Interlude-Arianote 感情

 わたくし――アリアノートは、生まれつき常人とは異なる要素を有しておりました。それは他者よりも頭の回転が早いこと。そして、感情の起伏が酷く小さいこと。


 物心ついてすぐ、わたくしは自身の歪さを把握しておりました。国宝級の芸術品を見ても感動は僅か、何かに成功しても達成感は薄く、逆に失敗しても悲しみは小さかった。家族への情さえ、微塵も抱けませんでした。


 幼い時分ながら自分の欠陥を認めたわたくしは、『このままではマズイ』という危機感も持ちました。現状を維持してしまえば、わたくしの待つ未来は破滅のみだと悟ったのです。


 何故なら、ヒトにとって感情は重要な要素です。それは、周囲の反応や読み聞かせられた物語から理解できました。何かを成し遂げるためのモチベーションや何者にも惑わされない信念など、そういったモノを保つのに必要なのですから。


 感情のないわたくしは遠からず生きる意味を見失う、もしくは愚かな他者を切り捨て外道を進む。そのような未来が容易に想像できました。


 自身の破滅など、とうてい許容できないことです。わたくしのような欠陥品でも、死への恐怖は確かに存在した模様。


 ゆえに、わたくしは一つの目標を決めました。破滅の未来を回避するため、何よりも優先すべき『大切なモノ』を定めることにしたのです。


 どうして、その結論に至ったのかといえば、心の芯が欲しかったからと答えるのが適当でしょう。感情のないわたくしは、言わば”土台のない建造物”。砂上の楼閣の如く、僅かな衝撃で瓦解してしまう存在です。


 だから、目標を定めました。それを中心に行動すれば、わたくしは誘惑に振り回されず、諦観を湛える心配もないと確信して。


 わたくしが中心に据えた『大切なモノ』は、この聖王国そのものでした。王女であるわたくしが優先しても不自然はなく、家族のように別れが確実ではないもの。土台として最適な存在でした。


 『大切なモノ』を定めるという対処法は、正解だったと思います。国のために動くと決めてからは、少しだけわたくしの世界が色づきました。何かをする意欲が湧いたのです。


 最初に行ったのは、自身の研鑽です。国を守るために必要なのは、武力と政治力。その二つを磨こうと、精力的に活動しました。


 幸い、わたくしには常人以上の頭脳がありました。他者がどのように動くかを予想するのは容易く、一年もかからず、最小限の労力で不穏分子の抹消などが行えるようになりました。かつての内乱も、それの応用ですね。


 魔法方面も、頭脳が活かせました。イメージが重要となる魔法ですが、それらは緻密な計算でも代用できたのです。お陰で複雑な術式構築などが行えるようになり、わたくしの選択肢は大きく広がりました。


 順風満帆に思えたわたくしの目標ですが、程なくして重大な問題と直面しました。


 術式構築の腕を一定まで鍛えた辺りで、気が付いてしまったのです。この世界は呪われていると。国どころか世界を滅ぼしかねない何かが存在すると、認めてしまったのです。


 元凶を探るため、わたくしは即座に動きました。治療の巡礼と称して、呪いが濃い地方を巡りました。


 そして、辿り着きました。『西の魔王』の封印地へと。


 それまで学んだ知識では、『魔王は完全に封じられており、百年に一度に行われる勇者・聖女の儀式によって補強される』とのことでしたが……とんでもない嘘っぱちでした。


 術式構築を極めていたわたくしは理解しました。この封印は遠くない未来――長くとも百年後には破られてしまうものです。下手をすれば、十年と持たないかもしれません。


 この時の混乱は、今でも鮮明に思い出せます。何せ、生きるために掲げていた『大切なモノ』が崩れ去る瀬戸際だったのですから。


 わたくしは即決しました。この危機をコントロールし、問題解決を未来に託すと。


 自分の手で魔王を倒そうとは考えません。中にいる敵がわたくしの手には負えないことなど、分かり切った事実でした。せめて、敵の仕掛けてくる謀略をコントロールし、魔王復活を先延ばしにするくらいです。


