Chapter11-Interlude 掌上に運らす
「うあぁ」
深い深い穴の底。遠い天井以外は一切の光がない闇の中で、私――グリューエンは産声を上げた。
産声という表現はおかしい? いえ、間違いじゃないわ。今まさに、私は生まれ変わったのよ。
滅びるんじゃないかと本気で思った。まさか、魔法司の頂点たる私が、あんな一方的に殺されるとは夢にも思わなかった。
あの男――ゼクスといったかしら。無効耐性どころか、魔法司の権能のことごとくを潰してくるなんて、正真正銘の化け物じゃない。こっちは世界の理を得ているのよ? 何で手も足も出ないのよ。世界を創造したという神じゃあるまいし、一介の人間があそこまで強いなんてあり得ないわ。
……いえ、現実逃避は止めましょう。私は負けた。それは覆しようのない事実だわ。あれは例外中の例外。ヒトでありながらヒトを超えた理外のモノと捉えるべきね。
しかし、【
まぁ、良いでしょう。こうして【
金魔法の【
「とりあえず、今は潜伏しましょう。力を取り戻す必要があるし、あの化け物と渡り合える準備が必要だわ」
悔しいけど、全盛期程度では勝てない。あの化け物を屠るには、大魔法司としてのプライドを捨ててでも、高みを目指さなくてはいけないわ。
幸い、私の能力は隠密や逃亡に向いている。全力で隠れれば、発見されないでしょう。あちらが、私を殺したと思い込んでいるのも有利に働いているわね。
そう心の中で誓い、私は穴倉から出ようと行動を開始する。
復活地点に指定したのは、私が封印されていた地だったはず。この大穴が露見して騒動になる前に、さっさと他国へ脱出しましょう。
ところが、私の行く手を遮る者がいた。
「残念ながら、逃げられないッスよ」
群青のイブニングドレスの上に白衣を羽織った、珍妙な格好の女だった。下ろしたロングヘアと瞳が青色であることから、水の魔法師であると察しが付く。
いえ、一人じゃないわね。暗がりで分かりづらいけど、背後にも女が二人。……メイド?
私はいつでも反撃できるよう警戒し、問いかけた。
「何者?」
すぐに攻撃しなかったのは、無駄な労力を掛けたくなかったから。弱体化している今、相手次第では一騎当千とはいかないのも理由の一つ。
白衣の女は大仰に肩を竦めた。
「酷いッスね、グリュちゃん。分かりやすいよう大昔の衣装を引っ張り出してきたのに、覚えてないんッスか?」
「その不快な呼び方……もしかして、レヴィアタン・ルーシュウェ?」
「そうッス。お久しぶりッスね、グリュちゃん」
眉を寄せる私に対し、レヴィアタンはニコリと笑いかけてきた。
この能天気具合、間違いなくレヴィアタンね。
私の同格たる青の魔法司であり、魔法司へ至る前に同じ研究所で働いていた同僚。誠に遺憾ながら、彼女とは何かと縁があった。
素性は判明した。でも、警戒を解くには至らない。何せ、あまりにもタイミングが良すぎる。
「本当に久しぶりね、ルーシュウェ。研究所を出て以来かしら?」
「違うッスよ。そっちが起こした大災害の罪を、なすりつけられて以来ッス」
「そんなこと、あったかしら?」
「あったッスよ~。当時の最大国家を吹き飛ばした奴ッス」
「嗚呼」
思い出したわ。国の研究員として紛れ込んだは良いものの、実験でミスして滅ぼしちゃったのよね。色々面倒だったから、ちょうど近くにいた彼女に、追手を押しつけたんだったかしら。
まぁ、今はどうでも良い話よ。それよりも大事なのは、
「ルーシュウェは、何でココにいるの?」
「あっ、謝罪はなしッスか」
「こっちが質問してるんだけど?」
「あはは。変わらないッスねぇ、グリュちゃん」
わざわざ尋ねているというのに、ルーシュウェはのらりくらりと返答をはぐらかす。
