Chapter11-1 一時撤退(2)

明けましておめでとうございます。

今年も頑張って執筆していきますので、よろしくお願いします。


――――――――――――――



 何か仕掛けてくるのは明白。わたくしたちは一斉攻撃を見舞いますが、すべて無効耐性か障壁に阻まれてしまいます。


 そうして、ついに事態は動き出しました。


「ぐっ」


「うあ……」


 突如として、わたくしは強烈な虚脱感に襲われたのです。振り向く余裕はございませんが、声からしてスキアも同様でしょう。両手両足を地につけ、一歩も動けなくなってしまいます。


「カロンちゃんの髪がッ」


 マリナの慌てた声が耳に届きました。


 見れば、視界の端に映るわたくしの髪が、いつの間にやら紅色に変わり果てているではありませんか。見慣れた金色は、どこにも存在しません。


 金色が消失する。それが示す事実は――


「まさか、光属性を奪った?」


「大当たり~」


 オルカの呆然とした呟きに、グリューエンは意気揚々と答える。


「魔法司は、世界中の自属性を思い通りに操る権能を持ってるからねぇ。今この瞬間をもって、この世界にいる・・・・・・・光魔法師は私一人になったのさ」


「ッ」


 わたくしは息を呑みました。


 魔法司の特性については、事前に伺っていました。その中に、担当する属性を自在に操れる力があることも。


 しかし、ここまで簡単に行えるとは想定外でした。何せ、矛を交えていたにも変わらず、一向に行使する気配がなかったのですから。何らかの手順が必要なのだと勘違いしておりました。


 それに、この属性奪取は、奪われた側にかなりの負担を強いるものでした。魔力をほぼ使い切った時や高熱の風邪を引いてしまった時よりも酷いです。


 今は何とか四つん這いを維持していますが、少しでも気を抜くと、気を失ってしまいそうなほどの脱力感があります。視界はグワングワンと揺れ、手足の先も感覚が薄いのです。


 足手まといが二人も生まれた現状。どう考えてもマズイものでした。しかも、当のグリューエンが、わたくしたち光魔法師を優先して狙う可能性が高いのですから、なおさら苦境だと言えましょう。


 ……役立たずは御免です。


 絶不調を押しのけ、俯いていた顔を気合で持ち上げました。視界に、悠然とたたずむグリューエンが入ります。


 こちらの必死さを見た彼女は、心底楽しそうに笑いました。


「あはははは、必死に頑張るね。でも、無駄な努力なんだよねぇ」


 グリューエンは一つ指を鳴らしました。


 途端、出現するのは数多の影者えいじゃ。彼女の周りの地面から、まるでキノコのようにニョキニョキと生えてきました。


「私が復活する時、世界中を光が覆ったと思うんだけど、あれってタダの演出じゃないんだよ。まぁ、周りの景色が黄金化してる時点で、何となく察してたとは思うけど。【永劫の黄金】って魔法でね、浴びた対象に『永久の理想の夢』を見せた上で、対象と同能力の影者えいじゃを生み出すの」


 それはつまり……


「要するに、世界のすべてが私の手駒。しかも、影者えいじゃは何度でも再生可能だから、尽きることもない。逆に、あなたたちの味方はほとんどいないね。だって、眠ってるんだもん。あははは」


 ケタケタと笑うグリューエンは、まさに魔王そのものでした。


 世界中の人々を夢に閉じ込め、さらには傀儡にしてしまうなど、正気で行える沙汰ではありません。


 何百何千の影者えいじゃわたくしたちを囲んでいき、もはや逃げ場はありませんでした。いくらわたくしたちでも、無限をさばき切ることは不可能です。


 唯一の望みはミネルヴァたちの魔法ですが、そちらもまだ完成しておりません。


 皆が渋面を浮かべ、それでも抗ってみせようと身構えました。


 それを認めたグリューエンは笑声を大きくし、ついに影者えいじゃたちへ攻撃の指示を出しました。


「じゃあ、死んじゃおうか。安心して。あなたたちの死体は、私の正しい復活・・・・・のために有効活用するから」


 軽い口調ながら、とても冷たい声音。


 動き出す敵を前に、わたくしたちも覚悟を決めます。


 ところが、事態は予想外の方向へ転がりました。


 ドドドドドドドドドドドドド!!!!!!


 突如として、光が降ってきたのです。いえ、正確には魔力の塊が、影者えいじゃの群れを撃ち抜いていきました。一つ残らず満遍なく、一切合切を殲滅してきます。


 一掃が完了するまで十秒とかかりませんでした。


直後、白髪の男性がわたくしたちとグリューエンとの間に降り立ちます。


 一瞬、お兄さまかとも思いましたが、まったくの別人でした。たいそう整った顔立ちですが、お兄さまとは比べるべくもありません。


 その方は、その黒い眼をコチラに向け、シッシッと手を振ります。


「ここは俺に任せとけ。嗚呼、俺の素性は尋ねるなよ。そんな暇はねぇから」


 気安い調子で言いたいことだけ仰った彼は、わたくしたちより視線を切りました。彼の目には、もうグリューエンしか映っておりません。


 魔王は、不快そうに表情を歪めていました。


「せっかくのショーを邪魔するなんて、あんた何者?」


 そう怒気を放つ間、彼女の周りには影者えいじゃが再出現していました。先の説明通り、いくらでも補充できるようです。


 対する男性は、何の気負いもなく肩を竦めます。


「友の家族を助けに来たお人好しかね。いや、補助具を貰ってるから、お人好しとは違うか? まぁ、ここまで読んでいたアイツの頭の中がスゴイってことで」


「何を意味の分からないことをッ」


 二人は会話をそこそこに、戦闘を開始してしまいます。


 男性の身を心配していたわたくしですが、すぐにその考えを改めました。


 何故なら、彼はグリューエンを圧倒しているのですから。ダメージは与えられていませんが、あちらの攻撃を統べて完封していらっしゃいます。わたくしたちを守りながら、です。


 しかも、彼にはまだ余裕がありそうでした。あのグリューエンや影者えいじゃの群れを相手にし、加えて、向こうの有利な状況にも関わらず、片手間にあしらっているのです。只者ではありませんでした。


 あまりの威容に呆然としていると、彼が声を上げます。


「ボーっとしてる暇があったら、さっさと撤退してくれない? 俺が出張れるの、三分だけなんだよ」


 それを受け、我に返るわたくしたち。


 ニナがわたくしを、ユリィカがスキアを抱え、撤退の準備を進めるミネルヴァたちの元へ後退しました。あとは、魔法が完成するのを待つのみです。


 そして一分後。ミネルヴァとシオンが声を張り上げました。


「「【影歩シャドーウォーク】!」」


 かつて魔女が使っていたという、闇の転移魔法。それを呪いナシで使用できるよう改良したものが、二人の行使した術でした。


 発動とともに地面が黒く染まり、わたくしたちの体は沈んでいきます。


「チッ、待ちなさいよ!」


「行かせないってば」


 グリューエンが阻止しようと手を伸ばしましたが、こちらまで届くことはありません。


 こうしてわたくしたちは、魔王からの撤退を成功させるのでした。

 

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