Chapter11-4 光魔法(2)

「あの……どういう意味でしょうか?」


 十秒ほどの沈黙後、恐る恐るといった体で問うてくるセイラさん。その瞳には、若干の生温かさが混じっていました。


 あの視線には見覚えがあります。スキアがコミュニケーションで盛大に自爆した際、話し相手より向けられる類の代物です。


 べ、弁明させてください。わたくしにも考えがあって、恋バナという選択肢を取ったのです。決して、対人能力が欠如しているとか、空気が読めないわけではありませんッ。


 前提として、落ち込んでいるセイラさんを励ます必要がありました。ですから、盛り上がるタイプの話題が好ましいでしょう。ここで選択が絞られます。


 次に、懐に潜り込むなら、共通点を探すことが最適解です。共感はグッと心の距離を縮めてくれますからね。


 ただ、前述した通り、わたくしはセイラさんと初対面も同然です。共通点と言われても、とっさには思いつきません。


 そこで閃きました。お兄さまについて語れば良いと!


 いくらでも語り続けられますし、あの方への想いの丈を告げるのは、わたくしの心を打ち明けるも同然。自ら相手へ歩み寄るという点において、これ以上の話題はないと思われます。


 また、恋愛ごとはセイラさんにとっても身近でしょう。彼女が二名の殿方より求愛を受けているのは、かなり有名なお話です。グレイ……殿下とジグラルドさんでしたか。あのお二人の口論は、もはやクラスの恒例行事ですもの。


 ほら。理由を並べ立てれば、突拍子もない提案でないことが理解できるでしょう? ですから、わたくしが話し下手というわけではないのです。絶対に!


 セイラさんが向けてこられる視線を努めて無視し、わたくしは返します。


「そのままの意味です。恋のお話をしましょう」


「……何故でしょうか?」


 ぐっ。視線に憐れみが混じり始めました。精神的ダメージが尋常ではありません。ですが、折れてはいけませんよ、カロライン。ファイトです、わたくし。違和感のない笑顔を取り繕うのです!


「ちょっとした世間話ですよ。緊急事態の真っ最中ですが、状況が逼迫しているわけではありません。今のような休憩時間こそ、たわいない雑談でも交わしたいと思いまして」


「仰りたいことは分かりますが、何で私なんでしょう?」


 最初から感じていましたが、やはりセイラさんはわたくしを警戒していらっしゃる様子。顔見知り程度の仲とはいえ、彼女の力の入りようは些か過剰に思います。


 これは、ミネルヴァやオルカなど、他のみんなと話す時は見られない現象です。普段の生活態度は不明ですが、この事件で行動を共にしてからは、わたくしにのみ過度な警戒を抱いていらっしゃいました。


 意識せず、何か粗相を働いてしまったのでしょうか?


 そのような疑問が浮かびますが、即座に否定します。何故なら、わたくしとセイラさんは接触機会がほぼ皆無。粗相以前の問題ですから。


 まぁ、良いでしょう。手強い方が燃えるというものです。


「単純に、セイラさんと仲良くなりたいのです。深い理由はございません」


 これは事実です。同じ光魔法師として、以前より彼女には興味を抱いておりました。何故か、接触する機会にまったく恵まれませんでしたけれどね。とても不思議です。


「仲良く、ですか……」


 セイラさんはコチラのセリフを反芻しつつ、ジッとわたくしを見つめました。うぐいす色の瞳に、わたくしの顔が映り込んでいます。


 実に、一分近くは見つめ合っていたでしょうか。程なくして、セイラさんは小さく息を溢しました。


「分かりました、お付き合いします」


 どこか諦観を含んだ声音でしたが、今は気にしても仕方ありません。重要なのは、了承していただいた事実です。


 言質を得た今、そう簡単には逃しませんよ。ふふふ。


「それでは、言い出しっぺのわたくしからお話ししますね!」


 さぁ、お兄さま愛を語る布教する時間ですッ!








 豪語しておいて恥ずかしいのですが、お兄さまの凄さをすべて語るのは結構難しいのですよね。何せ、あの方の活躍は部外秘が関係してしまいますから。先端科学や魔法の知識は当然のこと、偉業の数々も一部しか明かせません。


 えーと、語っても問題ない事件は……わたくしの婚約から始まった決闘騒動と去年の悪魔騒動くらい? むぅ、少なすぎます!


 仕方ないので、日常的な部分より、お兄さまの偉大さを伝えることにしました。お仕事をこなす速度だったり、部下の皆さんからの信頼の厚さだったり、わたくしたち個々との時間も大切にしてくださることだったり、細かい配慮が行き届いていらっしゃるところだったり、こちらの悩みをすぐ見破ってしまう察しの良さだったり……。日々の生活でも、お兄さまの素晴らしい点はたくさん存在しますから。


 ですが、やはり物足りませんね。身内以外に“お兄さま”を語れるせっかくのチャンスなのに、一から百まで口にできないなど、逆に欲求不満を抱えてしまいそうです。嗚呼、気兼ねなく語り尽くしたいッ。


 口を動かし始めて十分ほど。


「か、カロラインさん、少し待ってください。す、ストップです!」


 ここまで止めどなくお兄さま愛を語っていたのですが、何故かセイラさんが制止してきました。


「どうしました? まだまだ序盤ですよ」


 わたくしは首を傾ぎました。


 明かして問題ない範囲に限っても、まだ一パーセント未満です。


 すると、彼女は焦った様子で続けました。


「さ、さすがに赤ちゃんの頃の話は、省略しても良いと思いません?」


わたくしとお兄さまと初めて出会った頃の話をせずして、いつの話をすると仰るのですッ。ここを丁寧に語ってこそ、今後の内容が輝くのですよ!」


 省略など言語道断です。巻きで語るにしても、二歳までの内容は一時間かけるべきでしょう。


 そう追加で伝えたところ、セイラさんは盛大に頬を引きつらせました。


「い、一時間」


「巻きで、です。もっと時間に余裕がありましたら、半日でも語り尽くせないでしょうね」


「は、半日……」


 輝かしい日々の思い出。現在がもっとも充実しているのは確かですが、二人切りだった当時も楽しい毎日でした。あの頃は、遠慮なく甘えられましたからね。


 正直言うと、今より未熟な自分を話すのは気恥ずかしいです。しかし、それよりも、お兄さまの偉大さを伝えたい欲求が勝ります。


 お兄さまの優秀さを他者へ正確にお伝えすることは、妹の使命といっても過言ではありません! ゆえに、省略など許容できない提案です。


 とはいえ、セイラさんの指摘も理解できます。現状は、半日もお喋りに時間を割く余裕はありません。ここは血涙を呑むしかないでしょう。

 

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