Chapter10-1 連続する事件(1)
残暑も薄れ、秋の涼しい風が肌を撫でるようになったこの頃。オレは王城へ呼び出されていた。我が親友のウィームレイ第一王子が、緊急の用件があると連絡を寄越してきたんだ。
ウィームレイがアポイントもナシに『すぐ来てほしい』と申し出てくるなんて、今まで経験のないこと。十中八九、良からぬ問題が発生したんだろう。
親友の頼みなら、喜んで応じよう。また、国内の混乱は、こちらにも火の粉が降りかかる可能性がある。絶対に無視はできなかった。
正式な招集のため、いつものように【
「唐突に呼び出して申しわけない。そこに座ってくれ」
顔を合わせてすぐ、そう謝罪を口にするウィームレイ。
オレは勧められた対面の席に腰を掛けながら、首を横に振った。
「構わないさ、こっちに差し迫った用事はなかった。それに、オレを呼び出さなくちゃいけない事態が起きたんだろう? かなり疲れ切った顔をしてるぞ」
こちらの指摘に些か驚いた雰囲気をまとわせつつ、ウィームレイは確かめる風に頬へ手を当てた。
「参ったな。顔色を偽れないとは、王族として宜しくない」
「心配しなくてもいい。オレが察せたのは例外だ」
真剣に悩みそうになったウィームレイを制止した。
オレの場合、精神魔法で感情を読めるゆえの察知だ。彼はきちんとポーカーフェイスを実行できている。オレ以外で気づける者は、そんなに多くないと思う。
「それで、何があったんだ?」
本来なら軽く雑談を交わすところだが、そういった余裕はないと踏み、直球に尋ねた。この推測は正しかったらしく、ウィームレイは即座に応対する。
「私が一部貴族の粛清を考えていたことは、もう知っているだろう?」
「嗚呼、知ってる。派閥問わずに調査してるんだよな」
かなり大規模な諜報を行っていたので、こちらの情報網にも引っかかっていた。王位を継ぐ前に身辺をキレイにしておく算段だと察し、基本的には放置していたんだ。
なるほど。その身辺整理の最中、とんでもない爆弾が掘り起こされたわけか。
オレが一人で納得していると、ウィームレイが苦笑を溢す。
「さすがはフォラナーダの暗部。こちらは細心の注意を払って情報を集めていたのに、気づかれていたのか」
「オレが鍛え上げた精鋭部隊だからな。そんじょそこらの諜報員には負けないさ」
「王族直属の部隊を『そんじょそこら』と切り捨ててしまえるのは、ゼクスくらいのものだよ」
ハハハと乾いた笑声を漏らしたウィームレイは、一拍置いた後に再び口を開いた。
「キミの予想通り、不穏な動きがあった貴族を叩いたところ、厄介な実験を行っていたことが発覚した」
「厄介? 薬か何かか?」
とっさに思い浮かぶのは、『リーフ』や“アウター”といった禁止指定薬物の名前。どれも、国を一気に腐敗させかねない危険な代物だった。特に後者は、その製造過程も非人道極まりない。
ところが、この予想は外れた様子。ウィームレイは首を横に振った。
「薬物ではない。もっと厄介で……場合によっては誰も止められない」
「止められない? 厄介な実験なのに?」
「正確には、『止めようとしない』と言い直した方がいいかもしれない」
「……」
ウィームレイの曖昧な表現に、オレは眉を寄せる。
機嫌を損ねたわけではない。彼が厄介と言うくせに、誰も止めようとしない実験とやらに、まったく心当たりがなかったせいだった。
静かな幾秒かが過ぎ去り、ウィームレイは重苦しい息を吐いた。口にするのも気が滅入る。そう言わんばかりの様子だった。
それでも、彼は意を決して語る。
「本日突入した施設にて、無属性の人間の遺体を三つ発見した。どれも酷く損傷しており、押収した資料内容も鑑みて、『無属性を有効活用する方法』を探る実験だったと推定される」
「……は?」
自分でも驚くほど、低く冷たい声が発せられた。実体化するレベルの魔力こそ乗らなかったが、確実に室内の気温は下がっただろう。現に、目前のウィームレイは顔色を悪くしている。
失態だ。
オレは深呼吸で気持ちを落ち着かせつつ、室内を満たすように【
「何を動揺してるんだよ」
眉間を指で解しつつ、口内で言葉をそっと転がす。
実のところ、こうなることは事前に予想できていた。何せ、オレが強さを示すことは、それすなわち無属性の価値向上に繋がるんだから。
一見すると、良いことのように聞こえるかもしれない。だが、現実はそう甘くない。
ヒトとして扱われるかも怪しい色なしに、突如として利用価値があると判明したら、力ある者たちはどう動くだろうか?
