Chapter11-ep 最愛と歩む未来

 グリューエンの復活騒動から一ヶ月。世間は年を明けた。あれほどの事件があったにも関わらず、例年と変わらないにぎわいを見せた国内各所。


 正確には、『平民や地方領主に限る』との注釈が必要か。国政に携わっていた者たちは、かなり忙殺されていたようだ。


 もありなん。この大陸中の人類が危険視していた魔王を、東西ともに復活させてしまったんだ。しかも、ネグロ第三王子がそちら側に与して。


 その事実を、他国が糾弾しないはずがない。数時間に渡る黄金化という、侵略を受けていたんだから尚更だろう。


 そんなわけで、彼らへの対応を求められる王宮内はてんてこ舞いだった。


 では何故、中央政治に関わっていない人々は、そう慌ただしくないのか。


 こちらの原因も、前述した黄金化にあった。黄金化されていた間の記憶を、誰も有していないんだ。


 考えてみれば当然だ。黄金化中の人々は昏睡させられていた。睡眠中の記憶など、残っているわけがない。せいぜい、『気が付けば、数時間ほど時間が飛んでいた』程度の感想だろう。


 いや、それだけでも十分に恐ろしい状況なんだけど、時間浪費以外の実害がなかったため、混乱は最小限で済んだんだ。ヒトというものは、分かりやすい脅威が迫らなければ、割と順応するものである。


 話を戻そう。


 多くの人々が気にしていないとはいえ、国政はそう簡単に片づかない。時間が飛んだ理由は黙っていられないし、東西の魔王が消滅したことも隠し通せない。だから、大陸中に魔王討伐の真実を伝え広めた。


 何かしらの嘘を用意する手も検討されたが、結局は棄却された。大陸全土を巻き込んだ事件を、一国のみで隠蔽するのは不可能だと判断されたゆえに。魔王の封印地なんて、派手に吹っ飛んでいるもの。


 少し前にウィームレイから聞いた話によると、聖王の退位はほぼ確定。春には新政権樹立とのこと。他にも、いくらか賠償を払う必要が出てくるらしい。


 『即位、おめでとうございます』と返したら、めちゃくちゃ渋い顔を浮かべていた。手は貸すから頑張ってくれ、親友殿。賠償だって、フォラナーダがある程度融通するし。


 もう一つ補足しておこう。


 アリアノートの行動に関しては、オレたちフォラナーダとウィームレイやその側近数名の中で留められた。


 内容を考慮すれば、極刑も視野に入るレベルの大罪なんだが、いくつかの要素によって退けられた。


 大きな理由は三つ。


 一つは、聖王国が大きく傾きかねないため。ネグロの罪が問われている現状、さらなる醜聞は国に致命傷を与えかねなかった。


 なら、ネグロのことも秘匿にすれば良かったって?


 それがベストだったんだが、その対処は難しかった。というのも、ネグロがカロンたちに対して暴れ回ったのは黄金化前。要するに、目撃者が存在したんだ。それも複数。


 口封じしようにも、魔王の一件で各国が目を光らせているせいで、即座に怪しまれてしまう。素直に明かすしかなかった。


 もう一つの理由は、アリアノートの有能さを買った結果だ。彼女の智謀や政治手腕は、他者の追随を許さない。それを切り捨てるのは躊躇ためらわれた。特に、非情な判断を下しづらいウィームレイにとって、彼女の冷徹さはとても助けになる。


 あとは、国にとっての危険性がとても低いから。アリアノートの行動の根幹は、国の守護を目的としたもの。国のためなら自らの命も懸けられる彼女であれば、今後も尽くしてくれると踏んだわけだ。無論、悪政を敷いた場合は、あっという間に反逆されてしまうだろうけど。


