Chapter11-2 黒(7)

 何故、勇者の魔法をメガロフィアは忌まわしく感じていたのか。その理由は、勇者の攻撃には彼を傷つける効果がある他ない。“あればラッキー”程度に考えていたメガロフィア特攻を、かの勇者は有していたんだ。


 では、勇者の何が、メガロフィアの特攻として働いているのか。


 勇者の加護と言われてはそれまでだけれど、結果が出ている以上、そこへ至る原因はしっかり存在するものよ。


 その原因を、私は二度の観察で解明していた。


 はたしてそれは、魔力五属性の同時使用だった。勇者には、魔法行使時に保有する全属性の魔力を練り込む特性があったのよ。


 例を挙げると、火魔法【ファイヤアロー】を放つ際でも、火以外の水、風、土、闇の魔力を混ぜているの。


 これは、かなり特異な現象だった。普通の魔法師であれば、複数の属性を持っていようと、使用する魔法に合致した魔力しか練らないもの。


 そも、他属性を混ぜる意味がないわ。あっても魔法の効果に一切影響はないし、混ぜない努力をしたからといって効率が上がるわけでもない。毒にも薬にもならない特性ね。


 しかし、対メガロフィアにおいては、この特性が輝く。


 メガロフィアは『光以外ではダメージを受けない』と豪語していたけれど、あれは真実ではなかった。……いえ、正確には、すべてを語っていなかったと言うべきかしら。


 実は、光以外の全属性を混ぜた魔法に限り、メガロフィアにはダメージを与えられるのよ。つまり、勇者の特性であるなら、彼に傷を負わせられるということ。


 皮肉な話よね。属性の壁を乗り越えたメガロフィアの対抗馬は、同種の力を修めた存在なんて。


 さらに皮肉なのは、私も光以外の全属性を修めていること。やろうと思えば、勇者の特性を再現できるわけよ。


 ここまで上出来だと、作為的なものを感じてしまうわね。スキアが【影歩シャドーウォーク】を習得しなければ、私がここに立っていなかったのだから。


 まぁ、全属性を一つの魔法に練り込むなんて、普段はやろうとも考えない作業。ぶっつけ本番である以上、慎重に術式を構築しなくてはいけないわ。相手に悟られないよう注意しつつ、時間を稼ぎましょう。


「クハハハハハハハハ。やはり、弱者は弱者。勇者など取るに足らない存在だったか。少し過敏になりすぎていたようだ」


 唯一の天敵が倒れたことで、肩の荷が下りたよう。メガロフィアは哄笑を上げつつ、五つの魔力球を創造する。


 各属性を有した球は、その場でさらに分裂。直径五ミリ程度の、無数の球体へと変化した。


「才媛よ。これは防げるかな?」


 メガロフィアは黒コートを大仰になびかせ、無数の球をこちらへと発射した。空間を埋め尽くす球の群れは、一種の壁のように見える。


 回避するのは簡単。でも、見え見えの罠よね。すでに、敵は次弾を用意しているもの。


 ならば、正面突破が最適解。ちょうど良いし、私も切札の一つを使いましょう。裏で術式構築するのに、ちょうど良い技だし。


 私は体内の魔力を一気に隆起させる。大気中の呪いのせいで、いつもより消耗が激しいけれど、必要経費と割り切りましょう。相手は魔法司。連戦なんて考える余裕はないわ。


「【色彩万魔】」


 詠唱とともに、私の背後へ五つの球体が出現する。ヒトの頭大のそれは、私の適性である五属性を各々有していた。


 これは、一年前の個人戦決勝にて、ゼクス相手に行使した術。各球体に、私の知り得る魔法すべてを押し込んだもの。『色彩の統率者カラーズコマンダー』の二つ名を得るキッカケの魔法。


