Chapter11-1 一時撤退(3)

 わたくしたちが転移した先は、フォラナーダの領城でした。当初の予定では王都の別邸に向かうはずでしたが、グリューエンなどというイレギュラーが現れては仕方ありません。敵より距離を取るのは基本中の基本です。


 何より、ここの守りは別邸以上に盤石でした。お兄さまと土精霊ノマが作成した魔道具が溢れており、多くの部下たちも揃っているのですから。


 転移先である地下の訓練場には誰もおらず、わたくしたちの安堵の息のみが響きました。


 いえ、それも一瞬ですね。すぐに、ドサッという音が二つ鳴ります。


 目を向ければ、ミネルヴァとシオンが膝を突いていました。呼吸は荒く、顔色も青ざめています。


「シオンねぇ!」


「ミネルヴァちゃん!?」


 手の空いていたオルカとマリナが、慌てて二人の元へ駆け寄りました。


 心配するわたくしたちに向け、ミネルヴァもシオンも問題ないと返しますが、容態がすぐに回復する兆しは見えません。


 わたくしは唇を噛み、自らの不甲斐なさを呪いました。


 このような時こそ光魔法の出番だというのに、今のわたくしには何もできません。それどころか、一人でも満足に動けず、ニナの手をわずらわせている現状。完全に足手まといでした。


 家族を傷つけさせないよう、わたくしは魔法を鍛えていたはずなのにッ。


 力が入りすぎ、唇が切れてしまったみたいです。僅かな血が口元を滴り、口内にも独特の生臭い味が広がりました。


 ふと、ミネルヴァと視線が合いました。すると、彼女は苦笑を溢します。


「勘違いしているようだけれど、私とシオンの不調は、たとえカロラインやスキアが元の状態でも治せないわよ」


「どういうことですか?」


 こちらを慰めるつもりの発言でしょうか?


 訝しみながらも、わたくしは首を傾ぎます。


「私とシオンは、先の転移魔法で魔力をゴッソリ持ってかれたの。要するに、魔力不足による体調不良よ。そんなの治せるのは、規格外の【魔力譲渡トランスファー】を使えるゼクスくらいでしょう」


「ご心配をおかけして申しわけございません、カロラインさま、スキアさま。ですが、ミネルヴァさまの仰る通り、私たちは転移魔法で魔力を使いすぎただけなのです。あなたさま方がお気に病まれる必要はございません」


 シオンも同意している辺り、魔力不足なのは事実なのでしょう。こういった際に、彼女は下手な誤魔化しなどしませんからね。


 深刻な状態ではないと分かり、ホッと息を漏らすわたくし


 対し、ミネルヴァは溜息を吐きました。


「私たちの心配よりも自分たちの心配をしなさい、カロライン、スキア。あなたたちの方こそ、【魔力視】さえ使えないくらい疲弊してるじゃない」


「「……」」


 返す言葉もありません。


 適性を奪われた影響か、今のわたくしは満足に魔法を扱えません。ミネルヴァやシオンの魔力残量を確認できなかったのは、そのためでした。これはスキアも同様でしょう。


 こちらの反論がないと認めたミネルヴァは、再び溜息を吐きました。


「まぁ、いいわ。今はもっと大事な話があるもの」


 彼女の言葉に合わせ、場にピリッと緊迫した空気が流れました。


 大事な話が何なのかは、論をまちません。


 救援に駆けつけてくれた御仁は、わたくしたち以上の実力者でした。ですが、彼の言が正しいのであれば、三分しか足止めできないとのこと。いくら強者でも、三分でグリューエンを滅することは不可能でしょう。


 ならば、こちらも準備を整えなくてはなりません。猶予が如何いかほどかは不透明なので、迅速な行動が肝要です。


 そのように緊張感を高めるわたくしたち。


「はいはい。落ち着こうね」


 しかし、オルカの調子の軽い声が、その張り詰めた空気を緩めてしまいました。


 何をやっているのかと彼を見るわたくしでしたが、逆に心底呆れた風な視線を浴びせられてしまいました。何故?


