Chapter11-2 黒(5)

※2023/01/16:

【ハイドロホロウ】を【フラッドホロウ】に修正しました。


――――――――――――――



 まずは、無詠唱で【五重詠唱クインタプルスペル】を発動。それから、私は口を開いた。


「【――――】」


 五つも詠唱が重なった影響で、それは聞き取りづらいものだった。金属がすり合わされたような甲高い音が響く。


 内訳は、【ボルスホロウ】、【ボルケーノホロウ】、【ステラホロウ】、【フラッドホロウ】、【ヴィドホロウ】。すべて最上級の魔法で、『出現させた穴が万物を呑み込む』という術よ。


 飛来した槍は各々の穴と衝突し、対消滅してしまう。


 被害なく攻撃を凌げたのは一安心だが、ここで止まる私ではなかった。【五重詠唱クインタプルスペル】の効果が持続している間に、今度は攻勢へ転じる。


「【――――】」


 再び、キンと耳障りな音が鳴る。


 それと同時に、私の目前には五つの大剣が生まれる。炎、風、土、水、闇の剣が並ぶ光景は、我が魔法ながらキレイなモノね。


 最上級であるセイバー系の魔法は、術者の剣技を読み取り、指定した対象を襲い続ける効果がある。つまり、剣士が五人も増えたわけよ。


 まぁ、この魔法、世間の評価は高くないのだけれどね。最上級まで修める魔法師が剣術も習得するなんてあり得ないもの。


 私の場合、師がスパルタだったお陰で、それなりに使えるというわけ。


 この五つのセイバー系をどうさばくかによって、メガロフィアの底が知れるわ。近接戦闘も行ける口であれば、難なく突破できるはず。そうでなければ、魔法で吹き飛ばすでしょうね。


 はたして――


「クハハッ。なるほど、傲慢になるのも納得だ。我と同じ適性を持ち、本来はあり得ない五重詠唱を行使するかッ!」


 メガロフィアが盛大に笑った直後、迫っていた五つの大剣が粉々に砕けた。


 何の前触れもないように見え、私は眉をひそめてしまう。


 だが、それも一瞬だけだ。曲がりなりにも私の魔法。破壊された瞬間を認識できないほど、甘い魔法師ではない。


 闇魔法だった。メガロフィアは自らの影を極細のワイヤーの如く変形させ、複数のそれらで大剣を切り刻んだのよ。


 とても精緻な魔力操作技術がなければ、実現できない技だった。最低でも、オルカ並みの技量があると判断できるわね。見かけによらず、器用な輩らしい。


 しかし、これでメガロフィアに近接戦の心得がないと分かった。少なくとも、魔法よりは腕が劣るのでしょう。近接戦闘の技量が高い者なら、魔法に頼らない方が対処は早いもの。


 となれば、遠く離れてペチペチ叩くよりは、距離を詰めて戦った方が楽ね。


 そう判断するや否や、私は即座に前進する。再び五つのセイバー系の魔法を出現させ、突貫させる。


「クハハ、同じ手で来るとは愚かな」


 嘲笑うメガロフィアは、新たな魔法を発動する。


 無詠唱だったのでしょう。次の瞬間には、彼の影より五体の兵士が出現していた。


 あれは闇の上級魔法、【影の兵士カオスソルジャー】ね。術者の技量を読み取る効果はないけれど、壁役としては優秀な術。


 セイバー系の魔法たちは、瞬く間に【影の兵士カオスソルジャー】を斬り伏せた。しかし、それに取られた時間は致命的。その間隙かんげきを狙われ、またもや大剣らは粉砕されてしまった。