 これらの要因によって、アリアノートの立場は最低限守られた。


 とはいえ、まったくの無傷とはいかない。内々の処理であるものの、二つの罰が彼女には下された。


 一つ目は王位継承権の消失。表沙汰にできないので廃嫡はされないが、彼女および彼女の子孫は王位を絶対に継げなくなった。これは、王族にとってかなり重い罰に当たる。


 二つ目は行動制限。アリアノートには常に監視が置かれ、行動範囲も制限される。許可なく範囲外に出れば、即刻斬り捨てられる。


 また、郵便物はすべてチェックされるし、面会する人々も裏で精査される。毎日、行動レポートを出す義務も課せられる。彼女が勝手に暗躍できないよう、徹底した管理を行うわけだ。


 犯した罪に対して、罰が少ないと感じるかもしれない。だが、内々で済ませるともなると、これくらいが限度だった。残った分は、今後の国への貢献で清算してほしい。


 ただ、アリアノートの処遇について、一点だけ不満なところがあった。それは、彼女の監視をフォラナーダに一任されてしまったことだ。


 ウィームレイや側近連中曰く、『規格外には規格外をぶつけるしかない』だと。呪いの研究所の件と言い、今回の件と言い、処理に困ったものはオレに投げれば良いと思っていないか?


 まぁ、アリアノートに関しては、強く反論できない。彼女を生存させると決断したのはオレだし、他だと簡単に欺かれそうなのは確か。嫌々だけど、引き受けるしかなかった。




 色々と語ったが、結果的に、以前と変わりない日常が流れている。魔王の復活なんて夢だったのではないかと感じるほど、オレたちの生活に変化はなかった。


 しかし、魔王たちが消滅したのは確かであり、その事実は、オレにとって大いなる福音だった。








 年始の喧騒が落ち着き、ようやく平常運転が始まった頃合い。オレはカロンに声を掛け、二人切りのお茶会を開いていた。場所はオレの私室であり、誰の邪魔もされないよう【刻外】で隔離している。


「お兄さまが淹れてくださったお茶をいただくのは、とても久々ですね」


「まずかったか?」


「いえいえ、とんでもありません。家名に誓って、お兄さまのお茶は美味だと断言いたします」


「オーバーな」


 お茶の良し悪し程度で家名に誓うとは。相も変わらず、カロンのブラコンっぷりは天元突破していた。オレは苦笑いを止められない。


 対し、カロン小さく頬笑む。


「この半年ほどは色々ありましたから、こうしてお兄さまとゆっくり過ごせるのは嬉しいです」


「そうだな。ヴェーラを引き取ってから、怒涛の毎日だった気がする」


 非人道的な研究所から救い出された、色なしの少女ヴェーラ。彼女がフォラナーダの日常に加わってからは、事件の連続だった。特に、グリューエンを倒した後は多忙を極めた。 “息を吐く暇もない”なんてことはなかったが、のんびりできる時間が減っていたのも確かだな。


「最近のヴェーラはどうだ?」


「お兄さまもご存じの通り、変わりありませんよ。徐々に、表情を取り戻しています」


「カロンから見てもそうなら、問題はなさそうか」


 育ての兄であるイカロスの死亡は、すでにヴェーラに伝えていた。最初こそ動揺していた彼女だが、落ち着くのに時間は要さなかった。


 この結末を迎えることは、何となく覚悟できていたらしい。この辺りの達観具合は、さすがとしか言いようがない。


 今のヴェーラは、ノマの指導の元で魔力操作を学んでいる。かなり意欲的で、順調に上達しているみたいだ。


 また、彼女の笑顔が増えてきたという報告も受けている。過去の経験のせいで表情が死んでいたのは把握していたため、その変化は素直に嬉しく思う。この調子で、普通の女の子を目指してほしい。


