Chapter11-1 一時撤退(4)

 グリューエンより撤退して一時間後、わたくしたち全員はリビングに集まりました。


 ――嗚呼、ヴェーラちゃんは別です。彼女は部下の一人に面倒を見てもらっています。話し合いに参加しても意味がありませんから。


 無論、体調を崩していた四人は完治しております。


 ミネルヴァとシオンは、お兄さま直伝の魔力回復法と備蓄されていたお兄さま作の魔力回復料理によって完全復帰。懸念事項だったわたくしとスキアも、時間経過とともに持ち直しました。


 オルカやミネルヴァの見立てでは、魔法適性の欠落のせいで、体内魔力のバランスが崩れたことが原因ではないかと。前例はないので、経過には注意が必要ですけどね。


「魔道具はほぼ全滅。使用人と騎士は古参を除き全滅。暗部も無事なのは半数程度、か」


 集合したわたくしたちは、現在のフォラナーダの戦力情報を共有しておりました。


 先のオルカの言葉がすべてであり、芳しい状況とは言えません。グリューエンが開幕に放った【永劫の黄金】の影響で、部下たちの半数以上が黄金の夢へと堕ちていました。


 しかも、その効果はヒトに留まりません。物資も黄金化していました。魔道具はまったく起動できず、食料も口に運べる状態ではなくなってしまっております。


 お兄さまの設置された結界装置をも突破していたのですから、その浸透性は恐るべきものでした。かろうじて残っていたのは、地下深くに保管されたもの程度です。


 次いで、ミネルヴァが口を開きます。


「軽く調べた感じ、【永劫の黄金】は文字通り“黄金化”させる魔法ね。色が黄金になっただけではなく、根幹から金に変質しているわ。ただ、強度は折り紙付きよ。最上級魔法にも耐え得る固さを有しているわ」


「突発的な戦闘に巻き込んでも、黄金化した誰かが命を散らす心配はなさそうかな?」


 オルカの問いはかなり重要でした。


 わたくしたちが今後戦闘を行えば、黄金化してしまった一般人を巻き込むのはほぼ確定でしょう。彼らの強度次第では、戦い方も一考しなくてはいけません。


 対して、ミネルヴァは頷きます。


「おそらく大丈夫よ。裏山の木々で試したけど、一切傷つかなかったわ。人的被害のみならず、市街で暴れても損害は軽微で済みそうよ」


「不幸中の幸いだね。ただでさえ、今の環境は僕たちに不利なものが多いし」


「本当に、ね。それと、黄金化している人々の命に、別状はないと思うわ。金に変質したと同時に、命も固定化されているみたい。これが長期的に続いたら分からないけれど、喫緊の課題ではないわ」


 絶対にとは言えないけど、と最後に付け足す彼女ですが、その所感は間違いないように思います。【永劫の黄金】という光魔法は、グリューエンの語った内容がすべてなのだと感じます。ミネルヴァ以上に根拠のない、ただの勘ですけれど。


「食料はどれくらい持ちそう?」


 オルカの問いに答えるのは、シオンとマリナでした。


「幸い、地下に保管されていたものは影響を受けていません。しばらくは生存者……いえ、適切な言い方ではありませんね。訂正いたします。しばらくは戦闘可能者が飢えることはないでしょう」


「具体的には、贅沢に振舞っても半年は大丈夫かなぁ」


「なら、食料面の心配はいらないか」


 全員に安堵の色が浮かびます。


 『腹が減っては戦はできぬ』というコトワザもある通り、食事を侮ってはいけません。空腹のままでは身体が思い通りに動かなくなりますし、ストレスがかかって魔力回復も阻害されます。強敵を相手にする現状、パフォーマンスの低下は絶対に回避したいことでした。


 料理の腕が確かな面子も残っているので、そちら方面で瓦解がかいする愚は起こらないでしょう。


「使い物になる魔道具は、ボクらの所有する『魔電マギクル』とカロンちゃんの『シャルウル』、あとはゼクスにぃたちの試作品が数点かぁ。せめて、転移系が一つでも残ってたら楽だったのに」


 黄金に染まった魔道具は、その機能を完全停止しております。故障というよりは封印に近い状態であり、現状の手札で再起動させることは叶いません。


 ちなみに、試作品の多くは日常生活を豊かにする類で、現状で役に立ちそうな代物はありませんでした。彼がまとめたリストにも目を通しましたので、掘り出し物などもないです。