 当時の試算では、二百年は先延ばしできると踏みました。その猶予を最大限活用し、魔王への対抗策を練ろうと決意しました。


 少し予想外だったのは、弟のネグロがすでに魔王陣営に引き込まれていたことでしょう。魔女の手で洗脳教育を施されていたらしく、もはや手遅れでした。


 政治ばかりに目を向けていた弊害ですね。身内への監視が疎かだったのは失態です。


 とはいえ、悪いことばかりではありません。身内に敵の先兵がいる状況は利用できました。それとなく誘導を行えば、魔王陣営の勢力拡大をコントロールできます。


 そうして、わたくしはネグロや魔王陣営の行動を制御し続けました。魔王復活を僅かでも遅らせられるように。







○●○●○●○●







 希望が見えたのは、わたくしが十歳を迎える歳の春でした。


 ”新しいフォラナーダ伯爵である色なしが、剣聖に圧勝した”


 この情報を耳にした時、わたくしはとても興味を抱きました。現場に居合わせた枢機卿をわざわざ招き、事情を伺ったほどです。


 彼の話はかなり荒唐無稽でした。現場を目にした者でなければ、とうてい信じられない情報の数々でした。現に、側近であるルイーズは疑念を抱いている様子。


 しかし、わたくしは異なりました。『彼は使える』と内心でほくそ笑んだのです。


 わたくしを超える魔法技術を有するフォラナーダ伯であれば、魔王を討伐できる芽があると踏みました。実物を見る必要はありますが、きっと分の良い賭けでしょう。


 それから学園入学まで、わたくしは今までの盤面制御に合わせ、フォラナーダ伯を組み込んだ計画の立案と種まきを始めました。







 そして、学園へ入学して、フォラナーダ伯――ゼクスさんと直接相対して、わたくしは確信しました。『彼なら、魔王を確実に倒せる』と。


 実力もさることながら、このわたくしの予想を覆す辺りがとても面白い。わたくしより頭が良いわけでもないのに、どうやって、こちらの手の内を読んでくるのか。その奇想天外さには興味がそそられました。


 今思えば、彼へ抱く感情は、比較的に大きいものだった気がしますね。それでも常人よりは小さい機微ですが……それだけ、わたくしはゼクスさんへ期待を寄せていたのでしょう。


 何より興味深かったのは、ネグロが放棄した研究のことごとくを、彼らが完膚なきまでに潰していた点ですね。狙っているのでは? と疑いたくなるほど、タイミング良く居合わせるものですから、笑いたくなってしまうほどでしたよ。


 ただ――やはりと言うべきか、ここでも予想外の展開が発生しました。より上手くコントロールしようと魔王陣営の懐へ入った際、判明した事実です。『西の魔王』には、光魔法以外を無効にする耐性があるようでした。


 計算外です。これでは、ゼクスさんの攻撃は一切通りません。実際、魔王がちょっかいを出した時も、ダメージを与えられていませんでした。


 計画を微修正する必要があるでしょう。ゼクスさんなら何かしらの対策を講じるかもしれませんが、万が一に備えるべきです。


 聖王家の文献をひっくり返し、”自分の命と引き換えに魔法適性を譲渡する魔法”を発見しました。


 わたくしは死んでしまいますが、『大切なモノ』を守れるなら些事ですね。どうせ、国が滅びればわたくしは生きる目標を失いますから。







 計画は順調に進みました。無属性の二名を利用すれば、ゼクスさんは単独行動を始める予想は見事的中。ネグロとブルースの方も問題ないでしょう。魔王は復活します。


 あとは彼がわたくしを殺し、彼が魔王を殺すだけ。ルイーズを使って不信感は植えつけましたから、殺すことに躊躇ちゅうちょは生まれないでしょう。


 そう、あと一手だけだったのです。僅か数ミリさえ進めば、すべては成功するはずでした。


 しかし、結果は異なりました。ゼクスさんはわたくしを殺すことなく、こちらの目論見を看破されてしまいました。


 その後、ゼクスさんが語った内容は、正直理解しがたいものでした。カロラインさんたちを信じているから、危険を承知で優先事項を変える。意味が分かりません。


 魔王が討伐され、すべてが丸く収まった今も、納得しかねています。結果論に過ぎないと否定したい気持ちが強いです。


「ふふっ。『気持ちが強い』ですか」


 わたくしは笑いました。


 ここまで感情を惑わされた経験は、今までありません。


 きっと、彼に興味を惹かれているのが原因でしょう。わたくしと根本的には同じはずなのに、別の道を歩んでいる彼が気になって仕方ないのでしょう。


 フォラナーダがわたくしの監視につくという話ですから、しばらくは観察できますね。自分に何が足りなかったのか、ゆっくりと考えましょう。魔王が消えた今、時間的余裕はたっぷり残っているのですから。

 

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