Chapter11-1 一時撤退(1)

本日よりChapter11開始です。

大晦日と若干キリが悪いですが、よろしくお願いします。

良いお年を!


――――――――――――――




 すべてが黄金へと染め上げられた、目に痛いほどの煌びやかな世界。しかし、【魔力視】越しで見ると、その醜悪さがよく分かります。


 汚泥の如き呪いが、世界中を覆っていました。適性的に、呪物や魔女などを目にする機会が多いわたくし――カロラインですが、ここまでの現象を体験するのは初めてです。まさに、呪いの海に浸かっているとも表現すべき状況でした。どこを見渡しても、呪いが蔓延まんえんしております。魔力で身を包んでいなければ、たちまち侵食されていたでしょう。


 そして、


「アハハハハハハハハハハハハ」


 この事態を引き起こした元凶が、わたくしたちの目前で高笑いをしていました。


 ――西の魔王、真の名を金の魔法司グリューエン。人類最大の敵と語り継がれてきた伝説。光魔法師の頂点でもある難敵。そのような災厄が、今この時を持って復活してしまいました。


 豊かな金髪と輝く金眼を有する、二十歳前後の美女。容貌こそ芸術品の如く美しいグリューエンですが、その中身は恐ろしいほど醜いものでした。憎悪と嫉妬を多分に含んだ呪い。それが体の内側でひしめいているのです。


 外面と内面のギャップは、世界の現状と瓜二つですね。『彼女の復活に共鳴して、世界も同様に変質した』と言われれば、納得してしまいそうなくらい。


 オルカの機転によって黄金化する光を防いだわたくしたちですが、状況は芳しくありませんでした。


 まず、お兄さまがいらっしゃらないこと。先の事件の首謀者を連行したまま、あの方は帰還しておられません。魔法司に対する最大戦力が欠けているのは、非常にマズイと申せるでしょう。


 次に、わたくしたちが万全の体勢ではないこと。直前まで別の敵と戦っていたため、魔力や体力を幾許か消費していました。しかも、魔力阻害を展開されていたせいで、それらの消費は通常よりも大きかったのです。


 皆、連戦も大丈夫なように調整はしたのでしょうが、さすがに魔王はその範疇に含まれないと思われます。


 最後に、前述もしましたが、世界中に呪いが蔓延まんえんしていること。大気を埋め尽くすコレらのせいで、先程よりも増して魔力阻害が酷いです。闇雲に魔法を放てば、あっという間に倒れてしまうでしょう。


 実力的には、して離れていない風に感じますが、あらゆる要素がわたくしたちの勝利を遠ざけていました。


 一応、わたくしたちも無効を貫通する術は有していますが、お兄さまに比べたら稚拙ちせつ。消耗している状態で使っても、彼女を打倒するには至らないでしょう。


 それでは、こちらの手のうちを無駄に明かす結末になってしまいます。ゆえに、この場でのぶつかり合いは、絶対に避けるべきだと判断できました。


 わたくしたちは、呆然と立ち止まっているわけにはいきません。


「シオン!」


「ッ。承知いたしました!」


 ミネルヴァの鋭い声にシオンが我に返り、二人は即座に寄り添います。


 それから、ミネルヴァは他の皆へも指示を出しました。


「プランSよッ」


 彼女の言葉は実に短いものでしたが、内容はヴェーラちゃんを除く味方全員にしかと伝わりました。


 プラン・Shadowシャドー。ミネルヴァとシオンの魔法による撤退を念頭に置いた、遅滞戦術作戦です。二人が術式を完成させるまで、指一本触れさせないよう立ち回るのが、わたくしたちの役目でした。


 ただ、アレンジは必要でしょう。この場には非戦闘要員のヴェーラちゃんがいらっしゃるのですから。


「スキアとユリィカさんはヴェーラちゃんを守ってあげてください」


「「はい」」


 傍にいらっしゃる二人へ小声で指示を出し、わたくしは一歩前へ出ます。


 グリューエンは光魔法師を狙うと聞いていますが、事ここに至っては、呑気に待機していられる余裕はありません。わたくしも戦線に加わり、全力で敵を抑えるのです。


 こちらの戦意を認めたグリューエンは哄笑を止め、それまでとは異なる笑みを浮かべました。嘲笑と意地の悪さを煮詰めた風な、悪辣あくらつな笑顔を。


「へぇ、この私と戦うつもりなんだ。いくら私が本調子じゃないとはいえ……死ぬよ?」


「やってみなくちゃ分からない」


 挑発的なセリフに合わせ、ニナが突っ込みました。すでに偽神化を発動しているらしく、一瞬のうちに敵の懐へ飛び込んでいます。


 いえ、それだけではありませんね。いつの間にか、オルカが強化バフを施していたようです。ニナの身体能力は、もはやヒトの域を超えておりました。


 次の瞬間、グリューエンは後方へ吹き飛びました。わたくしの動体視力では追い切れませんでしたが、おそらくニナが蹴りを放ったのでしょう。無効耐性持ちでも、運動エネルギーを伝えることは可能ですからね。この辺りは、お兄さまが実証しておりました。