 そんな風に感想を溢すと、カロンが苦笑した。


「“普通”は難しいのでは?」


「何故?」


「このフォラナーダの訓練を受けていますから」


「……」


 即座に反論できないのが悔しい。


 確かに、フォラナーダの特殊な鍛錬を積んだ時点で、普通とは言い難いかもしれない。


 いや、しかし、ヴェーラに課しているのは魔力操作の基礎。決して、部下たちのような『カリキュラム:ドラゴンスレイヤー』ではない。


 オレがかぶりを振るのを見て、カロンが再度苦笑いを浮かべる。


「お兄さまのお考えは察しがつきますけれど、その通りには進まないと思いますよ。あの子のやる気を見る限り、絶対に『通常の訓練もやりたい』と頼み込んできます」


「……やっぱり、そうなりそうか」


「はい」


 現実逃避を試みたが、妹の無慈悲な言葉によって失敗に終わってしまった。


 仕方ない。ヴェーラについては、未来のオレへ丸投げしよう。現段階で何を考えようと、皮算用にすぎないもの。


「お兄さま。話題は変わってしまいますが――」


 その後も、オレとカロンは談笑を続けた。


 内容は多岐に渡る。日常生活のちょっとした気づきだったり、魔法に関してだったり、友人との過ごし方であったり。思いついたことを、思いつくままに喋った。


 どれくらいの時間を過ごしただろうか。ポットのお茶が切れた辺りで、オレたちの会話が一旦途切れる。


 しばしの沈黙の後、カロンが口を開いた。


「シオンたちに返事をなさったようですね、お兄さま」


 彼女は何を思って、この話題を選んだんだろうか。表情は頬笑みのまま、感情も凪の如く静かゆえに、真意は伺い知れない。


 とりあえず、様子を見るしかないか。


「気づいてたのか」


 無難なセリフを返すと、カロンは軽く肩を竦めた。


「彼女たちの浮かれ具合を目撃して、気づかぬ者はおりませんよ。少なくとも、このフォラナーダには」


「嗚呼」


 オレは得心の声を漏らした。


 返事をした後、彼女たちとは顔を合わせていないが、どんな態度だったかは想像に難くない。周囲の部下たちは、生温かい目で見守っていたことだろう。


 ここまで語れば、オレが何の返事をしたのか察しがつくと思う。


 オレは、保留にしていた告白の返答をしたんだ。彼女たちを受け入れる旨を、一人一人に伝えたのである。


 何故、このタイミングだったのかは言をまたない。グリューエンを滅した今、オレの使命は果たされたと考えて良い。絶対安心と断言できないところは不甲斐ないが、今までのように注力する必要が薄まった。


 だから、彼女たちを受け入れた。オレのワガママを許容し、これまで待ってくれた家族たちに愛を告げた。


 その際、全員が泣いてしまったのは、本当に申しわけなく思う。感極まるほど待たせてしまったことは、オレの責任に他ならない。これから先の幸せによって、その埋め合わせをしていこうと考えている。


 カロンは穏やかな表情のまま続ける。


「特に、シオンとマリナは感動もヒトシオだったでしょうね。魔王討伐の報酬によって爵位を得て、お兄さまと結婚できるようになりましたから」


 まさに、彼女の言う通りだった。名前を挙げた二名の反応は、他の面々よりも大きかったと思う。


 魔王二人の討伐に対し、オレたちは国から褒美を賜っていた。基本的に金銭や貴重品、勲章だったんだけど、魔王と相対した平民組は爵位を与えられたんだ。準男爵という、一代限りのものを。


 世界を救ったのに一代限り? と疑問に感じるかもしれないが、封建国家とはこんなものだ。平民が成り上がるのを快く思わない連中が多いせいで、爵位を大きく上昇させるのは相当難しい。


 まぁ、みんなはその辺りに不満はないようだったので、こちらも抗議等は行っていない。一応、ウィームレイや内政に携わる連中には『貸しですよ』と圧をかけておいたけど。


 ちなみに、勇者やリナ、聖女も拝命している。本人たちは辞退するつもりだったみたいだが、『国の面子が潰れるから』と説明して、無理やり押し通した。


 ただでさえ聖王国は向かい風の状況なのに、勇者と聖女というビッグネームを蔑ろにするのは外聞が悪すぎる。たしかに、三名はほとんど役に立っていなかったけど、周りがどう捉えるかは別だからな。


