもらった方が良いけど、体内の水分操作で何とかなりそう。指先の感覚も問題ないし、大丈夫でしょう。


 すると、ニナさまが呆れ混じりに言葉を溢す。


「はじめて、ガルナが魔法司なんだって実感した」


「ニナさま、割と失礼ですね」


「ごめん」


「あ、いえ。あたしの日頃の行いもあるので、気にしないでください」


 ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、素直に謝られてしまった。些かバツが悪い。


 微妙な雰囲気を払拭するためにも、あたしは声を上げた。


「仕切り直しましょうか!」


「よろしく」


 お互いに身構え、緩んだ空気を引き締め直す。


 それから、水と剣の舞が延々と続いた。







 最終的に、この模擬戦を制したのはニナさまでした。


 魔法を斬り飛ばしたり、斬撃を虚空に置いたり。一人だけシステムが違う気がする。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る