Chapter11-4 光魔法(7)

 戦いの火ぶたが切られ、五分ほどが経過しました。


「やっと捉えた。これで二人目っと」


「ぎゃあああああああ!」


 オルカのセリフの直後、敵の一人であるデケムが絶叫しました。全身の血管が浮き出て、様々な場所から血を噴き出す姿は、とてもグロテスクな様相を呈しております。


 真っ赤に染め上げられた彼は墜落し、そのままピクリとも動かなくなりました。数秒も経つと、魔力と共に霧散してしまいます。


 魔族とは精霊に近い存在。肉体を持ちつつも、その大半を魔力で構成した生物です。ゆえに、死亡すると、あのように消滅してしまうのです。


 それにしても、デケムを倒したオルカの魔法は、かなり度肝を抜くものでしたね。


 この感想は、凄惨な殺し方のことではなく、そこに込められた精緻な技術を指しております。火と土の魔法で目視できない極小の爆弾を生み出し、風魔法で大気中に拡散。敵がそれを飲み込んだところで爆破。オルカほどの器用さがなければ、絶対に成功しない術でしょう。


 わたくしの場合、極小の爆弾を作る段階でつまずきます。何とか生成をクリアしても、ピンポイントで敵に送り込むのも無理です。


 また、体内で魔法を発動するという点も、難度を跳ね上げていますね。魔力を有するモノへの魔法的な干渉は、抵抗値が段違いに大きいのです。力技で押し流すか、巧みにすり抜けるか。どちらかの手段が求められます。


 話を戻しましょう。


 先のオルカの発言の通り、これにて二人の魔族の撃破を遂げました。


 すでに討伐済みなのは、ノウェムと名乗った方。シオンが魔法と罠を合わせ、粉微塵に斬り刻んだのです。


 残る敵は一人。セプテムだけでした。


 ただ、彼を倒すのは手間がかかりそうなのですよね。実力は圧倒的にわたくしたちが上なのですけれど、セプテムは立ち回りが巧みなのです。格上との戦闘を心得ていると申しましょうか。こちらの攻撃を上手く回避し、ここまで致命傷を回避しておりました。


 二人倒すのに五分かかってしまったのは、ひとえにセプテムの影響です。彼の動きは、他二名の生存までも長引かせていました。


 ……と、そういった憂慮は抱いておりますが、倒せないわけではありません。孤立した以上、セプテムも今までのような立ち回りは不可能でしょうから、こちらの過剰戦力によって圧し潰せるはずです。


 というより、圧し潰さないとマズイですね。戦闘に時間を費やしすぎるのは、こちらにとって不利に働きます。


 何せ、あちらは影者えいじゃという追加戦力が確約されておりますもの。蔓延まんえんする呪いのせいで魔力消費が激しい中、連戦や長期戦は絶対に避けるべき案件です。現時点でさえ、戦闘に参加しているわたくしたち三名は、三割の魔力を削られていますから。


「決めるよ!」


「「はい」」


 オルカの掛け声に、わたくしとシオンは頷き返します。


 まず、オルカが最上級風魔法【除空】を発動しました。セプテムの周囲一帯から“風”が取り除かれ、真空状態が疑似再現されます。


 いくら魔族と言えど生物の範疇。急激な気圧の変化の影響により、身動きが取れなくなったよう。飛行も維持できなくなり、地面に落下します。


 そこを狙い撃ちするのが、わたくしたちの仕事です。わたくしが炎の槍【ボルケーノランス】を、シオンが水の砲撃【フラッドシェリング】を放ちました。どちらも最上級魔法のため、直撃すれば勝利は間違いありません。


 危機的状況であることは、セプテムも理解している様子。


「【カオスゾーン】!」


 慌てて闇魔法の結界を発動しますが、無意味に終わります。何故なら、光る粒子がまとわりつき、展開した闇を解体してしまったのですから。


 オルカの魔法のようですね。詳細は不明ですけれど、かなり複雑な術式なのは分かります。最上級魔法行使中にあれほどの代物を扱うとは。彼の器用さは、わたくしの想像を遥かに上回っていました。