 閑話休題。


「それにしても耳が早いよ、カロンは。彼女たちに伝えたのは、ほんの数分前だっていうのに」


 一人一人にかけた時間は相当のものだけど、【刻外】を利用したので、現実では分単位しか進んでいない。【異相世界バウレ・デ・テゾロ】や【位相連結ゲート】を使えば、ブッキングもあり得ないし。


 カロンは小さく笑う。


「お兄さまのことですもの。わたくしは何でもお見通しですよ」


「なるほどね」


 軽く返したものの、内心は若干引き気味だ。


 他人が語るなら冗談で済ませるところだけど、カロンの場合は本気で言っているんだよ。


 ストーキングされたら、さすがに気づく。おそらく、オレの性格から行動を予測している感じかな。極まっているなぁ。


「……」


「……」


 再び会話が途切れる。


 今度の沈黙は、意図的に作られた雰囲気があった。こちらをジッと見つめてくるカロンの様子より、何かを期待しているのだと察する。


 ……もしかしなくても、このお茶会の真の目的を読まれているらしい。だからこその、先程の前振りだろう。


「はぁ」


 オレは溜息を吐き、額に片手を当てた。


 色々と台無しだった。サプライズとまではいかないが、不意打ち気味に驚かせるつもりだったのに。


 とはいえ、こんなに期待されているのに、予定を変更するわけにもいかない。


 オレは立ち上がり、カロンの傍で膝を突いた。それから彼女の両手を柔らかく握り、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「カロン。オレはキミのことを一人の女性として愛している。婚約を結んでほしい」


 以前より期待されていたセリフ。それを今、明確に表した。


 正直に言うと、未だ戸惑いは残っている。でも、オレのカロンへ抱く気持ちが単なる親愛で収まらないことは、ハッキリと自覚していた。


 キッカケは、間違いなく前世の妹との再会にある。彼女と対面し、二人の妹へ向ける感情の差異を実感したんだ。


 ゆえに、この告白は自分の意思で行っている。カロンの気持ちやら、お家の事情などを推し測ったものではない。


「お兄さま!」


「おっと」


 こちらの告白に対し、カロンは勢い良く抱きついてきた。『お兄さま』と連呼しながら、オレの胸にグリグリと顔を押しつけてくる。


 オレは彼女の頭を撫でつつ、苦笑を溢す。


「もう返事は分かったも同然だけど、どうせなら言葉で返してほしいな」


 そう伝えると、カロンはバッと顔を持ち上げた。


「謹んで、申し出を受けさせていただきます。わたくしも愛しております、お兄さま!」


 今までにも見たことがない、輝かんばかりの笑顔を浮かべるカロン。悩みやら不安やら、すべての負の感情を消し去ってしまうような、温かく優しい表情だった。


 それを受け、こちらも自然と頬が緩んでいく。


 やっぱり、オレの妹は世界で一番可愛いに違いない。



――――――――――――――


これにて『死ぬ運命にある悪役令嬢の兄に転生したので、自分の手で妹を育てて未来を変えたいと思います』の第一部は完結となります。

四百話を超える長編に、ここまでお付き合いくださり、読者の皆さま方には感謝するばかりです。


お気づきでしょうが、拙作はまだ終わりません。次回から第二部を開始予定です。宜しければ、今後もご愛顧いただければ幸いです。

ゼクスは目標を達してしまったので、エクストラステージのように考えていただくのが良いでしょうか。

書籍化も控えておりますので、そちら共々よろしくお願いいたします。


また、第一部完結に伴いまして、人気投票を企画いたしました。

近況ノートの方に場を設けておりますので、興味がございましたら、ご確認ください。

 

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