Chapter11-5 妹(5)

「うあああああ、殺して。一思いに私を殺してぇ」


 喫茶店の対面に席にて、テーブルに突っ伏す本物の・・・妹。その慟哭どうこくは真に迫るものがあった。今にも血を吐き出しそうである。


「せっかく墓場まで持っていった秘密を、死んだ後に知られちゃうなんて。世界広しと言えど、私くらいの気がするぅ」


 いや、意外と余裕があるのかもしれない。ちょっと茶目っけが混じっている。


 とはいえ、オレも反応に困っているんだよな。内容が内容だし、状況についていけていない。


 一旦、現状を整理しよう。


 突然現れた本物が、偽物の妹をボコボコにした。自分の姿を模していようと、容赦なく顔面パンチを連打したのは驚いたよ。結果、偽物は真っ黒に変化してから崩れ去った。


 それは周囲にいた人々も同様で、偽物の妹と同じように消えた。


 分かっていたこと・・・・・・・・だけど、ここにいた人間は、オレたち二人を除いて全員偽物だったようだ。


 ――お察しの通り、オレはこの世界が偽物だと理解していた。グリューエンが仕掛けた魔法による、幻想の世界だと把握していたんだ。


 グリューエンが発動した【汝の闇が命を差し出すサクリファイス】とは、復活魔法の一種である。自身を殺した相手の命を奪い、自らの糧とする術だ。


 もう少し詳しく説明すると、『対象の心の闇を操り、命を差し出させる』という魔法だな。ゆえに、オレの心残りだった前世の妹が現れ、誘惑してきたわけだ。


 この魔法だけは、事前の解析によって判明していたんだよね。おそらく、死後に発動できるよう、自らの魂魄に刻みつけていたためだろう。


 厄介な術ではあるが、お陰で対策は講じられた。といっても、カロンたちに“透過”の技術を伝授しなかっただけだが。


 彼女たちがダメージを通せていたら、オレが出る間もなくグリューエンを殺していたに違いない。そうなれば、【汝の闇が命を差し出すサクリファイス】に捕らわれたのは、カロンたちの中の誰か一人。それだけは回避したかった。


 オレは良いのかって? 良いんだよ。精神魔法を扱うオレなら、幻惑される心配もないから。実際、最初からこの世界が幻想だと見破っていた。


 そして、おままごとに付き合いながら突破口を探っていたら、まさかの本物の登場。


 ……マジで意味が分からん。どこから湧いて出てきたんだ?


 目前の彼女も偽物という可能性は、すでに否定されている。


 何となく分かるんだ。魂の繋がりとでも言うのか。あれは本物だと強く実感していた。


 結局のところ、妹より話を聞かないことには、原因は明らかになりそうもなかった。


 オレは溜息を吐き、未だ頭を抱える彼女へ声を掛ける。


「いい加減、正気に戻ってくれ。何でお前がココにいるのか、答えてほしいんだけど?」


「お兄ちゃん、冷静すぎない? 実妹の暴露話を聞かされたんだよ?」


「たしかに驚いたけど、そんなことよりも状況整理の方が優先度高いし」


「そんなことッ!?」


「……驚きすぎだろ。死んだはずの二人が出会ってるんだぞ。それを分析する以上に、優先度が高い話なんてないと思うよ」


「それはそうなんだけどさぁ」


 微妙に納得がいかない、なんて愚痴を溢しつつも、妹は姿勢を正した。優先度云々については、彼女もきちんと理解している様子。色々と残念ではあるけど、頭の悪い子ではなかったからな。


 それから、オレたち二人は近況を語り合った。


 死人同士が近況を語るとは、ものすごく違和感を覚える展開だ。だが、いくらか状況把握はできた。


 まず、妹の死後の話。


 何と、彼女も転生していたらしい。ただ、オレとは別の世界で、前世より少しだけ科学が発展した世界だとか。大企業のご令嬢として生を受け、銀髪碧眼のハーフらしい。今は高校一年生だという。今世は持病がまったくない健康体で、両親も周りも優しいヒトばかり。充実した生活が送れている模様。


