Chapter11-4 光魔法(1)

 わたくし――カロラインたちは、魔力の枯渇した二名を抱えつつも、無事に隠れ家へと辿り着けました。どこにでもある平民の家屋です。内側の設備は、些か過剰ですけれどね。


 つい先程から、ミネルヴァの魔力の隆起が感じられます。同時に、別の強大な魔力も暴れ回っております。紫の魔法司メガロフィアとの戦端が開かれたのでしょう。


 ミネルヴァの魔力しか感じない点は妙ですが、あのニナに限って心配は不要ですね。おそらく、何らかの事情で戦闘に加わっていないのだと思われます。


 あちらの考察は、この辺りで止めておきましょう。二人を信じて送り出したのです。今は、わたくしたちのなすべきことに集中しなくてはいけません。思考を切り替えます。


 他と同様、この隠れ家にも黄金化の影響が表れていました。大半の魔道具はガラクタと化していましたが、身を隠すくらいなら支障ありません。


 疲弊している二人を寝室へ寝かせ、わたくしたちは居間へと集まりました。そろった面子はわたくし、オルカ、マリナ、ユリィカさん、聖女セイラさんの五人です。


「これから、どう動きますか?」


 この場のリーダーであるオルカに、今後の方針を問いました。


 彼は全員の顔を見渡した後、おもむろに語ります。


「基本的には隠密かな。隠れ家を転々と移動して、敵に発見されないよう行動。その間は、各地に散らばった部下たちの寄越す情報を精査するのが主になると思う。とにかく“時間稼ぎ”だよ」


 理に適った案でした。今回に関しては、時間はわたくしたちの味方です。何せ、お兄さまが帰還なされば、こちらの勝利は確定するのですから。


 また、グリューエンではわたくしたちを殺せないのも要因ですね。


 無限に湧く影者えいじゃ蔓延まんえんする呪いこそ不利に働いているものの、彼我の実力差は明白。単独ならいざ知らず、チームのわたくしたちが敗北する可能性は、ほぼ皆無です。逃げに徹したら尚更でしょう。


 とはいえ、絶対ではありません。分断や不意打ちには気を付けましょう。特に、実力が格段に劣るセイラさんは明確な弱点ですし。


 オルカは「ただ」と続けます。


「逃げるだけなんて、甘い対応をするつもりはないよ。集まってくる情報を元に、グリューエンの隙を探る。倒せると確信できれば反撃に出るから、戦える準備は整えておいてね」


 当然ですね。お兄さまの家族たるわたくしたちが、敵に臆してはなりません。もちろん、無謀な突貫は愚の骨頂ですけれど、黙って殴られっぱなしもあり得ません。


「光魔法を奪われた借りは、きっちり返す所存です」


「わたしとマイムちゃん、エシちゃんも頑張るよ!」


「がんばるッ」


 わたくしとマリナ、マイムちゃんは力強く頷きました。気合に満ち溢れた声音が響きます。


 ですが、それ以上の言葉は続きませんでした。ユリィカさんとセイラさんに限っては、怯えが色濃く浮かんでいました。


 この二人の態度を責めることはできません。むしろ、自分の実力をよく理解できていると褒めるべきでしょう。彼女たちはグリューエンよりも遥か格下。抱く恐怖は正しいものです。


 しかし、


「で、できる限りの協力はしたい、です」


 ユリィカさんは、そう決意を口にしました。


 震える全身を何とか抑え込む姿からは、彼女の振り絞った勇気の大きさが窺い知れます。強大な敵は怖くて仕方ないけれど、わたくしたちの力にはなりたい。そんな儚くも強い意思が感じ取れました。


「ありがとう、でも、無理はしないで。ユリィカちゃんに何かあったら、みんな悲しむから」


 オルカは、彼女の心情をきちんと把握した様子。朗らかな笑顔で返します。


 わたくしも便乗しましょう。


「そうですよ。ユリィカさんも大事な家族です。遠慮なく頼ってください!」


「二人の言う通りだよ~。遠慮はしないでね。一緒に頑張ろー!」


 そこへマリナも続き、ユリィカさんは若干瞳を濡らしました。


「皆さん……。ありがとうございます」


 小さく頬を緩ませる彼女は、もう絶望しておりませんでした。


 一安心ですね。グリューエンへの恐怖は依然残っているようですが、いざという時に身を竦ませる事態には陥らないと思われます。


 その後の話し合いは滞りなく進み、次の定時連絡まで休憩と相なりました。いつ問題が発生しても対応できるよう、万全の態勢に整えておく必要がありますから。


 各々が思い思いの過ごし方を送る中、わたくしはとある人物を追うことにしました。会議が終わってすぐ、部屋の外へと出て行ってしまった彼女の後を。








 探知の限り、隠れ家の外へ出たわけではなさそうです。そこまで自暴自棄にはなっていないようで安心しました。


 内心でホッと安堵しつつ、ゆっくりと目的の人物を目指します。ここで焦っても、相手を警戒させるだけですからね。ヒトとの対話は鏡です。こちらが落ち着いて接すれば、向こうが混乱する事態も極力防げるでしょう。


