Chapter11-4 光魔法(10)

 グリューエンの発動した魔法【我が望みをティンクル反映せし黄金郷・ユートピア】によって、他の皆と分断されてしまったわたくし。しかも、こちらは色魔法の行使によってボロボロのため、かなり分の悪い状況でした。


 光の膜の外側ではオルカたちが侵入を試みていますが、進捗しんちょくは芳しくありません。あの調子では、彼らが幕を突破するよりも、グリューエンがわたくしへ手をかける方が早いでしょう。


 まぁ、どれだけ不利だろうと、諦めませんけれども。お兄さまの妹として、心は絶対に折ってはいけません。あの方とともに歩むためにも、わたくしは生き抜いてみせるのです。


 それに、わたくしが敗れてはならない理由は、他にも存在しました。


「か、カロンさん。これって……」


 わたくしの傍には、何故かセイラさんがいらっしゃいました。こちら側に取り残されるなど夢にも思わなかったのでしょう。恐怖により顔色は真っ青、かつ全身もガタガタと震わせています。


 彼女に関しては、こちらとしても予想外でした。


 たしかに、セイラさんはグリューエンの天敵と言えます。聖女という役割を有し、光魔法も未だ奪われていないのですから。お兄さまを除けば、唯一グリューエンを傷つけられる存在です。


 ですが、それはあくまでも可能性の話。セイラさんは、あまりにも弱すぎました。グリューエンどころか、その半分程度の実力しかない魔族――セプテムにも敵いません。


 そのような相手を、傲慢なグリューエンは歯牙にもかけないでしょう。実際、先程までの戦闘において彼女が気にかけていたのは、直接戦ったわたくしたち三人のみ。セイラさんなど、一顧だにしていませんでした。


 いったい、どういった心境の変化でしょうか。


 ……いえ、悩んでも結論は出ませんね。ここで考えるべきは、如何にしてセイラさんを守り通し、膜の外側へ脱出させるか、です。


 思い起こされるのは、孤独と恐怖に涙を溢すセイラさんの姿。


 セイラさんは『西の魔王』を対処する聖女。これは覆しようのない事実ですし、国より少なくない保障を受けていた以上は、グリューエンと相対する義務が生じます。たとえ、本来の業務が“封印の補強”であっても、彼女には責任が問われるでしょう。


 しかし……しかし、です。すべてを一人に押しつけるのは、あまりにも残酷ではないでしょうか?


 以前より漠然と抱いていたシステムへの不満は、セイラさんの本音を窺ったことで明確になりました。


 聖女と言えど、実態は光魔法を扱えるだけの女性にすぎません。普通に喜怒哀楽を覚えるヒトなのです。おまけに、今代の勇者や聖女は平民。国や世界のために命を懸けるなど、想像し難い重責に違いありません。


 ……グダグダ言葉を並べましたが、結局のところ、わたくしが下した結論はシンプルでした。『助けを求めるヒトへ手を差し伸べる』、そんなありふれた心配りをしたいだけなのです。


 ですから、


「大丈夫です、セイラさん。聖女などといった役割は関係ありません。わたくしがグリューエンを退け、あなたを守ってみせます」


 倒すとは申しません。忸怩たる思いですが、今のわたくしに魔法司を討つ力はありませんから。


 せめて、この場より追い出すくらいは、こなしてみせましょう。


「色魔法を発現できたからって、調子に乗ってる? 格の違いを見せてあげる」


 案の定、グリューエンの目には、わたくししか映っておりませんでした。あの様子であれば、セイラさんが巻き込まれる心配はないと思われます。


 あちらに感づかれないようジェスチャーを用い、セイラさんへ離れてほしいと指示を出しました。膜の外には出られないかもしれませんが、巻き込まれない程度には距離を置いていただきたいですね。


