Interlude-Bruce 『風刃』の生涯

 俺──ブルースの人生は、最初からクソッタレなものだった。


 都市国家群の某国で娼婦を勤めていた女が母親だったそうだが、よりにもよって俺を奴隷商人へ売りやがったんだ。


 だから、物心ついた頃より冷飯が当たり前の生活だった。薄暗い牢屋が俺の世界のすべてで、そのことに疑問を一切抱かなかった。


 しかし、そんな生活にも転機が訪れる。


 俺を飼っていた奴隷商人は違法な商売を手掛けていたらしく、騎士と冒険者の連合が押し入ってきたんだ。結果、奴隷商人は死に、俺は外の世界へと放り出された。


 俺は、国営の孤児院へ預けられる運びとなった。


 当時の俺は、世界が広がることへの不安と期待を胸に抱いていたと思う。それが、滑稽なほど甘い夢とも知らずにな。


 戦乱に塗れた都市国家群、しかも小国の孤児院が、まともに運営されているはずがなかったんだ。正直言って、奴隷だった時の生活の方がマシだっただろう。


 食事は一日一食で、固いパン一つ。院長には暴力を振るわれる毎日。年上の子どもたちに至っては、違法商売を手伝わされていた。薬の運搬やら、春を届けるものやら。


 クソッタレな生活の中で、俺は一つの真理に辿り着く。


 嗚呼、この世の中は力が正義なんだ、と。


 力がないから、俺は奴隷商人へ売られた。力がないから、奴隷商人は駆逐された。力がないから、孤児院の子どもたちは院長に逆らえない。


 この事実に納得した俺は、それ以来、爪を研ぐことにした。


 まずは、院長の日毎のスケジュールを確認。極力ハチ合わさないように心がける。あいつは孤児たちの顔なんてマトモに覚えてないから、簡単に身を隠せた。


 次に食事の改善。これは色々行ったが、最終的には市場での盗みに落ち着いた。スラムの子どもに紛れられるのが最大の利点。


 そして最後は、自らの鍛錬だ。力を得るために、様々な訓練をこなしたよ。筋トレや走り込み、見よう見まねの短剣術とかな。まぁ、短剣は果物ナイフだけど。


 そうやって研鑽を積むこと幾年か。おおよそ二桁の年齢に至った俺は、ついにその牙をあらわにした。


 院長を殺したんだ。果物ナイフでザックリと。


 他の孤児たちは大混乱だったが、気にしなかった。俺はすぐさま孤児院を飛び出し、国の外へ向かった。


 元々、殺す予定だったんだ。当然ながら、逃亡ルートもある程度考えていた。


 まぁ、今思えば、無謀な作戦だったよ。子どもの足で国外逃亡なんて、普通は無理に決まっている。


 しかし、俺には幸運の女神が頬笑んだ。追手より先に隣国へ逃げ込め、晴れて自由の身となった。


 そこから先は、そう難しい話ではない。冒険者になり、頭角をあらわした。俺には才能があったようで、独学でも問題なく強くなれたんだ。


 とはいえ、やはり時間は相応に必要だった。下積み時代は屈辱の連続だったし、危うく命を落としそうになる場面も多々あった。


 それでも、俺は僅かな幸運を掴み、二つ名持ちのランクA冒険者へと至った。その頃には帝国で活動しており、皇族の方々にも覚えめでたい実力者となった。


 元奴隷がここまで昇り詰めるなんて、誰が信じるだろうか。


 俺は有頂天だった。金に酒に女に、何一つ不自由ない生活を送った。


 だが、絶頂の後には下り坂が存在する。俺の幸運の女神が頬笑んでくれたのは、ここが最後だった。


 依頼中の、何てことない些細なミス。それによって、俺の右足は動かなくなった。


 冒険者にとって、体の不自由は致命的。俺は引退を余儀なくされた。


 金は存分にあるが、今後のことを考えると、無闇に散財するわけにもいかない。俺の生活は、たった一日で様変わりしてしまった。


 栄華を極めていたのに、あっという間の急転落。俺は酷く絶望し、同時に怒りが湧いた。こんなところで終わって堪るかと、日々日々鬱屈な感情を湛えていった。


 あの女から提案があったのは、そろそろ心が折れそうな時だった。


 聖王国第一王女のアリアノートが、俺を治療してくれると言うんだ。代わりに、聖王国へ来て欲しいとのこと。


 何か裏がある。長年培った勘がそう告げてきたが、止まれなかった。彼女の提案に飛びつき、俺の右足は自由を取り戻した。


 再び幸福の絶頂が訪れた俺だったが、長くは続かない。何故なら、一介の貴族令嬢に手も足も出ずやられてしまったからだ。


 フォラナーダとやらが規格外に強いとは聞いていた。しかし、二つ名持ちに及ぶとは想定外だった。


 俺のプライドはズタズタに切り裂かれた。そして何より、弱者でいることを、俺の矜持が許せなかった。


 力が正義である以上、もっと強くならなくてはいけない。


 俺は死ぬ気で特訓をした。血反吐を吐きながらも、ガムシャラに鍛え続けた。だが、フォラナーダの背中は酷く遠く、一向に追いつける気がしなかった。


 アリアノートから再び声をかけられたのは、特訓に行き詰まった折だった。人間をやめても良いなら、今以上に強くなれますよ、と。


 この時、確信したね。この女、これを狙っていたんだ。俺の性を理解した上でフォラナーダにぶつけ、この誘いを受けざるを得なくしたんだ。


 アリアノートの提案に乗った俺は、文字通り生まれ変わった。あらゆる苦痛の実験を乗り越え、他の追随を許さない力を手に入れた。


 あの女に首輪をかけられたのは不本意だが、仕方ない。あいつと事を構える方が危険すぎる。


 何せ、かの『西の魔王』と通じており、弟である第三王子を平然と切り捨てるような奴だからな。曰く、『気づいた時には手遅れだった』らしいが、どこまで本音なのやら。


 第三王子も哀れな奴だったよ。魔王の贄として、幼い頃より心を歪ませられていたそう。その上、色なしの小娘に利用価値があるなんて嘘を吹き込まれ、魔王の仮復活の前座にさせられるんだからな。


 ……哀れなのは俺も同じか。前座になっちまったんだから。


 本当に、恐ろしい女だよ。たった二人の色なしを使って、ものの見事にフォラナーダ伯爵の隔離と魔王復活を成しちまったんだ。


 嗚呼、この先の世界が見届けられないことが、とても残念で仕方ねぇよ。

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