Chapter11-4 光魔法(3)
「分かりました。とても心苦しいですが、今は省略しましょう。状況が状況ですからね」
「ホッ……。あれ、『今は』?」
安堵した態度を見せるセイラさんでしたが、途中でキョトンと頭を傾けました。
「はい。すべてが片づいた後、改めて『完全版』を語らせていただきますね!」
中途半端はいけません。この事件が終わった後なら、いくらでも時間は確保できるでしょう。彼女も、『聖女』としての役割から解放されますし。
こちらの提案がよほど嬉しかったようで、セイラさんは「ハハハハ」と笑っておられました。そのように反応をしていただけると、
それから、
すべてを聞き終えたセイラさんは、どこか遠い目をしていらっしゃいました。ずっと聞き役でしたから、お疲れになったのかもしれません。少し配慮に欠けておりました、反省です。
ただ、最初の頃の悲壮さは微塵も窺えませんでした。お兄さまの活躍を聞き、彼女の心は持ち直したよう。本当に良かったです。
「ゼクスさんのことが、とっても好きなんですね」
苦笑混じりながらも温かみの感じられる声で、彼女は呟きます。
「当然、世界で一番愛しておりますよ!」
ミネルヴァのように捻くれてはおりませんので、遠慮なく即答しました。少々はしたないかもしれませんが、この胸に灯る熱を抑えることは、今の
どのような形であれ、一生傍に置かせていただくつもりです。無論、お兄さまのご意思を曲げるマネはいたしませんけれど。
間髪入れない返答を聞けば、こちらの心情は明らかでしょう。セイラさんは再び苦笑いを浮かべました。
「カロラインさんの周りには、愛が溢れているんですね」
彼女の声音からは、確かな憧憬が感じられました。
そのセリフに、
フォラナーダとは関わりが薄かったものの、セイラさんは『聖女』として活躍なさっておられました。この二年で、多くの人々を救ったという噂を耳にしています。人当たりも良さも相まって、様々なヒトから慕われているのは間違いありません。
また、グレイとジグラルドさんの存在もあります。あからさまなアプローチを見て、そこに愛がないなどとは申せません。
ゆえに、彼女が
「どうして、うらやむ必要があるのでしょう?」
結局、
踏み込みすぎかとも思いましたが、意外にもセイラさんは
「それはきっと、自分自身を“世界の異物”だと感じているからかもしれません」
「異物、ですか?」
とっさに浮かんだのは、『聖女』に選定されたこと。彼女の他人とは異なる要素といえば、それ以外に思い当たりません。
しかし、この予想は外れていたようです。
「最初は特に気にしていませんでした。大好きな世界に来られたことを純粋に喜び、その歓喜に身を任せて行動しました。でも、最近になって、ふと考えてしまったんですよ。私が皆さんへ向ける感情は、純粋な“好意”とは違うんじゃないかって。それ以来、どうしても違和感が拭えなくなりました。真っすぐな気持ちで、誰かと向き合えなくなってしまいました」
彼女のセリフの意味は、一部理解及びませんでした。おそらく、自分の心情を吐露していらっしゃるだけで、こちらに語り聞かせているつもりではないのでしょう。
ですが、そこに含まれた孤独だけは感じ取れました。今のセイラさんは、酷く寂しい想いをしているのだと察しがつきました。
何と返すのが正解なのでしょうか?
孤独に苛むヒトを目前にして、黙って立ち去る選択肢はありません。困っている方には手を差し伸べる。それは、十六年の人生でお兄さまより学んだ大切なモノです。
幾秒かの逡巡の果て、
「純粋である必要は、ないと思いますよ」
「え?」
驚きの声を漏らす彼女に構わず、こちらは続けます。
「セイラさんが何を抱えているのか、
脳裏に過るのは、やはりお兄さま。あの方は、
「好意の裏に打算や憎悪があろうと、その気持ち自体が嘘でないのなら、目を背けなくても構わないと
経験などを交え、持論を語り終えた
対し、セイラさんは目をパチパチと瞬かせました。驚愕七割、納得二割、感動一割といったところでしょうか。
呆然とする彼女でしたが、数秒も経てば我に返った様子。小さく笑声を溢しました。
「まさか、あの悪役令嬢に諭されるなんて。警戒してた私がバカみたいじゃない。……いえ、バカだったんでしょうね。こんな良い子が敵対するはずないもの」
彼女としては、独り言のつもりだったのでしょう。口内を転がす程度の呟きでしたから。
ただ、実際はバッチリ聞こえていました。こちらには【身体強化】がありますので、かなり声量を絞らないと、内緒話は不可能です。
図らずも盗み聞きをしてしまったことを申しわけなく思いつつも、内心で首を傾げました。
アクヤクレーイジョーとは何のことでしょう? 文脈から考えて、
盗み聞きした内容のため、尋ね返すわけにもいかず、些かの据わりの悪さを感じます。
しかし、それも僅かの間だけでした。
何故なら、
「ありがとうございます、カロラインさん。お陰で、少し吹っ切れました。お礼ついでと言っては何ですが、私の秘密をお聞きいただいても宜しいでしょうか?」
当のセイラさんが、その謎について語ると申し出て来られたのですから。
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