Interlude-Seira ルナティック(後)
トボトボと帰路につく私。目の前の曲がり角を超えようとしたところ、不意に誰かがぶつかってきた。
「いたっ」
予想外の出来事に、私は尻もちをついてしまう。
対し、ぶつかってきた相手は無事だったようで、「大丈夫か?」と手を差し伸べてきた。
「すまない。余所見をしていた」
「いえ。こちらこそ、申しわけございません」
差し出された手を握り、そこで初めて相手の顔を確認する。
私は目を見開いた。だって、ぶつかった相手が、攻略対象の一人であるグレイ第二王子だったんだから。うわぁ、めっちゃイケメン。
思わぬ遭遇に固まっていると、グレイ殿下は訝しげに問うてきた。
「どうした?」
「い、いえ。まさか殿下とはいざ知らず。お手をわずらわせてしまい、申しわけございません!」
我に返った私は即座に立ち上がり、その勢いのまま頭を下げた。
脳裏に浮かんだのは、貴族に監禁されたと言う孤児院の女の子。封建社会への恐怖が溢れてきたんだ。
攻略対象とはいえ、グレイ殿下は俺さま系のキャラ。初対面の段階では、何をされるか判然としない。
内心で冷や汗をかく私だったけど、彼の反応は想定と異なった。
「殿下、ね」
どこか哀愁を漂わせる呟き。チラリと覗き見れば、ものすごく悲しげな表情を浮かべていた。
本当にグレイ殿下?
我が目を疑うしかない。普段は傲慢な態度を取るものの、実はコンプレックスの塊という彼が、人前で弱味を見せるなんて信じられなかった。
グレイ殿下の様子がとても気になってしまった私は、事情を伺うことにした。
普通に考えれば、初対面の人間が尋ねられる様子ではないけど、不思議と何とかなった。どうやら、私にも主人公補正なるものが宿っているらしい。
……聞いた後に後悔が押し寄せたけどね。
またフォラナーダだった。ゲームでは婚約を結んでいたグレイ殿下とカロラインなのに、聖王家の有責で破談していたんだ。その際に剣聖が殺され、彼も卒業後の廃嫡が決定していた。
ワッツ??
悲鳴を漏らさなかった私は偉いと思う。
グレイ殿下のイベントは、大半がその権力に紐づいたもの。つまり、彼の物語は潰えたも同然だった。攻略対象がもはや攻略対象たり得ないとか、超ド級の原作ブレイクじゃない。
頭が痛い。このまま帰って不貞寝したかった。
でも、それはできない。こうして事情を聞いてしまった以上、グレイ殿下との会話を続ける必要がある。
まぁ、落ち込んでいる好きなキャラを見捨てるとか、私にはできないし。
こうして、私はグレイ殿下と仲良くなった。彼の態度からして、たぶん物語後半レベルの親愛度まで上昇した気がする。……原作とは?
○●○●○●○●
その後も、私は多くの驚きに直面した。カロラインと最推しのオルカきゅんは全然別人に変貌していたし、ミネルヴァが何故か婚約しちゃってたし、攻略対象であるエリックくんは暴走してたし、ゼクス某は意味不明だし。
フォラナーダが関わる出来事のほとんどに、私の知識は通用しなかった。
何が原因なのかは判然としない。カロラインが転生者という可能性は、未だ燻っている。
とはいえ、わざわざ解き明かす気はなかった。下手に接触する方が怖かったから。幸い、彼女らと関係ないイベントは知識通りだったので、極力関わらない方向で動いた。いや、ホント、通常のイベントが発生した時はめちゃくちゃ安心した。命の危機だったのに。
しかし、いつまでも回避はできなかった。一年目の学年別個人戦の際、ついに恐怖の権化であるゼクスと対面してしまったのよ。
とても怖かったけど、悟られないように努めた。光魔法の【リフレッシュ】を使って、何とか心を落ち着けた。
実際に言葉を交わして分かったことは、この男は恐ろしく有能だってこと。ジグラルドくんの専売である【悪魔召喚】を理解し、組み立て、さらには応用も考案するなんて、その知識量の規格外さが理解できた。ミネルヴァも、ちゃっかりついて来れていたし。
やっぱり、このゼクスとカロラインを中心に、原作が歪んでいるのは確実っぽい。今後も近寄るまいと心に誓った。
決勝トーナメント、カロラインに燃やされた。二度と戦わない。
○●○●○●○●
――これは酷い。
原作ブレイク自体は、今までも数多く目にしてきたけど、今回はブレイクどころか破綻していた。何せ、復活しないはずの魔王が蘇ってしまったんだから。しかも、学園二年目に。
いやいやいや、勝てるわけがないし。こちとら、シナリオ通り――よりは少し早いくらいのレベリングなのよ。未だ魔族の最強格セプテムにも勝てない私が、大将たる魔王に敵うはずがない。
保護してくれたフォラナーダの方々は戦う気満々なんだけど……マジで? 死ぬよ?
正直、心の限界が近かった。ここまで必死に頑張って、僅かに現実逃避して、何とか突き進んできた。でも、もう無理。意味が分からない。こんなの、私の知ってる勇聖記と違うッ。
空き部屋の片隅でガタガタと無様に震えていると、何故かカロラインが声を掛けてきた。それから、恋バナと称してペラペラと兄自慢を始めた。本当に何で??
ただ、彼女の話を聞いているうちに、心が温かくなっていくのを感じた。彼女が抱く愛が本物だと実感できた。
そんな温かさに絆されてしまったのか。私は、ついうっかり心のうちを明かしてしまった。この世界は好きだけど、その”好き”が”愛している”とは微妙に異なることを。
対するカロラインの答えは、マジで聖女だった。いっそのこと、彼女が聖女を担った方が良いのでは? と思ってしまうほど、度量の大きさを見せつけられた。
私は確信したわ。こんなに優しい子が、悪役令嬢のわけがない。
事ここに至って、ようやく理解した。この世界はゲームと似ているけど、それとは別の世界なんだって。
今さらすぎる気づきに、私は思わず苦笑を溢してしまう。そして、謝罪とは違うけれど、私の前世についてを彼女に打ち明けた。
それまでも受け入れてしまったカロライン――いえ、カロンには、本当に勝てないと思ったわ。また、もっと早く友だちになっておけば良かったと後悔した。
その後、トントン拍子に事態は進んでいき、時折危なっかしいところはあったものの、魔王は討伐された。
簡潔すぎるって? 仕方ないじゃない。私の実力じゃ、何が起こったのか把握し切れないのよ。特に、ゼクスが魔王を倒した方法は、未だに意味不明。
事件解決後は平穏だった。王宮はてんてこ舞いだったらしいけど、身分が平民に過ぎない私には関係のないこと。
嗚呼、もう平民じゃないんだった。何もしていないのに、準男爵になってしまったのよね。世間体を考慮してなのは分かるけど、とてもバツが悪いわ。その辺り、勇者たちも同じ感想みたい。
とはいえ、悪いことではないのは確か。聖女の役割が終わった今、私は後ろ盾が必要だったからね。爵位を貰っていなければ、続々と誘拐犯が押し寄せてきていたわ。
しかし、今後はどうしようかしら。もはや原作の影も形もないから、行動指針に困るわ。
とりあえず、学園卒業までは普段通り過ごしますか。その間に、将来のことはゆっくり考えましょう。
ゲーム知識に縛られる必要はない。だって、この世界は私の……私たちの現実。自由にどこへでも歩いて行けるんだもの。
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