 五つの球体は独りでに壁を形成し、迫り来る無数の球を防御した。それを突破するものは、欠片一つも存在しない。


「なんだ、その魔法は……」


 さすがは魔法司と褒めるべきかしら。


 メガロフィアは、一度の攻防のみで【色彩万魔】の概要を掴んでしまった様子。明らかに警戒の色を濃くしていた。


 私の代名詞とも言えるコレを時間稼ぎに使うなんて、誰も思わないでしょうね。


 心のうちで、私はほくそ笑む。


 ここで【色彩万魔】を切ったのは、間違いなく正解だった。お陰で、敵にこちらへ疑念を抱かせにくくできた。


 加えてこの魔法、一度発動すれば負担が少ないのよね。だって、発動後は命令するだけで良いんだもの。そのゆとりをもって、対メガロフィア術式の構築が可能だわ。


 ちなみに、一年前と違って、命令をいちいち口に出す必要はないわ。術式の改良は当然でしょう。


 私が『槍、連射』と念じると、五つの球体は秒間五発の速度で槍を放つ。


 この攻撃を受けても、メガロフィアは一切傷つかない。でも、その場に釘付けにはできるわ。魔法司の無効耐性はダメージのみであって、衝撃等は防げないもの。


 さすがの敵も、槍の弾幕は堪らないよう。焦った様子で、魔法を詠唱した。


「【ミストバースト】」


 霧が一帯に広がったと認識した瞬間、周囲が一気に爆ぜた。かなり高威力の爆風が、黄金の景色を撫でていく。


 無論、【色彩万魔】に防御命令を下していた私に、ケガはまったくない。


 今の攻撃は、火と水、風の合成魔法かしら。込められた魔力にしては威力が高い。自然現象を利用して、かさ増ししたのでしょう。


 大魔法司なんて大言を吐く割に、使う魔法は技巧寄りなのよね。敵ながら、感心できる部分が多い。


 だからといって、見逃すつもりは毛頭ないけれど。


 風の球体へ命令し、一帯を覆う爆煙ばくえんを吹き飛ばす。


 見れば、メガロフィアは新たな魔法を準備し終えていた。


「【――――】」


 キンと耳障りな音が鳴る。


 これは【五重詠唱クインタプルスペル】特有の発声現象!?


「チッ」


 さすがに予想外だった。五重詠唱は、私とオルカ、シオンで開発したフォラナーダ独自の魔法だ。敵が行使するとは思わなんだ。


 考えられるのは、私の行使より模倣した可能性。見ただけでマネするなんて、魔法司の規格外さを思い知った。


 とはいえ、感心している場合ではない。五重詠唱の直後、私の頭上から無数の矢が降ってきた。五属性のレイン系ね。


 こちらも球体を操作し、空を覆うように傘を作る。ドドドドドと激しい音が鳴るものの、矢が突破することはなかった。


「【レイ】!」


 矢の雨が途切れると同時に、続けてメガロフィアが魔法を繰り出してきた。その魔法は、気が付いた時には目前まで迫っており、もはや回避の時間はない。


 光線?


 敵の手元より発射されていたのは、光線に似た攻撃だった。魔力的に、光以外を合成して光魔法を再現した?


