Chapter11-2 黒(6)

 その後も、私とメガロフィアの魔法戦は繰り広げられていた。そのほとんどは、上級もしくは最上級魔法による攻防だ。


 お互いに無傷のままではあるが、どちらが有利なのかは言をまたない。こちらの攻撃は、相手に一切の痛痒を与えられないのだから。


 とはいえ、いたずらに魔力や体力を消耗していたわけではないわ。この魔法合戦の間、私はつぶさに敵の様子を確認していたの。


 何故なら、メガロフィアのセリフを信用していなかったからよ。敵の発言を鵜呑みにするほど、私は素直な性格をしていない。別の弱点を隠していないか、よくよく観察し続けた。


 その結果、メガロフィアの言がほぼほぼ正しいと証明された。私が扱える全属性を食らわせたけれど、相手が傷つくことはなかった。火で燃やしても、風で切り裂いても、水で押し流しても、土で串刺しにしても、闇の底に沈めても。何をやっても、無駄に終わったわ。


 しかし、まったく収穫がなかったわけではない。私はほんの些細な違和感を、この幾許かの戦闘で得ることに成功していた。


 メガロフィアは、私と戦っている最中に時折、別方向へ意識を逸らしていたのよ。露骨に視線を向けてはいないけれど、確実に何度も意識を向けていた。


 最初は、ダメージを与えられないゆえに、こちらを侮っているのだと考えたわ。


 でも、違うのだと悟った。何せ、毎回同じ人物へ意識を向けていたんだもの。どんなに鈍かろうと、に何かあると察しがつくわ。


 はたしてその人物とは、勇者ユーダイだった。私たちの戦いを悔しげに見つめているだけの憐れな英雄を、何故か意識しているようだった。


 何故? という疑問は消えない。確かに彼は強いけれど、せいぜい国内トップに至れる程度。しかも、フォラナーダの面々を除いた場合に尽きる。


 ……本来なら、国内トップでも十分なのよね。私たちの基準がおかしくなっているのよ。


 だが、基準が狂っているのは、魔法司たるメガロフィアも同じはず。彼が勇者程度を気にかける必要性は、まったく感じられなかった。


 では、どうして?


 疑念はループする。敵の魔法をさばき、隙を見て反撃しながら思考を回す。あっ、また意識を逸らしたわ。


 勇者へ意識を逸らす度に、顔面へ魔法を突き刺すのだけれど、メガロフィアは全然懲りない。お構いなしに、その行動を続ける。


 勇者に何かあるのは間違いない。まさか、本当にメガロフィア特攻の能力でもあると言うの?


 正直、信じ難い心情があるわ。呪いというジャブで倒れている彼が、この頂上決戦で役に立たないのは火を見るよりも明らか。いくら特攻があろうと、メガロフィアが脅威を感じるとは思えない。


 うん? ……嗚呼、違う。前提を間違えていたわ。


 敵は、勇者を脅威とは考えていない。ただ、目端に映るから、ついつい気になってしまっているだけなのよ。もしも脅威と思っていたら、私なんて無視して殺しに向かっているはずだわ。


 あれね。大切なお客さまとの接客中、視界の端にゼクスが横切るのと同じよ。優先度は目前のお客さまが圧倒的上と分かりつつも、どうしても目が追っちゃうの。


 しかし、私から意識を逸らす程度には、勇者を気にしてしまうのも事実。それくらいの力が、彼の中にはあると踏んで良いでしょう。


 であれば、その正体を確認する必要がありそうね。現状の突破口になるかもしれない。こちらの魔力も無限ではないのだから、取っ掛かりがあるに越したことはないわ。正直、割と限界が近づいているし。


 私は上級風魔法【ストームライトニング】で雷の弾幕を張り、一時的にメガロフィアの足止めを敢行した。その後、【身体強化】の脚力によって、勇者たちの待機する後方へ下がる。


 こちらの意図に気がついたようで、メガロフィアも追随しようとするけど、無駄無駄。今回の魔法には、自動追尾機能も付与しているもの。先に【ストームライトニング】を潰さないと、移動は叶わないわよ。嬉しい? じゃあ、お代わりを追加しましょう。


「ふふふ」


「地味に、えげつない」


「失礼ね。効率的な遅滞戦術よ」


「物は言いよう」


「フン。言ってなさい」


 ニナの毒舌に苦言を呈しながら、ようやく調子を戻しつつある勇者に向き直った。もう一人の方は無視。そっちはニナの管轄だから。


「な、なに?」


 私に視線を向けられ、ビクリと肩を震わせる勇者。


 情けないわね、もっとシャンとしなさいよ! と文句を垂れたいところだけれど、今は置いておきましょう。時間稼ぎにも限度があるわ。


「ちょっと、メガロフィアに向かって魔法を放ってみて」


「えっ!?」


 私が敵の方を指差して頼むと、勇者は心底驚いた風に両目を開いた。


「何を驚いてるのよ。元々、戦うつもりで付いてきたんでしょう?」


「いや、そうなんだけど……完全に足手まといだからさ」


「なら、良かったじゃない。活躍のチャンスよ」


 『さっさとやれ』と背中を叩いたところで、やっと彼は魔法の準備を始めた。魔力の動きからして、風の中級【ウィンドアロー】ね。それも多重行使。


 言われずとも、速度のある魔法を選択した点はグッドよ。威力よりも当てることを優先した辺り、私が望んでいる役割を理解している証拠。きちんと経験を積んでいるようで、些か安心したわ。


