Interlude-Seira 圧迫面接

 『魔王の終末』なんて呼ばれるようになった騒動も、ようやく落ち着き始めた春先。春季休暇目前の今日、私――セイラは何故か学園長室に呼び出されていた。


 教師の呼び出しを受けるというのは、学生にとってあまり心地良いものではない。それは聖女である私も変わらなかった。いえ、前世の記憶がある分、余計に苦手意識が強いかもしれない。


 とはいっても、無視はできない。いくら爵位を得ようと、この学園でのトップに逆らえるわけがないもの。というか、爵位を基準にしても反抗できないのよね。学園長、一応伯爵らしいし。


 嫌だなぁという内心をおくびにも出さず、私は呼び出しに応じた。


 ちなみに、グレイ殿下とジグラルドくんが同行しようとしたけど、丁重にお断りした。


 あの二人がこちらに好意を向けてくれているのは分かるんだけど、私の心の整理がついていないのよね。彼らへ抱く感情は、未だ『好きなキャラ』の域を脱しない。


 心の底から、申しわけなく思っている。だから、頑張って今年の夏までには結論を出すつもり。どちらを受け入れるか……もしくは、どちらも受け入れないかを。


 さて。職員室へ詰めていた先生に案内してもらい、やっと学園長室前に到着したわ。学園が広いから、ここまで来るのも一苦労なのよね。転移魔法を持つフォラナーダがうらやましい。


 私は扉をノックし、「セイラ・イセンテ・ホーライトです」と名乗った。ほとんど間を置かず、中に入るよう促される。


 若干の緊張を湛える私。実は、学園長室に来るのは二度目なのよね。一回目は入学直後。


 心のうちで『よし』と気合を入れ直し、私は重厚な扉に手を掛けた。見た目ほど重くはなく、ギィと音を鳴らしてアッサリ開く。


 そんな肩に力の入った私を出迎えたのは――


「よく来てくれた、セイラ殿」


 もはや代名詞と言って良い白髪を有するゼクスだった。


 ゲェと声を漏らさなかったことを、私は自画自賛したい。それくらい、この邂逅は不意打ちだったわ。


 引きつる頬を抑えつつ、私は笑顔を作る。


「こ、これはゼクスさん。あなたがいるとは思いませんでした。学園長は?」


 ザッと見渡した限り、あのロリ教師の姿は見当たらない。この部屋には、彼しか存在しなかった。


 こちらの疑問に、ゼクスは頬笑んだまま答える。


「実は、セイラ殿を呼び出したのはオレなんだよ。ディマには席を外してもらった」


「……このような騙し討ちをせずとも、普通に呼んでくだされば、応じましたのに」


 己の警戒度が跳ね上がったのを感じる。


 これまでの修羅場で鍛えられた勘が告げていた。ここから即座に逃亡すべきだって。


 でも、理性がそれを捻じ伏せる。こうして顔を合わせてしまった以上、逃げ出すなんて不可能だ。立場的にも、実力的にも。


 私の言葉に、ゼクスは肩を竦める。


「普通に呼んだ場合、何かと理由をつけて断られると思ったんだ。申しわけない」


「ハハハ、そんなまさか」


 これほどまでに空虚な笑いが漏れたのは初めてかもしれない。


 彼の指摘は、とても正しかった。通常の手段で招かれたら、色んな理由をこさえて、絶対に断っていたと思う。


 何故かって? 彼が怖いからよ。意味不明の強さと、理不尽な権力と、予想できない行動。そんな三拍子そろった相手、平然と応対できるわけがない。いくらカロンの大好きなヒトだろうと、怖いものは怖かった。


 とはいえ、すでに逃げ道は閉ざされている。私は彼に促されるまま、対面のソファに座るしかなかった。


 私が着席すると同時に、彼はどこからか出来立てのお茶を取り出した。


「リラックス効果のあるハーブティーだ。遠慮なくどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 断れるはずがないので、大人しく応諾する。……あっ、いい匂い。


 想像以上にステキな香りが漂ってきたため、警戒を忘れて普通に口をつけてしまった。ヤバッと思ったけど、もうお茶を一口飲んでしまっている。後の祭りだ。


 しかし、そういった憂慮は吹き飛ぶ。何故なら、今まで飲んできた中でも一番と評して良いくらい、このハーブティーは美味しかったんだ。ゼクスの目を忘れて、その後味を楽しんでしまう。


「はっ!?」


 我に返った時には、彼から愉快げな目を向けられていた。うぅ、恥ずかしい。


「も、申しわけございません」


 とっさに謝るものの、ゼクスは首を横に振った。


「気にしないでくれ。オレの淹れたお茶を味わってくれたのなら、こちらとしても嬉しい」


「えっ、ゼクスさんが淹れたんですか!?」


「嗚呼。ちょっとした趣味でね。忙しくて、あんまり手を出せてはいないんだけど」


 ものすごく意外だった。私の中の彼って、力押しを正義としているイメージなのよね。こんな繊細なお茶を作れるなんて驚いた。


 私の反応を受け、ゼクスはクスクスと笑う。


「いい具合に肩の力が抜けたようだ。サプライズを仕掛けた甲斐があったよ」


「あー……えっと、ありがとう、ございます」


 言われてみれば、入室時の緊張が解れている。未だに彼は怖いけど、最初ほどのガチガチさは残っていなかった。


 めちゃくちゃ手慣れているわね。女たらしの波動を感じた。ただ、チャラ男って雰囲気ではないのよね。誠実さが全面に押し出ているというか、優しさに満ち溢れているというか。