 挑戦的な受け答えをした彼女ですが、心のうちは冷静を保てているみたいです。


 今の一撃に剣を使わなかったのが良い証拠。ダメージを与えるのではなく、距離を離したうえで時間を稼ぐことを優先しているのですから。


 中空を舞う敵は、実に無防備でした。受け身を取ろうとする気配すら感じられません。


 無効耐性に絶対の信頼を置いている彼女は、防御方面を完全に捨てているのでしょう。そのようなものを学ばずともカスリ傷一つ負わないため、当然と言えば当然ですね。


 ですが、その慢心が付け入る隙になります。


「マリナ、合わせますよ!」


「了解!」


 わたくしはマリナに声を掛け、光魔法の術式準備へ移行しました。


 マリナも【位相隠しカバーテクスチャ】より契約精霊を呼び出し、指示を出します。攻撃ゆえに、最初から火精霊エシの方ですね。


「エシちゃん、プロミネンス!」


「!」


 エシは周囲の魔力を震わせると、紅い炎を幾本も噴射しました。極太の紐の如きそれは、宙を自在に動き回ってグリューエンを目指します。


 その攻撃に合わせ、わたくしも魔法を発動しました。


 ――【磁光付与】


 光魔法の中でも電撃に寄った力を、マリナたちが放った技へ与えました。それにより、紅い炎の群れはバチバチと稲妻を帯びて突き進みます。


「むっ」


 先の戦闘を含めて初の魔法行使でしたが、想像以上に魔力を持っていかれますね。この感覚だと、元の魔力量が少ないマリナは、早々に戦闘不能におちいってしまうでしょう。遅滞戦術とはいえ、あまり時間をかけるのは宜しくありません。


「チッ」


 殺到する攻撃を目の当たりにしたグリューエンは、眉をひそめました。付与された光魔法を感知したのでしょう。即座に光魔法による障壁を展開しました。


 魔法司は、自属性の魔法は無効にできません。ダメージを受けると分かっているものを、真正面から受けるバカではないようです。


 大音声だいおんじょうを轟かせ、紅い炎は爆散しました。熱風が拡散し、周囲の建物や地面に亀裂を走らせます。


 ところが、肝心のグリューエンは無事でした。土煙を裂いて落ちてきた彼女は、傷一つ負っていませんでした。


 相当の威力を込めたのですが、敵の障壁を貫くには足りなかったようです。伊達に、魔法司の一枠を担っていませんね。魔法技量に関してはわたくしたちと互角か、それ以上かもしれません。


 グリューエンの着地に合わせ、オルカが土杭を大量に発生させましたが、彼女は意にも介しませんでした。杭の切っ先は彼女の体に触れると同時に停止し、ピクリとも動かないのです。


 すかさずニナが斬りかかりましたが、そちらも同様。刃が触れても傷が生まれません。


 やはり、無効耐性が厄介すぎます。どのような攻撃も通らないのですから。


 わたくしの攻撃は唯一通じますが、グリューエンは普通に戦っても強い実力者。簡単には受けてくれません。


 剣撃が無駄だと判断したニナは、素早くこちらまで後退してきました。それから、チラリと最後衛のミネルヴァたちを窺います。


 二人の撤退準備は、まだ時間がかかりそうでした。グリューエンに出来るだけ悟られないよう気を付けているため、余計に時間を要してしまっているのでしょう。もどかしいですが、こればかりは我慢するしかありません。


 戦闘に一呼吸の間が空いたところ、今まで受け身だったグリューエンが口を開きました。


「強い強い。本当に、私と同格くらいの強者じゃん。特に獣人の剣士は、圧倒的に私より強い」


 まぁ、魔法司に剣なんて無意味だけど、と嘲笑う魔王。


「そろそろ様子見も飽きてきたし、こっちの目的を果たさせてもらおうかな」


 そう語った彼女は、両手を大きく広げました。

 

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