 正直、とても安心した。もう別人になってしまったとはいえ、妹が幸せな人生を送れていると知れて、心のつっかえが取れた気がした。


 もありなん。グリューエンの魔法によって、この世界が構築されるくらいだ。割り切ったとうそぶいておいて、バリバリ気にしていたんだろう。己の心のことながら、全然把握できていなかったみたいだ。


 ちなみに、オレの方の話も聞かせたんだけど、大爆笑された。『原作ブレイクにもほどがある』とのこと。一方、嫁がたくさんの件は『いつかやると思ってた』と深く頷かれてしまった。解せぬ。


 次に『どうして、妹がココにいるのか』だが、直前の記憶が正しければ、普通に就寝しただけらしい。彼女にとって、ここは夢の中という認識が強いようだった。


 色々と議論した結果、『グリューエンの魔法とオレの異次元の強さが未知の影響を及ぼし、オレと妹の心を繋げた』という結論に落ち着いた。別名、『何も分からなかった』とも言う。


 だって、仕方ないだろう。別世界にいる人間同士の精神が邂逅するとか、どう解き明かせば良いんだ。少なくとも、現代科学や現代魔法では説明できない。


「まぁ、お兄ちゃんが原因なのは間違いないでしょ」


 最終的に、妹はそんな暴論を吐き捨てて匙を投げた。


 その発言は、さすがのオレも見過ごせない。


「待て待て。何でオレのせいになるんだよ。グリューエンに原因があったかもしれないだろう?」


「いやいやいや。どう考えてもお兄ちゃんでしょ。話を聞く限り、お兄ちゃんは意味不明で奇想天外な存在なんだからさ。本気の裏ボスアカツキよりも強いって、頭おかしいレベルだからね?」


「でも、グリューエンだって世界の理を司ってるわけだし?」


「時間を止められるヒトに言われても、説得力がないよ」


「むっ」


 言われてみると、オレも世界の理の一つを操れている。あれ、考えていた以上に、オレってヤバイ奴なのか?


 首を傾げるコチラを見て、妹は盛大に溜息を吐いた。


「目的のためなら形振り構わなくなるところ、全然変わってないね。ぶっ飛んだ活躍を聞いて『遠くに行っちゃったんだな』って感じてたけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんで安心した」