 ジグラルドくんの手伝いをした際は、研究助手として割り切っていたのでしょう。ここに来て、初めてゼクスの本領を見せつけられた気がする。


 色々と納得したわ。これならハーレムを築けるわけよ。性格良し、実力アリ、権力アリ、金銭に不自由ナシ。モテる要素の塊じゃない。カロンの自慢は話半分に聞き流していたけど、割と正しい評価だったのかもしれない。


 私はゼクスの人物評価を修正しつつ、今回の用件を尋ねる。


「今回はどのようなご用向きでしょうか? わざわざ手間をかけてまでゼクスさんが呼び出すなんて、何かトラブルでも?」


 たいていの物事はゼクス単独で解決できてしまうと思うから、聖女関連の何かかな。


 そう予想していた私は、きっと相当油断していた。だからこそ、続く彼の発言に適切な対処を行えなかった。


「キミ、転生者なんだってね」


「ゲェッ」


 不意打ちすぎるセリフに、私はついに聖女としてあるまじき声を上げてしまった。


「あっ、これは違うんです。えっと……」


 すぐに自身の失態を悟り、慌てて弁明を試みる。しかし、動揺てしまった頭では、ロクな言いわけが考えつかなかった。


 ゼクスは苦笑いを浮かべる。


「無理に弁明する必要はない。証拠は掴んでるから」


 そう言って取り出したのは、棒状の魔道具だった。まるで、ボイスレコーダーのような……まさか。


 私の予想は正しかった。魔道具から流れてきたのは、魔王騒動の際に交わした私とカロンの会話だ。


「最初に訂正しておこう。カロンはこの一件に関わってない。彼女は録音のことは知らないし、今もキミの秘密を胸のうちに留めてるよ」


「じ、じゃあ、それは」


「あそこはフォラナーダの隠れ家だ。録音機くらいは設置してあるさ」


 自分の失態が今だけではないと、ようやく私は悟った。


 よくよく考えれば、辿り着く結論だ。フォラナーダの領域でペラペラとプライベートを語るなんて、あまりにも不用心だった。


 過去の自分を叱責したい気分に駆られるが、今はそんな不毛なことに思考を回している場合じゃない。


「私に、何をお求めになるんですか?」


 意味なく、転生者であることを追及するはずがない。彼の目的を知る必要があった。


 最大限の警戒を抱いていると、ゼクスはキョトンと目を丸くした。それから、「嗚呼」と得心の息を漏らす。


「すまない、勘違いさせたようだな。オレは別に、セイラ殿に何かを求めるつもりはない」


「はぁ?」


 あまりにも予想外の言葉に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。


 私はてっきり、異世界の知識を提供するよう言われるか、自分も転生者なんだと暴露されるかの二つを予想していた。特に後者よ。彼は原作ブレイクの元凶だもの。


 こちらが瞠目どうもくしている間に、ゼクスは説く。


「まぁ、『前世の知識を使う時は声を掛けてほしい』と願うつもりではあったけど、強制はしないさ。どちらかというと、セイラ殿の反応を確かめたかったんだ」


「確かめる、ですか?」


「転生者であることをキミがどう受け止めているのか、直接確認したかった」


「……何故でしょう?」


 意味が分からなかった。転生者という属性について、私がどう考えているのか。それを知って何が変わるっていうのよ。


 困惑し切りの私を認めた彼は、軽く肩を竦める。


「新しい知見というのは、それだけで世間を揺るがす劇薬だ。それが異なる世界のモノなら尚更。それは分かるかな?」


「は、はい」


「もし、転生者であることを誇りに感じている者がいれば、きっと無差別に知識を振り撒くだろう。その結果、世間が混乱に包まれようと。知識に無頓着な輩の場合も同じだな。安易に知識を広め、やはり世界を混乱させる」


 そこまで語られれば、私も理解が及んだ。ゼクスが懸念しているのは、私の前世の知識の扱い方だ。


 直接どういう方針かを問うても、素直に答えるとは限らない。ゆえに、転生者としてのスタンスを尋ねるという、回りくどい手法を取ったんだ。


「セイラ殿の場合、知識の危険性は理解できているみたいだし、転生者というアイデンティティに特別感を抱いている様子もない。だから、これといって要求するつもりはないよ」


 彼はそう締め括った。


 その言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。知らぬ間に私は面接を受けており、結果は合格だったらしい。


 ……安堵のせいで気が緩んだのか。ふと、私は余計な疑問が浮かんでしまった。よせば良いのに、わざわざ口にしてしまう。


「もしも、お眼鏡に適わなかったら、どうなっていたんでしょう?」


「ご想像にお任せするよ」


 ゼクスは笑った。


 その笑みは一般的なものと大差なかったのに、私はガクガクと体を震わせてしまう。本能が特大の警鐘を鳴らす。


 やっぱり、私はゼクスが怖くて仕方なかった。

 

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