 防御手段を失ったセプテムは、二つの最上級魔法をまともに食らいます。大爆発が発生し、彼の周囲を爆風が包みました。


 これで倒せたでしょうが、油断はしません。【魔力視】と探知魔法を使い、敵の討伐がしっかり認められるまで目を離しませんでした。


 程なくして土煙が晴れると、横たわるセプテムの姿が見えました。体のほとんどが霧散しているので、決着がついたことは間違いないでしょう。


 数秒の沈黙の後、わたくしたちは安堵の息を漏らします。


 七分間の戦闘は、無事に終了しました。魔力は四割減といったところ。無傷で乗り越えた点を考慮すれば、良い戦績ではないでしょうか。


 とはいえ、喜んでいる時間はありません。新手が押し寄せてくる前に、ここから移動するべきです。


 他の二人も理解していらっしゃるみたいですね。真剣な面持ちで頷き合い、岩陰に隠れる待機組との合流を急ぎました。


「早速だけど、移動するよ。結構派手に戦っちゃったから、気持ち急ぎめで行こう」


 合流後、開口一番にオルカがそう仰いました。【身体強化】が扱えないセイラさんは、ユリィカさんが抱えて運ぶことになります。


 十秒もかからず準備は整い、出発しようと足に力を込めるわたくしたち。


 ――ところが、その一歩は踏み出せませんでした。


「ッ!? マイムちゃん!」


 突然マリナが叫んだかと思うと、天より光の雨が降り注ぎました。空一面を黄金に染め上げるそれは、一発一発が最上級レベルの威力を有していると理解できます。


 威力だけではありません。その速度も問題でした。何せ、マリナの他は誰も感知できなかったのですから。この光雨は、探知範囲外から一瞬で到達せしめたのです。


 マズイ。


 そのような感想を抱く以外、何もできませんでした。攻撃が速すぎるせいで、こちらが魔法を展開する暇もありません。


 ですが、一人だけ行動を起こせた者がいました。論ずるまでもなく、マリナとマイムちゃんのコンビです。


 目と鼻の先まで光雨が迫った瞬間、水の膜がわたくしたちを包み込みました。本当にギリギリの……紙一重のタイミングでしたが、その防御によって直撃は避けられました。


 マリナとマイムちゃんによる防御魔法は、薄皮一枚といっても過言ではないほど、最低限の代物です。敵の攻撃が速すぎて、範囲を絞らないと間に合わなかったのでしょう。


 普通なら即座に破られそうな壁ですが、マリナたちの技量は卓越したものでした。激しい衝突音が響くものの、薄い水を光が貫く気配は一切感じられません。苦悶の声を漏らしながらも、懸命に二人は防ぎ続けました。


 彼女たちの負担を軽減したいのは山々ですが、ここまでギリギリの状態では、下手に手を出した方が危険です。わたくしたちは、黙って推移を見守るしかありませんでした。


 どれくらい時間が経過したでしょうか。限界瀬戸際の攻防は、ついに決着を見せます。


 滂沱の如く降り注いだ光は途切れ、久方ぶりの空模様が認められました。同時に、わたくしたちを守ってくださった水も消え去ります。


 間一髪の状況を無傷で乗り越えられたわたくしたちですが、犠牲がゼロとは言えませんでした。


「ハァハァ……くっ」


「ふぅ」


 マリナが息を荒げて膝を突き、マイムちゃんも疲労の色を隠せておりません。


 今の防御に、ほとんどの魔力を消費してしまったようです。元々、マリナは魔力量が多い方ではありませんでしたから、この結果は当然の帰結でした。


 ただ、彼女のお陰で全滅を免れました。すぐにでも労いと感謝の言葉を捧げたいところですが、それが許されるほど、現状に余裕はありません。


「来ますよ!」


 濃密な気配を感じ取ったわたくしは、全員へ警戒を促します。


 すると、石切り場の一画に、強烈な光が発生しました。


 光は数秒で消えましたが、そこに残った者が厄介でした。


「あっれぇ、みんなピンピンしてるじゃん。あれを防ぐとか、ちょっと想定外ね」


 こちらをバカにするような声音で語るのは、黄金の髪と瞳を持つ女性。金の魔法司グリューエンその人でした。


 先の光雨は、彼女が繰り出したのでしょう。超遠距離かつ超高速の攻撃を放てる者など、そうそう存在するはずがありません。


 警戒するわたくしたちを見て、グリューエンはケタケタ笑います。


「まぁいいや。お待たせ、私に抗う憐れな子たち。今度こそ逃がさないわよ?」


 どうやら、ここが正念場のようです。

 

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