「それ、褒めてるのか? けなしてるのか?」


「うーん……一応、褒めてる部類かな?」


「怪しい返答だなぁ」


 懐かしい会話のテンポ感。本当に妹と言葉を交わしているんだなと、改めて実感できた。二度と叶わないと思っていた夢が実現でき、自然と頬が緩まる。


 しかし、楽しい時間はいつまでも続かない。


 ――ピシリ。


 どこからか、何かがヒビ割れる音が聞こえてきた。


「「……」」


 途端、オレと妹は沈黙してしまう。


 お互いに理解しているんだ。この世界の崩壊が始まったことを。そして、お別れが近いことを。


 そこからの展開は早かった。徐々に喫茶店の景色が剥がれ落ちていき、白い空間が広がっていく。すべてが白く染まるまでがタイムリミットなのは、直感的に分かった。


 残された時間は少ない。最後の言葉を継げないと。


「お兄ちゃん」


 オレより先に、妹が口を開いていた。


「私はお兄ちゃんの妹で本当に良かったと思ってる。そして、これから先も、私の兄はお兄ちゃんだけだとも思ってる。お兄ちゃんの方は、新しい妹が出来てるみたいだけど」


「いや、それは……」


 茶化すような口調だったものの、気の利いたセリフは返せなかった。オレにとっては、どちらも大切な妹なんだから。


 対し、彼女は苦笑いを溢す。


「ごめん、意地悪言った。お兄ちゃんがカロライン嬢を大切に想ってるのは、よく分かったよ。でも、お兄ちゃんの妹は私もいるってこと、忘れないでね?」


「嗚呼、忘れないよ」


「絶対だよ? もし忘れたら、呪ってやるからね」


「それは怖いな。絶対に忘れない」


 オレたちは笑い合う。それから、どちらともなく抱き締め合った。


「今までありがとう、お兄ちゃん」


「こちらこそありがとう。オレは、お前の幸せを願ってるよ」


 最後の瞬間まで抱擁を続けたオレたちは、ついに白へと包まれた。








○●○●○●○●








 意識が浮上し、オレはおもむろに瞳を開く。


 目の前に広がるのは、元は石切り場だった更地。手の中に前世の妹の姿はなく、無事に戻ってこられたのだと分かる。


 グリューエンの遺体は、すでに消滅していた。【汝の闇が命を差し出すサクリファイス】が失敗したんだ。当然の結果だろう。


「お兄さま!」


 ふと、背後より声が聞こえた。最愛の妹カロンを筆頭に、みんなの声が耳に届く。


 振り返ると、オレが事前に張っておいた結界越しに、この場にいた全員が顔を揃えていた。フォラナーダ組に至っては、結界にベッタリと張り付いている。


 現実では一瞬の出来事だったはずだけど、かなり心配させてしまったらしい。皆の瞳は涙で潤んでおり、滲み出る感情も心配一色だった。ミネルヴァやニナまでもハッキリ面に出しているんだから、相当である。


 ここに来て、『前もって説明しておく』という考えがすっぽ抜けていたことに気が付いた。まぁ、説明したらしたで説得に骨を折っただろうが、今よりは幾分マシだったと思う。


 自身の不甲斐なさを再認識しつつ、展開中の結界を解く。


 すると、一斉にみんなが飛び掛かってきた。


「ゼクス!」


「お兄さま!」


「ゼクスさま!」


「ゼクスにぃ!」


「ゼクス!」


「王子さま!」


「ぜ、ゼクスさまッ」


 【身体強化】の練度順に、ニナ、カロン、シオン、オルカ、ミネルヴァ、マリナ、スキアが抱き着いてくる。


 倒れる無様はさらさなかったが、オレはあっという間に揉みくちゃにされてしまった。彼女たちに埋もれて、全然周囲が見渡せない。遅れて近寄って来た面々の苦笑が、小さく聞こえるのみだ。


 しばらく為すがままだったオレは、隙を見計らって全員を引きはがした。一人ずつ丁寧に抱え、最後に頭をひと撫でする。


 ある程度自由にさせたのが良かったようで、すぐに大人しくなってくれた。一段落である。


「『西の魔王』を……グリューエンを、本当に倒してしまったのですね」


 他の面々より距離を置いていたアリアノートが、どこか呆然とした空気で呟いた。


 オレはしかと頷く。


「嗚呼、倒したよ。この世界には、もう魔王の脅威は存在しない」


「そうですか……」


 アリアノートの返答は、心ここにあらずといった様子だった。彼女のこれまでの奮闘を考えると無理もない。今後の多忙は確定しているので、今はそっとしておこう。


 オレは、先程まで抱き着いていたカロンたちへ向き直る。そして、笑顔で告げた。


「みんな、よく頑張ってくれた。お疲れさま」


「「「「「「「……」」」」」」」


 あ、あれ? ここは『お疲れさま!』と元気良く返してくれると想定していたんだけど、みんな呆気に取られてしまっている。顔も真っ赤だし……照れているのか? 何故?


 見れば、こちらの様子を窺っていた他の面々も、少し頬を染めていた。意味が分からないよ。


 何とも、締りの悪い終わり方だが、こうしてグリューエンの復活劇――後に『魔王の終末』と呼ばれる事件は幕を閉じた。


 膨大な事後処理は残されているけど、今は全員が無事に生き抜いたことを祝いたい。

 

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