Chapter11-4 光魔法(9)

「全力で防御魔法!」


 オルカの大声とともに、わたくしたちは自身最大の防御を展開します。


 状況を理解できていなかった面々も、危機的事態を察したよう。命令通りに行動を起こしました。


 各々が発動したのは、全方位に対応できるドーム状の防御魔法です。それらが層になって張られました。示し合わさずとも何層目を担うかが決まったのは、日頃の訓練の賜物でしょう。


 こちらの防御が整うのと向こうの光が到達したのは、ほぼ同じタイミングでした。


 一番外側の壁は、オルカの最上級土魔法【重力円蓋】。触れたモノを重くしたり、弾き返す効果のある術です。


 はたして、どうなるでしょうか。彼の技量を考えれば、易々と突破はできないでしょうが。


 しかし、そのようなわたくしの楽観は、容易く覆されてしまいました。


 一瞬です。敵の光と接触した【重力円蓋】は、微塵も抵抗できずに消滅してしまったのです。


 驚くべき結果でした。最上級魔法をあっさり消し去ってしまうなど、想定外も良いところです。いくら敵の切札と言えど、数秒くらいは時間を稼げるとばかり踏んでいました。


 ただ、わたくしたちに憂えている暇はありません。光は容赦なく範囲を広げていき、他の皆の防御魔法を次々と呑み込んでいきました。


 この間、僅か二秒。何か行動を起こす猶予は残されておりません。【身体強化】によって思考する時間は作れても、そこからの動きへ繋げられません。


 ――わたくしが耐えなければ、全滅するしかないッ。


 最後の防壁は、わたくしの担当でした。一秒後には、もう光と接触しているでしょう。


 何としてでも止めます! わたくしが防げれば、あとはオルカが打開策を考えてくれるはずですから。


 こちらの手札は【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】。捕縛魔法ながら、防御魔法を超える耐久性を持つ術。


 ですが、このままでは防ぎ切れないでしょう。ただの最上級魔法ではあの光には対抗できないと、これまでの結果が証明しています。


 であれば、手を加えるしかありません。【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】を、最上級魔法より押し上げるのです。


 わたくしは自身の魔力を糸状に伸ばし、【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】へと繋げました。その後、術式を書き換えるための魔力を注ぎ込みます。


 一つ注意しておくと、一度発動した魔法を改造するのは不可能です。【設計デザイン】は魔力状態だから出来ることであって、すでに【現出クリエイト】されたものには施せません。魔法の原理として、根本的に無理なのです。


 しかし、現状は四の五の言ってはいられません。目前に迫った脅威に対し、今さら魔法を展開し直す余裕はありませんでした。


 それに、無理を覆してこそのフォラナーダでしょう。お兄さまの妹として、これくらいの奇跡は、自らの手で掴んでみせますッ。


 術式改良の考案、術式上書きのための魔力操作、展開済みの魔法を書き換える無茶。これらを一秒未満で実行するのは、相当負担がかかります。全身に痛みが走り……特に頭が猛烈に痛いです。


 ですが、諦めるわけにはいきません。わたくしたちの未来のためにも、折れるわけにはいきません。


 思い出しなさい、カロライン。かつての未熟な自分を。敵に襲われた無力なわたくしのせいで、シオンが傷ついたことを。その時の無念を、慟哭どうこくを、後悔を、怒りを。そして、防御魔法の訓練に注いだ時間を。


 火力バカと称されるわたくしは、努力をもって、対極である守る力を研鑽したのです。その自負を忘れてはいけません。今まで培った努力は、決して嘘を吐きません。


 目の前の脅威を防ぐこと以外は頭から排除します。要らぬ情報を取り除き、一点に集中します。


 極限状態の中、思考は加速し、加速し、加速し、加速しました。景色より色が抜け、音が欠落し、匂いが失せ……最終的には、自分と敵の魔法しか目に入らなくなりました。


 術式の改良案は決定。上書き準備も完了。残るは、どうやって展開済みの魔法を書き換えるか。


 妙案は浮かびませんでした――が、ふと気になる点を見つけました。自分の魔法の一ヵ所が、無性に気になったのです。


 ほとんど無意識でした。わたくしは魔力の糸でその箇所へ触れました。


 途端、一気に安定性を失う【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】。炎は大きく揺らぎ、内に抱えた魔力が霧散しようと蠢きます。


