Chapter11-4 光魔法(11)

 中にいたグリューエンは若干顔が赤らんでいるものの、ピンピンしています。意識が混濁した様子はなく、足取りもしっかりしています。こちらの作戦が失敗したことは明らかでした。


 絶句するわたくしを余所に、彼女は怒声を続けます。


「チクチクチクチクチクチク、うざったいのよッ。意味のない攻撃ほど、イライラするものはないわ! どうせ私がのぼせるのを狙ってたんでしょうけど、お生憎さま。光を司る私に、熱は通用しないわ。親戚みたいなものだからね」


 ハッと鼻で笑うグリューエン。その発言に嘘偽りは感じられませんでした。


 わたくしは奥歯を噛み締めます。


 この十分間が徒労だったと思い知らされれば、さすがに堪えるものがありました。属性の相性まで想定しなかったのは、完全にわたくしの落ち度です。


 すべての束縛から解放されたグリューエンは、不意に片手を掲げました。手のひらの向く先はわたくし


「ッ!?」


 とっさに『シャルウル』を盾にしました。


 次の瞬間、極細の光線が放たれ、『シャルウル』の鎚の部分が大きく抉られてしまいます。


 こちらが無事なのを認めたグリューエンは、眉を寄せました。


「私の【レイ】を受け止め切る? どんだけ頑丈なのよ」


 少しでも構えるのが遅ければ、得物が『シャルウル』でなければ、今の一撃で戦闘不能におちいっていたでしょう。背中に冷や汗が流れます。


 お兄さまとノマには感謝してもし切れませんね。武器の素材を妥協しなかったからこそ、こうして命を繋げられたのですから。


 とはいえ、二度目の奇跡は起こせません。今の一撃で『シャルウル』は大破してしまいました。


 もはや、残された手札は僅か。自ずと戦う手段は限られました。


 壊れた獲物を捨てたわたくしは、残る魔力をすべて【身体強化】へ回し、駆け出します。敵の魔法を考慮すると、距離を取る方が危険です。インファイトこそ最適解でした。


 こちらの思惑を察したグリューエンは、光の矢や槍を放ってきますが、雑な攻撃に当たるほど柔な訓練は積んでいません。全部を紙一重で避け、彼女の懐へと潜り込みました。


 そこからは超近接戦です。わたくしが殴打や蹴撃を繰り返し、対する相手は回避を捨てて魔法を放ってきます。


 もちろん、簡単に魔法は撃たせませんでした。彼女の体に張り付くことで範囲攻撃を封じたり、立ち回りによって自身の魔法を食らうよう仕向けたり、できることは何でも実行しました。


 わたくしの背中を狙った光矢が、グリューエンの顔面に当たった際は傑作でしたね。あれが彼女に与えた初ダメージだったのも、面白さに拍車をかけました。


 ただ、ジリ貧なのは変わりません。顔面直撃以降、安易な魔法を使わなくなってしまったので、なかなか追加のダメージを与える機会には恵まれませんでした。


 こちらの魔力はほぼ空。体力や集中力にも限界があります。そろそろ起死回生の手を打ち出さねば、形勢を逆転されてしまうでしょう。


 ……噂をすれば影がさす、とは真理ですね。限界を意識したのが悪かったのか。わたくしの足が地面を滑りました。


 ほんの一瞬です。転ぶわけでも、姿勢が崩れるわけでもなく、若干動きが鈍っただけです。


 しかし、その隙を見逃すほど、グリューエンは甘くありませんでした。気が付いた時には目前に三十センチメートル大の光球があり、わたくしのお腹へと突っ込んでいました。


「グハッ!」


 殺傷力がなかったのは幸いでしょう。光球はお腹を貫通せず、わたくしを後方へ吹き飛ばしました。


 だいたい十五メートルほど宙を舞い、その後はゴロゴロと地面を転がります。


「ゲホゲホッ」


 折れたアバラが内臓を傷つけたのか、大量の血を吐き出しました。すぐに治療をしなければマズイ重傷ですが、今のわたくしに治療手段はありません。つくづく、光魔法を奪われたことが恨めしいです。


「【ブレイズウォール】! ゲホッ」


 敵の追撃を阻止するため、なけなしの魔力を使って炎壁を作り出しました。


 この判断が功を奏し、踏み込もうとしていたグリューエンは足を止めます。


 いくら効かないとはいえ、突然目の前に壁が現れれば、前進を躊躇ちゅうちょするようです。彼女が完全に人間を辞めていなくて助かりました。


 すると、予想外の展開が発生しました。


「カロンさん!」


 向こうがすぐに攻撃を再開するのは分かっていたため、痛みを堪えて立ち上がろうとしたところ、どういうわけかセイラさんが傍に寄ってきていました。それから、慌てた様子でわたくしへ光魔法を施します。


 どうやら、吹き飛ばされた先が彼女の潜んでいた近くだった模様。


「何をやっているんですか、セイラさん! ここは危険です。すぐに下がってくださいッ」


「黙っててください! 重傷なんですよ!?」


 叱責するわたくしですが、逆に怒鳴り返されてしまいました。


 セイラさんは額に汗を流しながら告げます。


「あなたが戦ってるのに、傍観してるだけなんて無理ですッ。私の戦う実力は不足してるのは否定できません。魔王と戦うなんて、考えただけでも怖くて仕方ありません。それでも、傷つくヒトを見捨てるなんて出来ないんです。私の代わりに戦ってるなら尚更です!」


