Chapter11-4 光魔法(3)

「分かりました。とても心苦しいですが、今は省略しましょう。状況が状況ですからね」


「ホッ……。あれ、『今は』?」


 安堵した態度を見せるセイラさんでしたが、途中でキョトンと頭を傾けました。


 わたくしは笑顔でお伝えします。


「はい。すべてが片づいた後、改めて『完全版』を語らせていただきますね!」


 中途半端はいけません。この事件が終わった後なら、いくらでも時間は確保できるでしょう。彼女も、『聖女』としての役割から解放されますし。


 こちらの提案がよほど嬉しかったようで、セイラさんは「ハハハハ」と笑っておられました。そのように反応をしていただけると、わたくしも嬉しい限りです。


 それから、わたくしは話を続行しました。宣言通り省略したため、ザっと三十分に収まりました。我ながら、見事な圧縮率だと思います。本来なら、一週間でも足りませんからね。


 すべてを聞き終えたセイラさんは、どこか遠い目をしていらっしゃいました。ずっと聞き役でしたから、お疲れになったのかもしれません。少し配慮に欠けておりました、反省です。


 ただ、最初の頃の悲壮さは微塵も窺えませんでした。お兄さまの活躍を聞き、彼女の心は持ち直したよう。本当に良かったです。


「ゼクスさんのことが、とっても好きなんですね」


 苦笑混じりながらも温かみの感じられる声で、彼女は呟きます。


「当然、世界で一番愛しておりますよ!」


 ミネルヴァのように捻くれてはおりませんので、遠慮なく即答しました。少々はしたないかもしれませんが、この胸に灯る熱を抑えることは、今のわたくしには不可能でした。


 どのような形であれ、一生傍に置かせていただくつもりです。無論、お兄さまのご意思を曲げるマネはいたしませんけれど。


 間髪入れない返答を聞けば、こちらの心情は明らかでしょう。セイラさんは再び苦笑いを浮かべました。


「カロラインさんの周りには、愛が溢れているんですね」


 彼女の声音からは、確かな憧憬が感じられました。


 そのセリフに、わたくしは小さな違和感を覚えます。何故、うらやむのでしょうか?


 フォラナーダとは関わりが薄かったものの、セイラさんは『聖女』として活躍なさっておられました。この二年で、多くの人々を救ったという噂を耳にしています。人当たりも良さも相まって、様々なヒトから慕われているのは間違いありません。


 また、グレイとジグラルドさんの存在もあります。あからさまなアプローチを見て、そこに愛がないなどとは申せません。


 わたくしが愛し愛されているのは確かですが、だからといって、セイラさんの周りに愛がないわけではないでしょう。むしろ、一般的な人々よりも良い環境だと思います。


 ゆえに、彼女が羨望せんぼうを抱く理由が分かりませんでした。考えれば考えるほど、違和感は大きく育っていきます。


「どうして、うらやむ必要があるのでしょう?」


 結局、わたくしは直接尋ねました。この件に関して、独力で答えを出すのは難しいだろうと考えたために。


 踏み込みすぎかとも思いましたが、意外にもセイラさんは躊躇ためらうことなく答えを口にしました。


「それはきっと、自分自身を“世界の異物”だと感じているからかもしれません」


「異物、ですか?」


 とっさに浮かんだのは、『聖女』に選定されたこと。彼女の他人とは異なる要素といえば、それ以外に思い当たりません。


 しかし、この予想は外れていたようです。


「最初は特に気にしていませんでした。大好きな世界に来られたことを純粋に喜び、その歓喜に身を任せて行動しました。でも、最近になって、ふと考えてしまったんですよ。私が皆さんへ向ける感情は、純粋な“好意”とは違うんじゃないかって。それ以来、どうしても違和感が拭えなくなりました。真っすぐな気持ちで、誰かと向き合えなくなってしまいました」


 滔々とうとうと語るセイラさん。


 彼女のセリフの意味は、一部理解及びませんでした。おそらく、自分の心情を吐露していらっしゃるだけで、こちらに語り聞かせているつもりではないのでしょう。


 ですが、そこに含まれた孤独だけは感じ取れました。今のセイラさんは、酷く寂しい想いをしているのだと察しがつきました。


 何と返すのが正解なのでしょうか?


 孤独に苛むヒトを目前にして、黙って立ち去る選択肢はありません。困っている方には手を差し伸べる。それは、十六年の人生でお兄さまより学んだ大切なモノです。


 幾秒かの逡巡の果て、わたくしは小さくかぶりを振りました。この類の問題は、下手に理屈をこねるよりも、直感を信じて諭した方が有効です。こちらの気持ちを、ストレートに伝えることが肝要でしょう。


 わたくしは、暗く淀んだセイラさんの瞳を見据えました。


「純粋である必要は、ないと思いますよ」


「え?」


 驚きの声を漏らす彼女に構わず、こちらは続けます。


「セイラさんが何を抱えているのか、わたくしは存じません。ですが、たとえ誰かへ向ける想いに別の感情が混ざっていたとしても、それ自体が否定されるわけではないと思います。というより、ヒトの想いとは、複雑に絡み合うのが自然でしょう。時として、矛盾した気持ちを抱える場合だってあるのですから」


 脳裏に過るのは、やはりお兄さま。あの方は、わたくしたちを危険な目に遭わせたくないと考えつつも、立ち向かう力を欲するわたくしたちの意思を尊重してくださいます。そこにあるのは、対立した感情で間違いありません。


 わたくし自身もそうです。お兄さまを独占したいという仄暗い想いを抱くと同時に、フォラナーダの皆と一緒に幸せになりたい欲求も抱えております。


「好意の裏に打算や憎悪があろうと、その気持ち自体が嘘でないのなら、目を背けなくても構わないとわたくしは考えます」


 経験などを交え、持論を語り終えたわたくし


 対し、セイラさんは目をパチパチと瞬かせました。驚愕七割、納得二割、感動一割といったところでしょうか。


 呆然とする彼女でしたが、数秒も経てば我に返った様子。小さく笑声を溢しました。


「まさか、あの悪役令嬢に諭されるなんて。警戒してた私がバカみたいじゃない。……いえ、バカだったんでしょうね。こんな良い子が敵対するはずないもの」


 彼女としては、独り言のつもりだったのでしょう。口内を転がす程度の呟きでしたから。


 ただ、実際はバッチリ聞こえていました。こちらには【身体強化】がありますので、かなり声量を絞らないと、内緒話は不可能です。


 図らずも盗み聞きをしてしまったことを申しわけなく思いつつも、内心で首を傾げました。


 アクヤクレーイジョーとは何のことでしょう? 文脈から考えて、わたくしを指しているようですが……悪役の令嬢?


 盗み聞きした内容のため、尋ね返すわけにもいかず、些かの据わりの悪さを感じます。


 しかし、それも僅かの間だけでした。


 何故なら、


「ありがとうございます、カロラインさん。お陰で、少し吹っ切れました。お礼ついでと言っては何ですが、私の秘密をお聞きいただいても宜しいでしょうか?」


 当のセイラさんが、その謎について語ると申し出て来られたのですから。

 

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