Chapter11-4 光魔法(6)

「そろそろですね」


「カロンさん?」


 セイラさんとの雑談を始めて約四十分。ふと、わたくしは呟きました。


 何の脈略もないセリフだったせいで、対面のセイラさんは怪訝そうに首を傾げております。


 彼女も関わる話題なので、わたくしは説明を始めました。


「ミネルヴァの魔力がかなり膨れ上がったのを感じ取ったんです。あちらの決着も近いのでしょう」


 彼女とは誰よりも模擬戦を行っているため、魔力より状況を察することができました。おそらく【色彩万魔】を行使したのでしょう。


 あれはミネルヴァの切札の一つ。決着間近と考えるのは当然でした。


 セイラさんは不思議そうに問うてきます。


「カロンさんは、魔力を感知できるんですか?」


 そういえば、一般的には無理でしたね。いつもの面子は全員【魔力視】を習得していますし、部下たちの大半も魔力を感知できるため、すっかり失念していました。


 とはいえ、感知できること自体は部外秘ではないので、回答に躊躇ためらいはありません。


「ええ、ある程度は分かりますよ。お兄さまみたいに自在ではありませんが」


 わたくしが感じ取れる範囲は、そこまで広くないです。ミネルヴァの魔力を察知できたのは、彼女が派手に戦っているからでした。


 こちらの返答を耳にしたセイラさんは、頬を引きつらせました。どうやら、前世の記憶にも、魔力感知の方法はなかったと判断できます。


 つまり、この技術を開発し、誰でも習得できるよう普遍化させたお兄さまは、とてもスゴイということですね!


 改めてお兄さまの素晴らしさを実感していたところ、状況に変化が起こりました。


「おや?」


「あれ?」


 紫の魔法司メガロフィアが復活して以降、増加の一途を辿っていた呪いが、急速に薄まり始めたのです。これについては、セイラさんも感じ取った様子。


 同時に、ミネルヴァたちの傍にあった大きな魔力が消失しました。


 十中八九、メガロフィアを討伐したのでしょう。伝説上の存在を一時間未満で倒すとは、さすがとしか言いようがありません。


 ミネルヴァたちのお陰で、挟撃の心配はなくなりました。残るグリューエン勢力に注意すれば問題ないでしょう。


 ホッと安堵するわたくしでしたが、状況変化はそれだけに留まりませんでした。メガロフィアの撃破を認めてから間髪入れず、マリナの【念話】が届いたのです。


『複数――三体の敵影が接近してますぅ! 推定魔族。接敵まで約五分くらいです。各員、戦闘準備をお願いします!』


 真剣な声音より、回避しようのない事実なのだと判断できました。


 本来なら、高度な隠蔽が施されている隠れ家なのですが、黄金化の影響で機能不全におちいっていました。無論、わたくしたちの魔法で補填は行いましたが、お兄さまの魔道具ほどの効力は望めません。ですから、発見されるのは時間の問題でした。


 しかし、想定より早かったのは気になりますね。敵に索敵が得意なものがいるのか、別の要因か。この辺りの疑問を解消しないと、今後不利に働くかもしれません。


 ……おっと、考えている場合ではありませんでした。接敵まで五分しか残されていないのです。手早く準備を終えてしまいましょう。


「セイラさん、荷物をまとめてください。この隠れ家は放棄します」


 この家を戦場とするには、些か手狭すぎます。もっと都合の良い場所へ移動するべきでしょう。というより、居場所が露見した際の対応は、事前に取り決めてありました。


 戦いの場は、少し離れた場所にある石切り場です。現時点のメンバーは後衛ばかり。遮蔽物の多い方が戦いやすいためでした。


「わ、分かりました!」


 戸惑いながらも、テキパキと移動する準備を始めるセイラさん。思考せずとも体を動かせるのは良いですね。場慣れしている証拠です。


 さて、わたくしも突っ立っているだけではいられません。荷物をまとめ、オルカたちと合流しましょう。








 あらかじめ計画していた甲斐もあり、隠れ家からの撤退は一分で完了しました。石切り場への移動も最短で終えられ、猶予の半分以上を準備・・に注げたのは、良い幸先でしょう。


 石切り場の中央に陣取ったわたくしたちは、敵の登場を待ちます。


 フォーメーションは、そう難しくありません。前衛にシオン、中衛にオルカ、後衛がわたくしといった形です。残るメンバーは、近場の岩陰に身を潜めていただいております。


 魔族三人程度であれば、元々単独撃破可能ですからね。実力不足の方の護衛も兼ね、戦力は温存しました。


 狙われているだろうわたくしが表に出ているのは、単純に囮の役割です。最悪の場合、わたくしに釘づけの敵を、マリナやスキアが不意打ちで倒します。


「シオンねぇ、魔力は十分?」


「問題ありません」


 司令塔であるオルカの問いに、シオンは泰然と返しました。


 念のため、【魔力視】でも確認してみましたが、異常は見当たりません。待機しているスキアも含め、二人はきちんと回復できていました。


 程なくして、探知通りの方角から敵が飛んできました。


 三人とも男性。黒髪と浅黒い肌、頭部より生やしたヤギの如き角、バタバタと羽ばたかせる醜悪な翼。間違いなく魔族の特徴を有しておりました。


 こちらを――正確にはわたくしを認めた彼らは、その身にまとう圧力を高めます。


 そして、そのうち一人が口を開きました。


「我が名はセプテム。光の大魔法司グリューエンさまの第一の剣ケアドだ。そこの紅髪の女を確保するために参じた。大人しく引き渡すのであれば、他の者には手を出さないと誓おう」


 想定外の紳士的な対応に、驚きを隠せませんでした。わたくしの知る魔族とは、もっと狡猾で残忍で非道な存在です。


 とはいえ、あのセプテムが例外中の例外のようです。何せ、残る二人の魔族は、彼へ非難の目を向けていますから。


 オルカが毅然と答えます。


「その案は受け入れらない。こちらは全力で抵抗し、家族を守る」


「そうか」


 提案者のセプテムは、そう短く返しました。


 あまり驚きはない様子。ダメ元で尋ねた感じでしょうか。


 対して、他の魔族は呆れた態度を示しました。


「だから言ったんだよ。事前警告なんて無駄だってなッ。俺はグリューエンさまの第二の剣テュラン、ノウェムだ。セプテムとは違ってお人好しじゃねぇ。期待はすんなよ!」


「まったくもって同感です。ヒトが我々の力を正しく認識し、殊勝な行動を取れるわけがありません。私はデケム。グリューエンさまの第三の剣フェアハテンを務めております。短い付き合いでしょうが、お見知りおきを」


 ノウェムは乱暴者で、デケムは落ち着いた印象を受けました。ただ、どちらもコチラへ向ける視線は嘲りに塗れています。


 実力差を理解できていないわけではありませんね。完全警戒体勢ですもの。ヒトという存在そのものを見下している感じでしょうか?


 二名の言葉には反応せず、セプテムは言葉を続けます。


「ならば、殺し合うしかないな。覚悟しろ、人類ども」


 言うや否や、彼は魔力を高めました。無数の黒い槍が出現し、こちらに向かって放たれます。


 いきなりですかッ。


 有無も言わせぬ攻撃によって、わたくしたちの戦闘は開始されました。

 

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