Chapter11-4 光魔法(4)

 セイラさんの秘密とは、記憶に関するものでした。彼女は、生まれる前――いわゆる前世の記憶を有していると仰るのです。しかも、ただの前世ではなく、わたくしたちが今いる場所とは異なる世界のそれを。


 曰く、魔力が存在しない代わりに、科学技術が高度に発展した世界だそう。電気の力を利用し、様々なシステムが運行されているというのは、とても興味深い話でした。オルカやミネルヴァなら、より食いつきそうな内容ですね。


「といっても、生活水準はそこまで変わりませんよ」


「そうなのですか?」


「はい。交通面や医療面はコチラの方が劣っている印象を受けますが、それ以外は大差ありませんね。文明レベルの差異は、特化しているか否かの違いでしかないのでしょう」


「なるほど。こちらは魔法と科学のハイブリット。異世界は科学特化というわけですね」


 まぁ、セイラさんが例に挙げた二点に関しては、魔法の有無とは関係なさそうですけれど。前者は魔獣被害の影響で、後者は教会が独占しているせいですもの。


 いえ、魔獣は魔力がなければ発生しないため、無関係とは断言できませんか。……もしかして、


「異世界には、精霊やエルフは存在しなかったりしますか?」


 魔力がないのであれば、親和性の高い二種族も生まれない気がします。


 この予想は正しく、セイラさんは『人間しかいませんでしたね』と答えました。


 へぇ、獣人まで存在しないのは予想外でした。魔力と関連性があるかは分かりませんけれど、興味深い議題です。


 異世界という未知に感嘆の息を漏らしていると、セイラさんが不思議そうな声を上げました。


「ずいぶんと、あっさり信じてくださるんですね。自分から話しておいて何ですが、疑われるとばかり思っていました」


 確かに、彼女の明かしたのは、荒唐無稽の内容でした。普通は絶対に信じられないものでしょう。特に、『魔力が存在しない』辺りのくだりは、受け入れがたく感じる方が多いかもしれません。当たり前がない世界など、まったく想像できませんから。


 しかし、わたくしは受け入れられました。何故なら、育った環境が普通とは言い難いものでしたもの。


「お兄さまとの生活において一番学んだことは、常識を疑うことです。今さら、前世やら異世界やらで疑念を抱きませんよ」


 そも、異界の存在は、すでに魔法によって証明されています。悪魔召喚しかり、【刻外】しかり。


 一つの世界でも見渡せないほど広いのですから、異世界ともなれば、魔力のない場所も一つや二つくらいあるでしょう。


 それに、


「セイラさんが嘘を吐いているようには見えませんでした。これでも、ヒトを見る目はあるつもりです。わたくしはあなたの言葉を信じますよ」


 前世のことを語る際、セイラさんの瞳には怯えが映っていました。


 怖かったのでしょう。バカバカしいと一蹴される、もしくは異物だと拒絶されることが、恐ろしくて堪らなかったのでしょう。他者とは違う記憶が、彼女を孤独へと追いやっていたのだと得心しました。


 それらの不安を押して、セイラさんはわたくしに真実を語ってくださった。おそらく、今まで誰にも明かさなかったにも関わらず。


 その信頼に応えないなど、絶対にあり得ません。


「セイラさんに前世の記憶があろうと……それが異世界のものであろうと、わたくしは否定いたしません。あなたがれっきとした・・・・・・この世界の人間であることは、このカロライン・フラメール・ガ・サン・フォラナーダが保証いたします。ですから、そのように不安がらずとも大丈夫ですよ」


「カロ、ラインさん……」


 笑顔でそう告げたところ、セイラさんは感極まった風に呟き、次の瞬間には涙を流し始めてしまいました。最初こそ僅かだった流水は、次第に滂沱へと変化していきます。


 ここまで感激されるのは想定外だったため、わたくしは慌てて彼女の背中を撫でました。この行動のせいで、余計に泣いてしまったのはご愛敬です。


 そのうち、セイラさんは今までの人生を語り出しました。ずっと心のうち溜め込んでいた感情だったのでしょう。嗚咽を漏らしながら紡がれるそれは、慟哭どうこくに近いものでした。


 生まれ変わりを自覚した時は、喜びが大きかったこと。


 その後、この世界が前世のゲーム――話を聞く限り、物語の類の模様――に酷似していると知り、上手く立ち回ろうと決心したこと。


 孤児の立場では下手に動けず、学園に入るまでは大人しくするしかなかったこと。その事実に忸怩たる思いを抱いていたこと。


 記憶通り聖女に選ばれたのは良いものの、周囲の状況が自分の知るものと大きく異なっており、たいそう慌てたこと。


 それでも、憧れの登場人物たちと仲良くなろうと奔走したこと。


 あまりにも知識との差異が激しいフォラナーダに、とても恐怖を覚えたこと。


 記憶通りのイベントが発生した際は、ものすごく安堵したこと。


 次々と訪れるトラブルの対処は大変だったけれど、みんなで協力して解決する日々は楽しかったこと。


 どうしてもフォラナーダ――特に知識と差異が大きいわたくしとお兄さまが怖くて、極力接触しないよう心がけていたこと。


 彼女の行動と、それに付随する感情が止めどなく語られました。


 薄々感づいてはいましたが、やはり避けられていましたか。クラスメイトなのに、ほとんど会話がなかったのも納得です。


 話しているうちに感情の整理がついた様子。すでにセイラさんは泣き止んでおりました。彼女は羞恥で頬を染めつつ、頭を下げます。


「ご、ごめんなさい。いきなり泣いてしまって。ゲームの話も、意味が分からなかったですよね。本当は、ここまで話すつもりはなかったんです」


 申しわけなさそうに身を縮こまらせる彼女に対し、わたくしは『気にしていない』と頬笑みました。


「謝る必要はありませんよ。口を噤むことが難しいくらい、セイラさんの心は追い詰められていたのだと思います。独りで戦い続けた方を叱責するほど、わたくしは非道ではありません」

 

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