 こちらの意図を理解してくれたみたいで、セイラさんの気配が少しずつ遠ざかっていきました。これで遠慮なく戦えます。


 残り魔力は僅か。使えるものは全部使い、この難事を乗り切ってみせましょうッ。


 ――【ボルケーノランス】。


 わざわざ開戦の合図など口にしません。無詠唱にて最上級魔法の炎槍を放ちました。


 ゴウゴウと豪火を巻き散らして突き進む魔法。普通のヒトであれば、かすり傷一つでも致命傷に繋がる攻撃です。


 ただ、相手はヒトではなく魔法司。当たり前の対処を行うわけがありません。


「学習しないわね」


 何もしませんでした。グリューエンは真正面から炎槍を受け止めたのです。


 ドゴォォォンという轟音が響き、彼女の身を炎が包み込みました。そのまま体を燃やしつくはずの炎ですが、一瞬のうちに鎮火されてしまいます。


 グリューエンは無傷でした。やはり、ただの魔法で無効耐性を突破するなど、夢のまた夢のよう。


 可能性があるとすれば色魔法でしょうが、魔力残量的に不可能です。


 感覚で分かります。再度の色魔法行使は、わたくしの命に致命的ダメージを与えるでしょう。生き抜くことが目的なのに、それでは本末転倒でした。


 必然、わたくしは既存の魔法で戦うしかありません。


「いい加減、諦めたら?」


 ここまで追い詰められて尚、色魔法を使わなかったため、こちらに打つ手がないと悟られてしまったようです。警戒こそ崩さないものの、グリューエンは嘲笑を溢しました。一歩、一歩、おもむろに距離を詰めてきます。


 わたくしは【位相隠しカバーテクスチャ】を開き、大槌『シャルウル』を取り出しました。


 ハンマーを構えると同時に、魔法も発動しました。目を惹きやすい『シャルウル』の特性を活かし、死角から上級魔法【ブレイズウィップ】を繰り出します。


 グリューエンの足元より出現した炎の鞭は、彼女の足首を捕縛しました。回避を捨ててくれていたお陰で、見事に足止めを成功させました。


「チッ」


 気の短いグリューエンのことです。当然、即座に鞭を破ろうと行動しました。


 ですが、こちらから目を逸らす余裕はありませんよ?


 敵が視線を下へ向けた瞬間を狙い、わたくしは追撃の魔法を唱えました。


「【ボルケーノボルテックス】!」


 グリューエンは巨大な炎の渦に呑み込まれました。円柱状に燃え盛るそれは、炎の竜巻のようにも見えるでしょう。周囲に熱波を放出しつつ、閉じ込めた彼女を襲い続けます。


 間違いなく、中にいるグリューエンは無傷です。今さら、敵の無効耐性を疑うほど愚かではありません。


 わたくしが【ボルケーノボルテックス】を放ったのは、ダメージを与えるためではありませんでした。炎の熱であぶるために、この術を行使したのです。


 魔法司が無効にできるのはダメージのみ。衝撃は殺せませんし、熱や音などは防げません。


 無論、熱による負傷は無効化されるでしょうが、副次効果である思考力低下は狙えます。この辺りは、同じ魔法司であるガルナで検証済みです。


 とにかく相手を妨害し、出し抜く隙を窺う。それがわたくしに残された手段でした。


 脱出を試みるグリューエンの動きは、下級や中級魔法を細かく撃って牽制します。【魔力視】で確認すれば、たとえ目視できずとも邪魔は可能でした。


 そして、炎の渦に閉じ込めること十分。一般人ならば熱死している時間を経て、ようやく敵の動きが鈍ったように感じました。


 こちらの魔力も雀の涙。そろそろ畳みかけたいところですが、ブラフの可能性も否めません。こういう場面で油断すると、お兄さまに怒られてしまいます。限界の時こそ、慎重に動くのです。


 結果的に、この判断は正解でした。焦って突っ込んでいたら、確実にわたくしは敗北していたでしょう。


 何故なら――


「うッッッッッッッッッとうしィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」


 絶叫とともに、炎の渦が跡形もなく吹き飛ばされてしまったのですから。

 

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