「ええい、うっとうしいッ!!」


「【ウィンドアロー】!」


 メガロフィアが雷の弾幕を破るのと、勇者が風矢の雨を降らせるのは同時だった。


 目前に広がる矢の群れを見て、敵の表情は如実に変化を見せる。


「チッ」


 目を細めた上で舌打ちしたメガロフィアは、中級闇魔法【アビスカーテン】を無詠唱で展開。闇の幕をもって、数多の風矢を防ぎ切った。


 ふむ。私の魔法に対しても防御行動は行っていたけれど、今回のそれは真剣さが違ったわね。絶対に当たりたくない。そんな意思を感じたわ。


 やはり、勇者にはメガロフィア特攻があるのかしら。


 でも、彼任せは無理。特効があろうと、敵に届かなくては意味がないわ。仮に当たっても、実力差を考慮すると微々たるダメージでしょう。


 そも、根本的問題として、


「うっ」


「ユーダイ!」


 ふらつく勇者と、それを傍らから支えるリナ。


 今の一撃だけで、彼は魔力をゴッソリ消費してしまっていた。もう一撃放てば、確実に気絶してしまう。とても戦闘はできない。


「結局、私が戦うしかないのよね」


 反撃として発動された闇槍――上級闇魔法【カオスランス】を同魔法で粉砕しつつ、私はメガロフィアを改めて見据える。


 今の攻撃がよほど頭に来たのか、彼の狙いは完全に勇者へロックオンされていた。


「弱者と放っておいたが、抗う以上は捨て置けぬ。我を傷つける可能性など、排除してくれるッ」


 自らを『世界の理そのもの』だなんてうそぶく輩だ。歯牙に欠けぬほど弱かろうと、そのプライドを揺るがす存在は許せないらしい。


 小さい男ね。ゼクスが同じ立場なら、最初は笑って許し、次までには完璧に対策を立ててくるわよ。


 そう考えると、目前の敵が、途端に大したことのない風に見えてくるから不思議だわ。ゼクスと相対すると絶望感しかないけれど、メガロフィアであれば明確な弱点が残っているためかしら。


「【カオスハンド】」


「【アースブレイク】」


 上級魔法である闇の腕を敵の影より出現させ、メガロフィアの足止めを試みる。しかし、土の初級魔法によって、簡単に抜け出されてしまった。


 なるほど。影を経由する闇魔法は、地面を崩せば効果が弱まるのね。敵ながら勉強になるわ。


 私は魔法を放ち続け、メガロフィアの前進を停滞させる。その間に、勇者へと声をかけた。


「勇者殿、もう一度魔法よ」


「分かった」


「ユーダイ、これ以上は気絶しちゃう!」


「リナ、これは勝つために必要なことなんだ。そうなんだろう、ミネルヴァさん?」


「その通りよ。というか、やるなら、さっさとして。こっちだって、結構ギリギリなの」


 他人の恋愛ごとに首を突っ込むほど野暮ではないけれど、時と場合を考えてほしいわ。


 あと、ニナ。チラチラと目配せしても、戦闘許可は出さないわよ。大人しく温存しておきなさい。


 程なくして、勇者は最後の魔法を繰り出す。選んだ魔法は上級風魔法の【ストームレイン】か。出し惜しみなしってところね。


 敵に向かって、矢状の竜巻が幾重にも降り注ぐ。勇者の渾身の一撃は結局かすりもしないけれど、私が注目すべきはソチラではなかった。


 魔法発動の瞬間、私は行使者である勇者を観察する。【魔力視】に全力を注ぎ、彼の魔力の動きを欠片も見逃さない。


「なるほど。そういうこと」


 二度目の精察ともなれば、確かな情報を得られるわ。


 私は、勇者の何がメガロフィアの脅威として働いていたのか、その概要を理解した。


「残るは、再現術式の構築ね」


 完全に意識を失った勇者を尻目に、再度怒りを発露させるメガロフィアを見る。


 中途半端に反撃して、警戒されるのは面白くない。初対面時の探知妨害を考慮すると、一度逃亡を許した場合、再発見するのも面倒くさい。何より、グリューエンと合流される展開が厄介すぎる。


 であるならば、一気に仕留めるのが好ましい。これまで通りの戦闘をギリギリまで続け、機を見計らってトドメを刺す。それがベストでしょう。


 魔法司相手に戦闘しながら、新しい術式の構築。とても難度が高い作業だけれど、問題ないわ。元々、私は研究者志望。この程度の無茶振りは答えてなんぼよ。


「ニナ」


 メガロフィアとの戦闘を再開する前に、私は大人しく待機してくれている友へ言う。


「これから集中するわ。そこの二人をお願い」


 戦闘と術式構築を同時並行で進める以上、今までのように勇者やリナを気にかける余裕はない。二人のお守りに関しては、ニナに一任することにした。


「分かった」


 これほど頼もしい了承の言葉は、なかなかないわね。


 私はクスリと笑声を溢した後、メガロフィアとの魔法合戦を再開した。

 

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