 ミネルヴァが首を横に振ります。


「ないものねだりしても仕方ないわ」


「分かってるよ。今ある手札で勝負するしかない」


 オルカは口元を両手で覆い、熟考されます。それから程なくして、再び語り出しました。


「とりあえず、ここは放棄しよう。最低限の荷物をまとめて、隠れ家の一つに移動する」


 隠れ家とは、お兄さまが“念ために”と用意されたもの。各地に存在する、隠密用の家屋でした。


「籠城しないのですか?」


 当初とは異なる予定に、わたくしは疑問を呈します。


 対し、オルカはしかと頷きました。


「計画を変更せざるを得ないんだ。籠城は、城に配備された魔道具等を前提としたものだった。それらが使えない以上、この広い拠点を守り切るのは不可能だよ」


「それに、フォラナーダがフォラナーダの領城にいるなんて、狙ってくださいと宣言しているようなものじゃない」


 彼の説明とミネルヴァの補足を受け、わたくしは納得いたしました。


 たしかに、この城を拠点にするには、魔道具も人員も足りないですね。元々は、結界系の魔道具を使った持久戦を想定していたのですから。


 露見しやすい居場所というのも、宜しくありません。的になること待ったなしです。


 こちらの得心を察したのか、オルカは説明を続けました。


「正面切っての戦闘はナシだ。負けることはないけど、勝てもしないからね。消耗は避けるべき。よって、今後は少数精鋭の隠密行動を心掛けてほしい」


 理に適った判断です。城に留まれない以上は、部下たちをぞろぞろ連れて移動はできません。少数での隠密行動は良いと思います。


 戦力分散は気になる点ですが、このまま固まっていても事態は好転しませんので、捨て置きましょう。


 ニナが問います。


「割り振りは?」


「この場にそろう面々はセットだね」


「何故?」


「グリューエンに拮抗できる戦力を分散するのは、リスクが高すぎる。相手も将来的な脅威と考えるはずだから、積極的に潰してくるよ」


「なるほど。襲われても撤退できるように、と」


「そういうこと。ここの全員がそろってれば、なす術もなく負けることはないでしょ」


 納得です。もしわたくしが敵なら、真っ先に叩くのはわたくしたちでしょう。それを分散するのは愚の骨頂ですね。


「部下たちの割り振りはシオンねぇに一任するよ。大丈夫?」


「はい、承知いたしました」


「よろしくね。誰がどこの隠れ家に移動するかは、あとで伝える。移動開始時刻は……今から三十分後としよう。それまでに準備を整えてね」


「「「「「「「はい!」」」」」」」


 わたくしを含めた全員が返事します。


 それを認めたオルカは首肯し、質問があればどうぞと口にした。


「オルカ」


「なに、カロンちゃん?」


「ヴェーラちゃんは、どうするのでしょう?」


 ここまで共に行動してきた彼女の処遇を尋ねます。分かり切っている質問なのは重々承知でしたが、訊かずにはいられませんでした。


 オルカは一瞬だけ寂寥を瞳に湛えた後、決然と答えます。


「別行動だよ。ヴェーラちゃんは部下に任せる。ボクたちに付いてきた方が、彼女にとって危険が多い」


「……そうですね」


 当たり前の結論です。狙われる可能性が高い場所に、戦闘力がほぼ皆無の子どもを置いておく意味はありません。


 それでも寂しく感じてしまうのは、それだけヴェーラちゃんに情を寄せていた証左なのでしょう。部下の皆さんは信頼していますが、目の届かないところに彼女を送ることが、とても心配です。


 とはいえ、これがワガママなのは理解しております。ヴェーラちゃんの安全のためにも、この感情は抑え込まなくてはいけません。


「じゃあ、三十分後にまた集合し――」


 その後、いくつか質疑応答を終え、オルカが解散のセリフを口にしていた途中、


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!


 突如として、城外より轟音が鳴り響きました。


 わたくしたち全員は、反射的に探知魔法の範囲を拡大させます。訓練の賜物ですね。


 異常が引っかかったのは、フォラナーダ領都の外壁近く。なだらかに広がる平原の一画でした。


 そこに存在したのは四つの反応。


 一つは一顧だにも値しません。この熱源反応は魔族に違いありませんから。十中八九、グリューエンの派遣した手先でしょう。


 問題は残る三つでした。


 何故なら、勇者ユーダイに、ニナの妹リナ、聖女セイラというわたくしたちが見知った方々だったのですから。


 疑問はいくつも浮かびます。どうやって【永劫の黄金】から生き延びたのかとか、王都にいたはずの彼らが何でフォラナーダにいるのかとか。


 しかし、それらの回答を考慮する時間は残されていません。彼らは魔族との戦闘の真っ最中であり、かなり追い詰められている様子なのです。


「行ってくる」


 妹の身を案じてか、ニナは超特急で件の戦闘へ駆けて行ってしまいました。


 オルカが額に片手を当てます。


「色々と疑問はあるけど……予定変更。彼らから情報を聞き出した後に、今後の作戦を決めるよ」


 彼の意見に異論などありません。わたくしたちは無言ながらも首を縦に振りました。

 

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