 彼女は家屋の一画、無人の一室にいました。扉は開きっぱなし。マットが剥き出しのベッドの上にて、膝を抱えてうずくまる彼女の姿が確認できます。


 この隠れ家は全員分の私室が用意できるくらい大きいのですが、不測の事態に備えて、個室の割り振りは行っていませんでした。ゆえに、こうした人気のない部屋は多数存在します。


 わたくしは開放されている扉の前に立ち、ノックしました。コンコンという固い音が響き、それを耳にした彼女はビクリと肩を震わせます。


「セイラさん、少々お時間をいただいても?」


 そう。わたくしが追いかけてきた人物とは、聖女のセイラさんでした。


 こちらの声に、彼女は恐る恐るといった様子で振り返ります。


「カロラインさん……」


 呆然と呟くセイラさんの表情は、酷く青いものでした。


 彼女の顔色の悪さは、今に始まったものではありません。先程の会議でも……いえ、フォラナーダ城で合流した当初より、かなり憔悴した様相でした。


 その原因は、言をまたないでしょう。現状を不安視していらっしゃるのは、火を見るよりも明らかです。


 セイラさんの接点は、クラスメイト以外にありません。オルカ、ミネルヴァなどは交流なさっていたようですが、実のところ、わたくしは彼女とまともに話した経験もなかったのです。


 ゆえに、今までは静観しておりました。ほぼ他人同然のわたくしが気遣っても、逆にセイラさんの負担になってしまうと考えたために。


 ですが、事ここに至っては、悠長に構えていられません。他の皆さんもフォローを行っていらっしゃいましたが、一向に彼女の様子は改善しませんでした。いつ襲撃を受けても不思議ではない現状、この不安を放置しておくのは危険すぎます。


 どこまで力になれるかは判然としませんが、わたくしは一肌脱ぐことにしました。まったく関わりない者と話す方が、気が楽になる場合もあると聞いたこともあります。完全に無駄とはならないでしょう。


 わたくしの提案に対し、セイラさんは呆けたまま固まってしまいました。唐突な振りだったのは理解していますし、彼女の心理状態も把握しています。言葉を重ねることはせず、静かに復帰を待ちました。


「えっと、その……」


 幾分か経過し、再起動を果たすセイラさん。どう答えて良いのか分からないみたいで、しばらくは意味を持たない声を漏らすだけでした。


 そんな彼女へ、わたくしは努めて優しく語りかけます。


「とりあえず、隣に座っても宜しいでしょうか?」


「あっ……はい」


 ここで拒絶されたら困るところでしたが、セイラさんから了承を得られて安心です。


 彼女を刺激しないよう、ゆっくり歩を進め、そっと隣に腰を下ろしました。


 ベッドのきしむ音のみが響き、その後は再び静寂が場を支配します。


 セイラさんは、たいそう混乱している模様。精神魔法をほとんど修められていないわたくしですが、彼女の心情は手に取るように読めました。それくらい分かりやすいのです。


 セイラさんの反応を頬笑ましく感じながら、わたくしは口を開きました。


「こうして、きちんとお話しするのは初めてですね。今さらの気はしますが、自己紹介をしましょう。わたくしはカロライン・フラメール・ガ・サリ・フォラナーダと申します。よろしくお願いしますね」


「……そういえば、そうでしたね。私はセイラ・イセンテ・ホーライトです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 笑顔で名乗るこちらに、セイラさんも礼を返します。


 しかし、その表情は僅かに強張っておりました。初対面のせいで緊張していらっしゃるというよりは、わたくし個人を警戒していらっしゃる? 何故?


 彼女との接点は、前述したものだけです。警戒される理由に、まったく心当たりがありませんでした。


 このままでは、目的を果たすのは難しいでしょう。


 わたくしは、セイラさんの不安を軽くするために訪れたのです。警戒されたままでは、絶対にそれは達成できません。


 まずは世間話を交わし、心の距離を詰める作業より始めますか。


 先程も申しましたが、ヒトとの対話は鏡です。相手に胸襟を開いてほしいのなら、先に自分が胸のうちを明かす必要があります。


 問題は、どのような話題をチョイスするか、ですね。


 平時であれば、天気や学園生活などの当たり障りないものから始め、徐々に仲を深めていく手法が取れます。


 ところが、今は緊急事態。グリューエンの復帰がいつになるか分かりませんし、ずっと今の隠れ家に潜んでいるわけでもありません。こうしてお喋りしていられる時間は、思いのほか多くないのです。


 ともすれば、必然的に、距離の詰め方を端折るしかないでしょう。多少強引でも、ハイテンポで進めなくてはいけません。


 とはいえ、いきなり『悩みを打ち明けてみませんか?』などとは申し上げるのは、頭のネジが吹っ飛んでいます。何か、クッションを挟みましょう。


 踏み込んだ内容、かつセイラさんが食いつきやすい話題。何か良いものがあるでしょうか?


 ふと、脳裏に過ったのは、お兄さまの勇ましいお姿。


 ……そうですよね。ええ、それしかありません!


 逡巡は一瞬。わたくしは、早速提案しました。


「セイラさん、恋バナをいたしましょう!」


「へ?」


 対するセイラさんは、直前までの意気消沈も吹き飛ばし、間の抜けた表情を浮かべました。

 

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