 彼は仰ります。


「グリューエンへの対抗準備をするのは賛成だけど、疲労困憊の四人には何もさせないよ」


「何を――」


「だから、落ち着きなって」


 反駁はんばくを試みるミネルヴァでしたが、オルカに制されました。彼には珍しい冷たく重苦しい声が、その本気具合を際立たせています。


「緊急事態ではあるけど、ロクに動けないキミらは足手まといだよ。大人しく休憩して、最低限のモチベーションを取り戻すべきじゃない?」


 まったくもって正論でした。誰かの手を借りねば動けないわたくしたちは、足手まとい以外の表現はできません。グリューエン対策を整えるにしても、まずは休息が優先事項でしょう。


 異論がないことを認めたオルカは、満足げに頷きました。


「とりあえず、移動しようか。そろそろ三分経っちゃうし」


「い、急いだ方がいいんじゃ?」


 “三分経過”の言葉に、ユリィカが焦った様子を見せました。


 ですが、オルカは動じません。


「焦る必要はないと思うよ。あの御仁の正体は分からないけど、グリューエンよりも圧倒的に強かった。あんなのに三分もあしらわれた彼女が、疲弊しないわけがない」


「敵も休息に入る?」


「たぶんね」


 ニナの問いかけに彼は首肯し、「それに」と続けます。


「あの御仁は、おそらくゼクスにぃの知り合いだと思う。『友の家族を助けに来た』って言ってたから。あと、『ここまで読んでた』云々とも言ってたことから鑑みるに――」


「ゼクスさまは、この展開を予想してたってこと~?」


「完璧に予想してたとは思わないけど、近い状況を想定してたんじゃないかな。ゼクスにぃが動けず、ボクらがグリューエンと相対してしまうって感じで」


「ほとんど当たってるじゃない」


 マリナの質問にオルカが答えると、ミネルヴァは溜息混じりに呟きました。


 彼女に同意するのは癪ですが、仰る通りですね。もしオルカの予想が正しいのであれば、お兄さまは今までの展開を読み切っていらっしゃったことになります。さすがはお兄さま!


 心のうちで絶賛するわたくしとは裏腹に、オルカは首を横に振りました。


「違うよ。ゼクスにぃが想定したのは、あくまで最悪の結果・・。そこに至る過程・・は読めてなかったと思う」


「断言する根拠は?」


 ニナの問いは、相槌に近いものでした。彼女も、『お兄さまは過程までは読み切れていなかった』という説を推しているようです。


 オルカは真剣な面持ちで答えます。


「過程を予想できてた場合、ゼクスにぃなら、まず間違いなく、どこかで計画自体を潰してる。ボクたちを危険な目に遭わせないように、ね」


「「「「「「「「嗚呼」」」」」」」」


 この場にいた全員が――話の内容を理解できていなかったヴェーラも含めて――得心の声を漏らしました。


 指摘されてみれば、当然の結論でしょう。成長に繋がるのなら多少の危険は目をつむるお兄さまですが、決してわたくしたちを害したいわけではありません。むしろ、過保護とも言えるレベルで脅威を排除していると思われます。


 “思われます”などと曖昧な表現なのは、その脅威自体をわたくしが認知していないためでした。いくつかは既知のものもありますが、大半は未知。お兄さまの様子を窺い、何となく『今はトラブルを解決していらっしゃるのだな』と感じているだけです。


 おそらく、こちらに心配をかけないための配慮なのでしょう。徹頭徹尾、お兄さまはわたくしたちを守ろうと行動していらっしゃいました。


 普段のお兄さまであれば、魔王復活という問題を見過ごすはずがございません。辿る過程が判明すれば、真っ先に潰してしかるべきです。オルカの推論は、とても説得力がありました。


 こちらの様子を認め、オルカは話を続けます。


「話を戻すよ。最悪を想定してたゼクスにぃなら、ボクたちが疲弊した状態でグリューエンと対峙するのも考慮してたはず。その対抗策があの御仁だとしたら、きっと三分以上の時間稼ぎを成功させてくれると思うんだ」


「願望が含まれてる気がするけど……」


「すでに三分は過ぎてるし、当たってると考えていいかもねぇ」


 苦言を呈するニナでしたが、マリナの言う通り、かの御仁が提示した時間は過ぎ去っていました。


 オルカは肩を竦めます。


「希望的観測だったのは否定しないよ。でも、どちらにしろ、三分程度じゃ準備は整えられなかった」


 正論ですね。仮に三分キッカリの時間稼ぎだった場合、こちらは為す術もなかったでしょう。


「それじゃあ、各自、やるべきことをやろうか。猶予ができたとはいえ、無制限じゃないからね」


 オルカの締めの言葉に、全員がしかと頷きました。


 わたくしはまず休息です。一刻も早く、この不調を整えなくてはいけません。

  

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