Interlude-Shion メイドの休暇(前)

「はぁ」


 私──シオンは、溜息とともに王都の街道を歩いていた。ただ、身にまとうのはメイド服ではなく、多少おしゃれな程度の普段着だ。


 何故かと問われれば、休暇だからとしか答えられない。


 突発的にもたらされた休みなので、特段予定など立てていなかった。誰かと遊ぶ約束も交わせていない。ゆえに、こうしてブラブラと街を練り歩いているのだ。


 では、どうして、急に休暇が降って湧いたのか。それこそが溜息の原因だった。


 簡潔に説明すると、仕事に身が入っていなかったから。要するに、『いるだけ邪魔だから頭を冷やしてこい』と追い出されたわけである。


 ゼクスさまのお側に侍る者として情けない。そんな気持ちもあるけれど、それ以上に抱えているのは羞恥だった。私に休暇を告げる際の、皆のニヤニヤした笑みが忘れられない。


 状況がよく分からないって? 肝心な部分を明かしていないから当然だ。


 そも、私が仕事に集中できていなかった理由は、ゼクスさまより告白の返事を賜ったためだった。


 嗚呼。あの時の感激は、色濃く胸の奥に残っている。申しわけなさそうな表情から真剣な面持ちへ移り、最後に照れくさそうに語るゼクスさま。その一挙手一投足すべてが、私のハートにドストライクだった。


「えへへ……おっと」


 危ない危ない。往来で妄想にふけるところでした。ちょうど隣を通り過ぎた方に、怪訝そうな視線を向けられてしまいます。恥ずかしい。


 慌てて口元を押さえ、そそくさと別の場所へと移動する。


 まぁ、何というか……つまり、ゼクスさまとの仲が進展したのに浮かれて、仕事が疎かになってしまったわけです。しかも、それが周囲にバレバレとか、どんな拷問だろうか。


 とはいえ、いつまでもこの調子ではダメだ。ゼクスさまの伴侶になろうと、爵位をいただこうと、今後も仕事は続けるつもりである。メイドは無理にしても、秘書業は絶対に。だから、この機会を活かし、しっかり気分を切り替えなくてはいけない。


 しかし、何をすれば解決できるかが問題だ。私がウブすぎるのは自覚している。一朝一夕では調子を戻せないことも。腰を据えて考えねば。


「とりあえず、近くの喫茶店にでも入りますか」


 現状、私は街道を歩いている最中。思考を回すにしても、落ち着ける場所へ移動するべきだろう。


「といっても、あまり王都の店には詳しくないのよね」


 貴族向けの茶屋なら何点も頭に浮かぶのだけれど、庶民向けはとっさに・・・・に思い出せない。


 普段、私がそういう類の店に行かないのが露呈していた。毎週二日の休みはいただいているけれど、だいたいは家でのんびりするし、外に出ても買い物のみで済ませてしまうのだ。


 かといって、貴族向けの店へは入れない。一応、今の私は貴族の端くれだが、準男爵なんて平民も同然だもの。いくら魔王討伐に貢献した英雄といえど、良く思わない連中はいる。わざわざトラブルへ首を突っ込む気はなかった。


 結局、その辺りの露店を見学しながら、良さそうな店を探すことにした。行き当たりばったりともいう。







 どれくらい店を回っただろうか。太陽が頂点を越える頃、私はようやく良い雰囲気の喫茶店を発見した。ピーク時間ゆえに屋内は満席だったため、テラス席に座る運びとなる。


 時期的に少し肌寒いが、我慢できないほどではない。天気も良いので、体が冷える心配もなさそうだった。


 注文した紅茶とサンドウィッチを食しながら、テラス席より一望できる大通りを眺める。


 活気溢れる王都の様子は、世界が平和になったことを強く感じさせた。先日の魔王騒動が夢幻だったのではないかと疑いたくなるほどに、穏やかな日常が流れていた。


 紅茶を片手に、当時のことを思い返す。


 ゼクスさま不在による緊迫した空気。グリューエン復活による混乱と相対した際の緊張。数ヶ月経った今でも即座に想起できるほど、あれらの体験は強烈だった。


 そして何よりも、


「格好良かったなぁ、ゼクスさま」


 この一言に尽きる。


 颯爽と現れ、グリューエンのことごとくを潰されたあの方の勇姿。本当に格好良かった。加えて、彼女の復活阻止も計画に組み込んでいたのだと言うのだから、その用意周到さには頭が上がらない。


 私の旦那さまは世界で一番格好良いのだと、ためらいなく自慢できるだろう。


「だ、旦那さま……」


 自分で想像しておいて、ものすごく照れくさくなってしまった。やばい、顔が熱い。


 恥ずかしい自身の表情を見られないよう、私は両手で隠す。触れた頬は、発熱しているのではないかと思うほど熱かった。


 ダメだ。今みたいにノンビリ過ごしていると、ゼクスさまのことばかり考えてしまう。


 このまま茶をたしなむのは厳しいと感じた私は、次の場所へ移動することにした。のんびりがダメなら、真逆でいこう。







○●○●○●○●







 というわけで、やって参りました、冒険者ギルド・王都支部。


 依頼で体を動かせば、色々と発散できるという安直な考えだが、割と良い案だと思っている。私は、訓練などは無心で行うタイプだし。


 しかし、ここに一人で来るのも久しぶりだ。フォラナーダへ仕えて以来だろうか。普段は、ゼクスさまやニナさんに同行する形が多い。


 学生時代、スパイ訓練の一環で冒険者登録は済ませていた。あの時は精神的に余裕がなかったけれど、今日はそれなりに冒険者を味わえる気がする。フォラナーダの仕事でもないし、精いっぱい楽しもう。もちろん、依頼には誠心誠意臨む。


 お昼すぎとあって、ギルド内のヒトは疎だ。職員と、併設された酒場で飲んだくれている冒険者が数名ほど。


 何となく懐かしさを覚えた。


 少し思考を回せば、すぐに思い出す。ゼクスさまが冒険者登録を行った際も、似たような状況だった。支部は違えど、内情は酷似するものらしい。


 たしか、掲示板に向かう途中で、酔っ払った冒険者に絡まれたのだったか。ゼクスさまが【威圧】で対処したのは良いが、小さな騒動に発展してしまったのだ。本当に懐かしい。


 自分も依頼掲示板へ向かっていると、自然に思い出が溢れ返ってくる。もう十年近く前の話だけれど、私は鮮明に情景を思い浮かべられた。それだけ、大切な記憶ということだ。


 だが、私の楽しい振り返りも、唐突に終わりを告げる。


「おい、美人の姉ちゃん。今から依頼を探しても、ロクなのは残ってねぇよ。そんな無駄な労力を使うくらいだったら、俺らに酌をしてくれねぇか?」


 目前に現れたのは、恰幅の良い男だった。

 

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