 チッ、影のワイヤーだけなら回避も容易かったのに。そう簡単に攻めさせてはもらえないか。


 とはいえ、強襲には失敗したけれど、距離はだいぶ詰められた。少しでも隙を見せれば、懐に飛び込める距離よ。


 ここからは、近距離での魔法合戦。回避を極限まで切り詰め、攻めて攻めまくるチキンレースになる。


 私は、接近中に構築していた魔法を発動する。


「【テンペスト】」


 水、風、闇、火の合成魔法により、私をも巻き込んで、周囲一帯が嵐に包まれる。豪雨と豪風が吹き荒れ、稲妻が乱れ落ちて火花を散らし、闇がすべての視界を遮る。


 必殺と言っても良い魔法だけれど、これで決着がつくなら苦労はしないでしょう。


 向こうも動くと判断した私は、発動してすぐにその場から駆け出した。


 私の予感は正しかった。駆け出した直後に、先程まで私が立っていた位置へ、魔法矢が次々と降りかかった。


 上級のアロー系魔法ね。一発の威力は低いものの、連射性能に優れている。それはつまり――


 ドドドドドドドドドドドドドドドド。


 矢の雨が、こちらに向かって迫ってきた。私がいくら走ろうと、その後をぴったりと追ってくる。


 【テンペスト】の中にも関わらず、メガロフィアは私の位置を把握できているらしい。各属性の探知魔法対策は行っているはずなのに、どんな方法で見つけているのかしら。


 一人の魔法研究者としては気になるところだけれど、解明している余裕はないわね。向こうの精度は徐々に上がっていて、あと十秒もしないうちに捕捉さてしまうわ。


 行動を制限できないのなら、【テンペスト】の意味はない。私は強引に発動中の魔法を破棄する。


 無理やり魔法を終わらせたことで、中途半端に流された魔力は暴発した。周囲を光に包み、爆風がすべてを撫でる。当然、迫っていた魔法矢も吹き飛ばされた。


 爆煙が消え、メガロフィアの姿があらわになる。


「やっぱり、無傷よね」


 この程度で倒せるとは思っていなかったけれど、実際の目の当たりにすると落ち込むわ。


 こちらが肩を落としていると、メガロフィアは笑う。


「クハハハ、無傷なのはお互いさまだろうに。とはいえ、ここまで持ち堪えるとはさすがだ。褒めて遣わそう」


「どうもありがとう」


 相変わらずの上から目線に、皮肉交じりで礼を返す。


 まったくもって気に入らない態度だけれど、それに相応しい実力者なのは否定できないわね。ふざけた言動や格好とは裏腹に、彼の魔力操作技術は神懸かっている。“魔法を極めし者”という看板に偽りなしだわ。


 しかし、余裕ぶっていられるのも、これまでよ。


「【堕天】」


 私の詠唱とともに、メガロフィアに向かって闇が堕ちた。世界を切り取ったかのように、光を一筋も通さない黒が落下し、敵を呑み込んでいく。


 闇の最上位魔法【堕天】は、闇を堕とすという効果の術。テンペストを目くらましにして、メガロフィアの頭上に発動待機させていたのよ。


 かの魔法は、攻撃展開速度の早さが売り。しかも、範囲攻撃ゆえに逃げる猶予も与えない。メガロフィアは、ものの見事に私の攻撃を食らった。


 闇魔法なので、魔法司の無効耐性も意味はないでしょう。こちらを侮っていたのか知らないけれど、適性を没収しなかったことが仇になったわね。


 この一撃で倒せたとは思わない。でも、かなりのダメージは負わせられたはず。


 しばらくして【堕天】が晴れる。


 そこには、やはりメガロフィアは立っていた。


 だが、予想外だったのは、


「無傷、ですって?」


 敵は傷一つ負っていなかった。【堕天】発動前と変わらぬ姿――いえ、奇妙なポーズを取って哄笑を上げている。


「クハハハハハハハ。名乗ったはずだぞ、我は“黒の大魔法司”だと! 我は、手中に収めた属性すべてに無効耐性を有しているのだッ。ゆえに、貴殿の攻撃は一切通用しない! 我を傷つけられる存在など、我が最愛のみなのだよ」


 こちらを嘲笑う敵は、もはや魔法司を超えた何かだった。

 

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