Chapter11-4 光魔法(5)

「謝る必要はありませんよ。口を噤むことが難しいくらい、セイラさんの心は追い詰められていたのだと思います。独りで戦い続けた方を叱責するほど、わたくしは非道ではありません」


 仲間と心を通わせながらも、心の奥底には重大な秘密を抱えている。その日々は、とても辛く悲しいものだったでしょう。周囲にとってではなく、本人にとって。


 秘密は、誰だって抱えています。しかし、セイラさんのそれは、周りとの関係性を覆しかねない代物でした。少なくとも、本人はそう認識していたようです。


 その認識は、強いストレスを与えていたに違いありません。今まで耐えてこられたのは、セイラさんが前世のゲームを――この世界を好きだったから。憧れの物語に浸れている事実が、彼女の心を守っていたのでしょう。


 ところが、その強固な芯も、ついに限界を迎えてしまいました。


 おそらく、今回の事件が原因ですね。明確に仰られたわけではありませんが、グリューエン復活は彼女の記憶にはないイベントだったよう。これまでのストレスと聖女の重責が合わさり、堪えていた感情が決壊してしまったのだと思います。


 推測に過ぎませんが、おおよそ当たっている気がします。何せ、事件発生後のセイラさんの顔色の悪さは、尋常ではありませんでしたもの。


「今回は良い機会だったと、わたくしは考えます。ずっと我慢したままでは、いつか破綻してしまいます。致命的な限界を迎える前に鬱憤うっぷんを吐き出せたのは、不幸中の幸いでしたね。友人が壊れる悲しい未来を、わたくしは迎えたくありませんでしたから」


「友人……」


「あ、厚かましすぎたでしょうか? こうして相対した時間は短いですが、結構仲を深められたと思っていたのですが。嗚呼、でも、まだ三十分も経過していませんでした。ふ、不快な思いを抱かせたのなら、謝罪いたしますッ」


 ボソリと呟いたセイラさんの言葉に、わたくしは慌てふためきます。


 正直、ちょっと踏み込みすぎたかな? とは思っていました。それでも突き進んだのは、この勢いなら大丈夫と踏んだためです。


 結果は惨敗でしたけれどね。ものすごく痛い子になってしまいました……。


 オロオロと言いわけを続けていると、不意にセイラさんが笑いました。短く笑声を溢した程度ですが、先までの深刻さは鳴りを潜め、その顔には笑顔が浮かんでいます。


「ごめんなさい。カロラインさんの慌て具合が面白くて」


「お、お恥ずかしい限りです」


 確かに、少々はしたない取り乱しようでした。淑女らしからぬ行動に羞恥を覚えてしまいます。


 わたくしが若干顔を俯かせている間、セイラさんは言葉を続けます。


「先程のは、カロラインさんが思っているような意味ではなかったので安心してください。むしろ、逆ですね。色々明かしてしまった私なんかを友だと仰っていただけることに、感動してしまったんです。誤解させてしまい、申しわけありません」


 そう仰り、深々と頭を下げる彼女。


 わたくしは再度慌てました。


「謝らないでください。全然気にしていませんから。不快に思われていなかっただけで、わたくしとしては十分です。安心しました」


 こちらの発言を受けた後、ゆっくりとセイラさんは頭を戻します。それから、皮肉気味に笑いました。


「カロラインさんの方が、よっぽど聖女に相応しい気がします。『陽光の聖女』の二つ名に偽りなし、ですね。こちらの荒んだ心が、見事に温められました」


わたくしは、そのようなガラではありませんよ」


 彼女の絶賛に、苦笑いが抑えられません。


 困っていらっしゃる方がいれば助けたいと思いますが、その根源は『お兄さまに認められたい』という超個人的なもの。わたくしは、言うほど慈悲深い人間ではありません。


 そも、『陽光の聖女』という二つ名は、昔から恥ずかしくて仕方ないのですよね。止めても無駄なので放置していますが、あまり人前で呼ばれたくはないものです。


 幾秒か見つめ合ったわたくしたちは、お互いに片手を差し出しました。


「改めて、よろしくお願いいたします、セイラさん。わたくしのことは、カロンとお呼びください。そちらの方が嬉しいですから」


「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いしますね、カロンさん」


 交わされる握手。クスクスとこぼれる笑声。


 この場に、最初のような陰鬱な雰囲気はまったく残っていませんでした。




「それにしても、異世界でわたくしたちが物語になっているとは驚きました」


 まだ雑談を交わす時間が残されていたので、先程までの話題を掘り下げてみます。


 すると、セイラさんは「ですよね」と頷きました。


「最初は私も驚きました。といっても、この世界とゲームは別物なんでしょう。所々は同じですが、全然展開が違いますから」


「先程も、そのような発言をなさっていましたね。実際、どれくらい異なるのですか?」


 異世界で語られたわたくしたちの世界は、とても興味をそそられます。ニュアンスからして、ゲームは平行世界パラレルワールドと表現するのが正しいかもしれません。


 質問を受けた彼女は、何故か回答を渋りました。わたくしの顔を窺い、何やら思い悩んでおります。


「どうしました?」


「いえ。現実との差異を語るのは構わないんですが、カロンさんにとってショックな内容かと思いまして」


「嗚呼。わたくしとお兄さまは、セイラさんが怖がるほど違うと仰っておりましたね」


 何となく察しました。ロクでもない違いなのだろうと。想像はつきませんが、気分の良い内容ではないのでしょう。


 とはいえ、ここまで聞いておいて、『やめましょう』とは返せません。怖いものほど気になるのは、誰しも抱く心理状態だと思います。


「大丈夫です。覚悟はできています」


「そうですか? では――」


 こちらの顔色を確認しながら、滔々とうとうと――いえ、たっぷり熱を含んで語り始めるセイラさん。


 ふふ。本当に、そのゲームが好きだったみたいですね。頬笑ましいです。


 ――そう笑っていられたのも、開幕数秒だけでした。ゲームのわたくしは……何というか、ものすごく阿呆でした。お兄さまも取るに足らない三下といった感じでしたし。


 セイラさんが怖がるのも無理ありませんね。完全に別人です。意味が分かりません。


 一方、逆に腑に落ちた部分もありました。わたくしに関わる話題を聞き終え、やっと理解が及びました。お兄さまが何のために奔走していらっしゃったのか。また、グリューエンがわたくしに執着している理由を。


 しかし、そうなると、新たな疑問が浮かびます。お兄さまは、どうやってその結論に辿り着いたのでしょうか?


 順当に考えれば、この世界にある情報を掻き集めたのでしょうけれど、どこか違和感を覚えます。


 さすがはお兄さま。次から次へと謎を生み出すミステリアスな方です。


 まぁ、それを魅力的だと感じてしまうわたくしも、大概なのかもしれません。お兄さま沼にハマっていますね。全然苦ではありませんけれど。




 その後も、わたくしとセイラさんは談話を続けました。今まで仲良くできなかった分を埋めるように、大いに盛り上がる時間を過ごしました。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る