 ふと、気が付きました。治療のために掲げられたセイラさんの両腕が震えていることに。


 彼女は恐怖を押して、この場に立ってくれたのだと悟りました。自分の命よりも他者が傷つくのを厭う辺り、彼女が聖女に選ばれたのも納得できますね。


 思わず苦笑いを浮かべるわたくしでしたが、その温かい気持ちも続きません。


「……何で光魔法師がいるの?」


 炎壁を振り払ったグリューエンが、こちらを冷めた目で見ていました。彼女が誰を見据えているかなど、言をまたないでしょう。


 すぐさまセイラさんを庇いますが、相手の意識はすでにコチラへ向いていませんでした。


「しかも、今まで全然気づかなかった。……弱すぎるから? いや、そんなわけない。弱々しいとはいえ、光を見逃す私じゃない。というか、それじゃあ、奪えてない理由が分からなないまま。じゃあ、どうして?」


 しばらくブツブツと呟いたグリューエンは、不意に両手を合わせました。


「嗚呼。あれが今代の聖女か。チッ、世界システムはどんな細工を施したのよ。面倒極まりない」


 彼女の中で結論が出たようです。納得の表情を浮かべながらも、忌々しげに眉を曇らせていました。


 そして、


「ぐっ」


「カロンさん!?」


 敵は、予備動作なく極細の光線を放ちました。間一髪で庇わなければ、セイラさんの心臓は穿たれていたでしょう。代わりに、わたくしの左腕に穴が開きましたが、彼女が死ぬよりはマシです。


 セイラさんが光魔法の治療を行ってくれたお陰で、左腕はすぐに治りました。


 ただ、何度も治療は行えません。世界を覆う呪いによって、魔力消費量が増加しているのです。一般的な魔力量しか持たない彼女では、限界を迎えるのもあっという間でした。あと二回発動できれば良い方です。


 セイラさんが無傷なのを見て、グリューエンは露骨に舌を打ちました。


「チッ。庇うなよ、面倒くさい。その不確定要素はサッサと排除したいの。今は良くても、将来的な脅威になるかもしれない。どきなさい」


「『はい分かりました』などと、わたくしが頷くとでも?」


「はぁ」


 溜息とともに、再び光線が撃たれました。今度は火魔法での防御が間に合ったものの、枯渇しかけている魔力では、強度が不足してしまいます。難なく突破されてしまい、今度は右太ももが穿たれました。


「ッ」


 悲鳴は漏らしません。ここで弱気な姿勢を見せては、相手をつけ上がらせるだけ。セイラさんの不安もあおってしまいます。


 今度の傷も、セイラさんによって完治しました。ですが、状況は悪化の一途です。治療は残り一回しか行えず、わたくしにも反抗する術がありません。


 ……違うでしょう、カロライン。『術がない』など、都合の良い諦めの言葉です。まだ何か、こちらには手段が残されているはず。諦めてはなりません!


 わたくしは【身体強化】を頭脳へ集中させ、思考を極限まで強化しました。次の一撃が放たれるまでに、何としてでも希望を発見するために。


 間延びする時間。五感も鈍くなり、徐々に景色が薄暗く変化してきます。きっと、わたくしの体感が光速へ近づいているのでしょう。


 外のオルカたちは……期待できませんね。倒れていたはずのマリナも加わり、全員の全力攻撃を一点集中させているようですが、膜にヒビを入れるのが限界。そのうち突入できるでしょうけれど、とうてい間に合いません。


 ともすれば、やはりわたくしが状況を打破するしかないですね。


 注意深く周囲を観察しますが、現在・・には何も望めません。ヒントを求めるのなら、過去・・でしょう。


 強化した頭脳を用い、これまでの記憶を振り返ります。グリューエンが復活してから現在までの経緯を、つぶさに思い出していきます。


 頭を酷使しすぎているせいでしょう。激しい頭痛が襲い掛かりました。ですが、屈するわけにはいきません。打開策を見つけるまでは、絶対に思考を止めません。


 口や鼻から生暖かいものが流れてきましたが、気に留めませんでした。この程度の苦痛など、お兄さまにお会いできない苦しみに比べれば些事です。


 記憶の掘り起こしを開始してから幾許か。ついに、わたくしの執念が勝利を引き寄せました。ヒントは、この戦闘中に転がっていたのです。


 こちらの【ボルケーノボルテックス】を打ち破った際、グリューエンは言いました。『光を司る私に、熱は通用しないわ。親戚みたいなものだからね』と。


 『火と光が近しいもの』という論理は理解できます。光魔法で火を起こせますもの。光線の類も、膨大な熱を有しています。


 であれば、“その逆も然り”ではないでしょうか?


 そこから先は、考える必要などありませんでした。


 思考強化を解いたわたくしは、感覚が通常速度に戻るのを感じつつ、右手を自身の胸へ当てました。


 途中、グリューエンが次弾を放ちますが、気に留めません。それよりも、こちらの方が早い。


 わたくしは右手に微かな魔力を込め、唱えました。


「【燈火ともしび】」

 

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