 見ただけでも分かるわ。これは威力特化の魔法だ。触れれば、体の大半が吹き飛ぶ類。何としてでも直撃は回避しなくてはいけない。


 私は水の球体へ命令を出す。


 球体は霧状に霧散し、私を光線ごと包み込んだ。


 直後、【レイ】という魔法が私に当たるけれど、何の痛痒もなかった。


 霧の中、私はホッと胸を撫で下ろす。


 威力特化なら、他の要素は安定性に欠けると踏んだのよ。その作戦が功を奏したわね。


 ただ、安堵は一瞬で終わり。悠長にしている余裕は、今の私にはない。


 イメージするは、私の婚約者の姿。


 命令を受けた球体たちが細かく分裂し、数多の弾丸を形成した。そして、それらは間髪入れずにメガロフィアへと降り注ぐ。


 ゼクスの魔法【銃撃ショット】をオマージュしたもの。本家ほど応用は利かないけれど、こうやって弾幕を張るのには有用な術よ。


 間断なく放たれる弾丸の嵐に対し、メガロフィアも防御に徹する他なかった。


「……あと少し」


 口内で言葉を転がす。


 ここで【色彩万魔】は使い切ってしまうつもりだ。この弾幕が切れる頃には、対メガロフィアの術式が完成する。


 次の攻撃が、運命の一撃となる。努めて冷静を装いつつ、私は術式最後の構築を進めた。


 そして、ついに【色彩万魔】が弾切れとなる。


「【ボルスランチャー】」


 攻撃の間を真っ先に突いたのは、メガロフィアだった。最上級魔法である闇の砲撃を、まっすぐ私へ向けて撃ち放つ。


 元は紫の魔法司のだけあって、彼の闇魔法の練度は一線を画していた。濃度の高い闇の威力は、特化していない私の比ではない。かすっただけでも重傷は免れないでしょう。


 その攻撃に対し、私は突っ込んだ。前のめりに足を進めた。


 瞠目どうもくする敵だけれど、魔法は止まらない。直撃する寸前になると、彼の瞳には嘲笑の色が浮かんでいた。


 そうね。専業魔法師のあなたにとって、この行動は信じられないものに映るでしょう。でも、それがあなたの限界よ。


 手のひら以下の厚さまで迫った私と【ボルスランチャー】。もはや、回避は不可能と思われる瞬間、私は体を傾けた。ひらりと舞うように、敵の砲撃のフチを沿うように、優雅に回転する。


 結果、私は前進しながら攻撃を避けた。髪の毛が数本消し飛んだけれど、ノーダメージで切り抜けた。


 残る彼我の距離は僅か。【身体強化】の前ではゼロに等しい。


 力任せの一歩で、私はメガロフィアの懐へと入り込む。


 目と鼻の先に迫ったこちらを見て、彼は叫ぶ。


「バカなッ!?」


 ゼクスが見たら赤点間違いないわね、メガロフィアは。


 私は敵の反応に付き合うことなく、彼の胸に片手を当てた。それから、満を持して魔法を放つ。


「【ブラッドバースト】」


 全属性を練り込んだ最上級水魔法によって、メガロフィアの血と魔力は一瞬で爆発する。血飛沫も一滴残さず爆ぜ、私に降りかかったのは、生臭い湿気だけだった。


「……近接戦闘の訓練、受けておいて良かったわ」


 あの地獄の鍛錬があったからこそ、最後のトドメが刺せた。世の中、どんな技術が必要になるか分からないものね。


「お疲れさま」


 魔王の単独撃破に幾許かの達成感を覚えていると、ニナがそう労いの言葉をかけてくれた。


 私は肩を竦めて返す。


「この程度、何てことないわ」


 本当は体力も魔力もギリギリなのだけれど、これくらい強がる方が私らしいでしょう。


 こちらの内心を察しているのか、ニナはその頬を若干綻ばせる。


「さすがはミネルヴァ」


「……そこで褒められると、途端に恥ずかしくなるのだけれど」


 やりにくいわ。これがカロラインなら、言い合いに発展すると予想できるのに。


 溜息を吐きながら、私は言葉を続ける。


「少し休憩したら、みんなの元へ戻りましょう」


「ミネルヴァは、しっかり休むべき」


「といっても、帰りは徒歩じゃない」


 私単独で【影歩シャドーウォーク】は使えない。ゆえに、帰りは自力で帰る必要があるのよね。


 まぁ、勇者たちは置いていっても問題ないでしょうし、私とニナなら小一時間で戻れるけれど。


 そんな風に、呑気に考えていたのが悪かったのか。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 遠方。フォラナーダ方面と思しき地点から、膨大な光の魔力が発生した。


「ミネルヴァ」


「私はいいから、先に戻りなさい」


「ごめん」


 すぐさまニナは偽神化し、フォラナーダへ向けて走り去ってしまう。


 私も追いかけたいところだけれど、このガス欠状態では足手まといだわ。せめて、もう少し魔力を回復させないと。


「肝心な時に、役に立たないなんて」


 友人たちが残る地を眺め、私は強く願う。どうか、誰一人欠けることなく、無事でいてちょうだいと。

 

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