 普通なら失敗したと焦る状況でしたが、わたくしの心は落ち着いていました。これで良いのだと、何故か納得していました。


 嗚呼。たしかに、これが最善ですね。


 少し遅れて、理解も追いつきます。理屈が分かれば、あとは手を動かすだけ。


 魔力の糸を操作し、わたくしは【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】を書き換えました。


 そう。魔法の改造を、今まさに達成したのです。


 方法は意外と単純でした。魔法に手を加えられないのなら、一度魔力に戻してしまえば良いのです。魔法の核をいじって不安定にすれば、崩れる魔法は魔力へと戻っていきます。その僅かな間隙かんげきを突き、わたくしは魔法を書き換えました。


 とはいえ、言うは易く行うは難し、ですね。【魔力視】をもってしても、魔法の核を発見するのは困難でしょう。わたくしだって、このような極限状態でなければ見つけられませんでした。


 まぁ、その辺りの事情は置いておきましょう。今は、目前の脅威を防ぐことに集中しなくては。


 改造された【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】は、その様相を大きく変貌させます。ドーム状を模っていた高密度の炎は、その密度や純度をさらに上げ、ついには燦々と輝くエネルギー体へと変わりました。


 見た目は、炎というよりも滑らかなプラスチック。赤い輝きはまばゆく、周囲へ膨大な熱を放出しているようです。無論、術者のわたくしや守護対象の皆には、害が及ばぬようにしていますが。


 ただ、想定した代物と異なりますね。わたくしが考案した術式以上の効力を有しているように感じます。魔法の書き換えという奇跡が、何らかの変数を与えたのでしょうか?


 ……今は考察している場合ではありませんね。疑問は一旦横に避けておきます。


 魔法の完成を見届けたわたくしは、極限の集中状態を解きました。遮断していた景色は元に戻り、体感時間も正常に流れます。


 ついに、進化を遂げたわたくしの魔法とグリューエンの光が衝突しました。接触した両者の魔法は一瞬硬直し――


「なっ!?」


 悲鳴染みた声を上げるグリューエン。


 わたくしとグリューエンの魔法勝負は、こちらに軍配が上がりました。熱が光を呑み込み、すべてを消し飛ばしてしまったのです。しかも、最上級魔法でも傷つけられなかった黄金化した地面も溶かしている始末。想定以上の威力でした。


 場を沈黙が支配します。そこに含まれる感情は“驚愕”でしょう。誰もが、わたくしの放った魔法に仰天しておりました。かくいうわたくし自身も驚いているのですけれど。


「ん?」


 この結果に皆が呆然としている中、唐突に喉の違和感を覚えたわたくしは、とっさに口を手で覆いました。直後、「ケホッ」と小さく咳を吐きます。


 何てことない生理現象と考えていたのですが、その見解は手のひらを見て翻りました。


 血を吐いていたのです。量はさほど多くないものの、喀血かっけつしていました。


 表情が崩れそうになるのを、必死に抑えます。ここでわたくしの不調を悟られることは宜しくありません。せっかく来ているコチラへの流れを、完全に止めてしまいますから。


 ダメージを一切負っていなかったわたくしが血を吐く。しかも、呼吸器系の異常。普通なら原因不明と匙を投げる事態でしょう。


 ですが、わたくしには心当たりがありました。


 先の魔法に違いありません。【赫灼炎檻かくしゃくえんかん】の改変は、予想以上に負荷がかかっていたようです。当然ですね。奇跡とも呼べる、本来はあり得ない所業を実行したのですもの。