私を『変わらない』と評しているみたいだけど、彼女も大概よ。適当な返事で真意を悟らせようとしない、よく分からない奴。気持ち悪いったら、ありゃしない。
私が目を鋭く細めると、ルーシュウェは苦笑いを溢した。
「今、教えるッスから、そんな怖い顔をしないでくださいッス」
「なら、最初からもったい振らないでちょうだい」
やっぱり、彼女が嫌いだわ。
飄々とした態度を崩さないルーシュウェを、私はいっそう力強く睨みつける。
ようやく、ルーシュウェはこの場へ訪れた目的を語る。
「あたしがココに来た目的は二つあるッス。一つは、グリュちゃんが復活するまで監視。もう一つは、復活をご主人さまへ伝え、足止めすること」
「……は?」
しかし、私は彼女の明かした内容が理解できなかった。
呆然とするコチラを気にも留めず、ルーシュウェは続ける。
「監視任務は、結構大変だったッスよ。お嬢さま方が大変な時も、大人しくしてなくちゃダメでしたから。何度、助けに入ろうとしたことか」
「ガルナを止める方がぁ、大変だった~」
「無駄に高いスペックを披露されましたからね。長生きしているのですから、もっと我慢強くあってほしかったです」
「だから、ごめんなさいって、何度も謝ってるじゃないッスか。あと、長生きは関係ないッスよ。そういう要素は、割と生来の気質に左右されるものッス」
「開き直らないでください」
「反省~」
「……はい、すみませんでした」
途中から背後のメイド二人も会話に交じり、和気藹々とした雰囲気を醸し出す。
意味が分からなかった。ここを監視していたの? しかも、言い振りからして、私が仮復活を果たした時から。それじゃあ、まるで、私が【
「知ってたんッスよ」
「ッ!?」
こちらの内心を読んだかのようなタイミングで、ルーシュウェが告げた。彼女の青い瞳が、私を真っすぐ射抜く。
「ご主人さまは、グリュちゃんが復活魔法を扱えるとご存じだったッス。だから、部下の中でも実力が高い、あたしらを監視兼足止めに当てたッス。生き返ったグリュちゃんに逃げられないよう」
ルーシュウェの瞳は、とても冷たかった。氷の如き鋭さが秘められていた。
私は震える声で問う。
「ご主人さまって……魔法司たる者が、人間の下につくと言うの?」
誰が主人であるかなんて、尋ねるまでもなかった。この状況を作り出せる者は一人しか存在しない。
質問を受けたルーシュウェは、それまでの飄々とした空気を一転。とびきり蠱惑的な笑みを浮かべた。
「愚問よ、グリューエン。あの強さを目の当たりにしたら分かるでしょう? あの方に対して、魔法司の肩書きは無に等しい」
「……」
私は二の句を告げなかった。
分かってしまった。理解してしまった。感じ取ってしまった。私の存在を捕捉する魔力を認識してしまった。つい先程まで、まったく気取れなかったというのに。
こちらの震える様子を認めたルーシュウェは、笑顔を明快なものに戻す。
「気づいたみたいッスね。まぁ、落ち込む必要はないッスよ。ゼクスさまの【魔力隠蔽】は、神の使徒をも欺くらしいッスから」
「神の使徒って……」
「グリュちゃんが仮復活直後に戦って、めちゃくちゃ消耗させた方のことッス。といっても、あたしを含め、ゼクスさま以外はお会いしたことないッスけど」
「あ、あはは、あははははは」
もう笑うしかなかった。最初から最後まで、あの化け物の手のひらの上だったわけだ。
「最後に、グリュちゃんにずっと言いたかったことが、一つあるッス」
虚しく笑い続ける私に、ルーシュウェは言う。
「そっちも同じだと思うッスけど、あたし、グリュちゃんのこと大嫌いだったんッスよ」
そのセリフが終わると同時に、私に向かって無数の魔弾が降った。
弱体化している私に、防ぐ術はない。
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