「あり得ないッ」


 一人納得していると、グリューエンが叫びました。先程までの嘲りはなく、真剣さの窺える表情を浮かべております。


「ただの人間風情が色魔法を覚醒させる? ふざけんじゃないわよ。領土侵犯もいいところだわ。あのクソ女、自分の領分くらい、しっかり管理しなさいよッ!」


 憤懣やるかたない様子の彼女に、こちらへ聞かせる意図はないよう。行き先のない怒りを発散するために、怒鳴っているみたいでした。


 それにしても、


「なるほど、色魔法ですか」


 色魔法とは属性魔法の前身。ヒトには過分な力だった色魔法をスケールダウンさせ、現代の魔法が作られたと伺っております。言うなれば、人智を超えた魔法。それをわたくしが発現させたというのは、あまりにも現実感のない話でした。


 一方、あの魔法が色魔法と称されるのに、得心している自分もいました。あの妙な光沢のある炎は普通ではありませんでしたし、血を吐くほどのダメージを負ったのも納得です。


 何より、魔力のほとんどを持っていかれてしまったのですよね。光から皆を守り切った達成感や喀血かっけつのせいで認識が遅くなりましたが、今のわたくしは魔力枯渇寸前です。色魔法はもはや放てませんし、通常の火魔法でさえ数の限界が見えていました。色魔法、燃費が悪すぎますよ……。


 リターンが見合っていないとは申しません。皆の命を守り切れたことは誇りに思います。むしろ、この程度のリスクで済んで良かったと喜ぶべきでしょう。


 とはいえ、状況が悪化したのも事実。わたくしがお荷物になってしまったにも関わらず、グリューエンは明らかに本気を出そうとしています。


 騙し騙し戦うしかありませんね。幸い、あちらの攻撃によって影者えいじゃの群れも一掃されていました。撤退するなら、今が狙い目で間違いありません。


 その辺りは、他の面々も把握しているようでした。全員が気合を改めた様子で、集中力を研ぎ澄ませています。


『今度は、こっちから先手を打つよ』


 そのような【念話】がオルカより伝えられ、わたくしたちは仕掛けようと踏み出しました。


 しかし、その進行は僅か数歩で瓦解しました。


「【我が望みをティンクル反映せし黄金郷・ユートピア】」


 詠唱と同時、グリューエンを中心に、周囲へ光の膜が広がりました。展開速度こそ、先の【破滅の光】と同等でしたが、その他は異なりました。半透明のため内側を窺えますし、破壊力もないように認められます。


 また新しい魔法。そうポンポンとオリジナルらしき術を使われると、こちらの対応が追いつきません。


「防御ッ!」


 オルカの指示に従い、わたくしたちは再び防御系の魔法を展開しました。


 正直、魔力を節約したいところですが、文句を溢せる状況ではありません。未知の魔法である以上、直撃するわけにはいきませんもの。


 ですが、この行動はまったくの無意味でした。光の膜が接触した瞬間、こちらの魔法は弾き飛ばされたのです。まるで、絶壁に衝突したみたいに、内側への侵入を拒絶されました。


 それは他の皆も同様。光の膜に弾かれ、外側へと押し流されていきます。


 最終的に、光の膜はグリューエン以外のほとんど・・・・を一掃し、半径五十メートルの半球状の空間を生み出しました。


「――!」


「――――ッ」


「――」


「――?」


「――――」


 どうやら、膜は音も遮断している様子。外側でオルカたちが必死に叫んでいますが、まったく耳に届きません。


 そう。わたくしは膜の内側に取り残されていました。グリューエンが狙って起こした事象なのは、疑いようもありません。彼女は最初からわたくしの身を欲していましたし、色魔法の存在を警戒していましたからね。


「遊びは止めよ。負けはしないけど、色魔法の相手は面倒だもんね」


 数メートル先に立つグリューエンは嗤います。遊ばないと発言しながらも、彼女の表情は、オモチャを前にした子どものそれと大差ありませんでした。

 

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