路肩の石が、宝石の原石だと判明した場合と同じだ。皆が我先に手に入れようと殺到し、手にした後は、どうすればキレイな宝石になるかの実験を繰り返す。石側の――色なし側の都合なんてお構いなしに。
オレの機嫌を損なわないためとか、そもそも色なしが全然いないとか。そういった理由によって、今までは問題が露見していなかったにすぎない。
しかし、それらの抑止にも限界があった。実際、力を欲する阿呆どもが、罪なき三人の命を奪い去った。
……いや、三人では済まないだろう。発見された遺体が三人というだけであって、すでに処分されてしまった者もいるかもしれない。
つまり、オレは天秤にかけたんだ。数多の色なしの命と、オレやカロンの命を。
後悔はしていない。オレが優先すべきはカロンたちであって、顔も知らない彼らへ配慮する余裕はないんだから。
とはいえ、何も感じないわけではなかった。失われた命のことを考えると心は痛むし、罪悪感も抱く。やるせない気持ち、と表すのが適当だった。
ふぅと息を吐いてから、オレは頭を下げる。
「申しわけない、取り乱した」
「気にしないでくれ。動揺するのも無理ない話だ」
普段より優しめの声で許してくれるウィームレイ。こういう気遣いのできる部分が、彼の美点だと思う。
彼は続ける。
「では、詳細を語ろうか」
その後のウィームレイの説明は、おおむね予想した通りの内容だった。
オレが振るうような強大な力を手に入れるため、同じ無属性を持つ者たちを誘拐。様々な非人道的な実験を行っていたよう。
詳細は伏せるが、並の拷問よりも
しかも、ことごとくの実験が失敗に終わっていると言うんだから救われない。
この実験に関わった輩は、貴族以外は現場で処理されたとのこと。貴族の方も、後々処罰が下されるらしい。
「今後の無属性たちの安全を考慮すると、重い罰を下したいところだ。しかし……」
「聖王国の法律上、不可能に近いな」
色なしは基本的に孤児だ。差別対象なだけあって、オレみたいな例外を除けば、親より捨てられてしまうんだ。最悪の場合、死産扱いで闇に葬られる。
ゆえに、色なしの大半が底辺の地位。身分差が絶対的である聖王国では、重い罰は下せない。
ただ、それは法律での話だ。
「オレが動こう。関わった貴族の名前を教えてくれ」
そう。私的制裁ならば問題ない。いや、武力に訴えれば、逆にこちらが罰せられてしまうけど、それ以外なら何とでもなる。
今回なら、経済制裁が妥当か。教えられた名の貴族は、どこもフォラナーダ産の農作物や鉱物を輸入しているし。とりあえず、全供給ストップだな。
ウィームレイは謝意を述べる。
「ありがとう。フォラナーダが動くと分かれば、同様のバカを仕出かす貴族は出てこないだろう」
「家が潰れるような行動を起こす貴族はいないからな。……バカどもは潰して構わないんだよな?」
「問題ない。その辺の根回しは済んでいるし、彼らが消えても国へのダメージは微量だ」
「そうか。なら、遠慮なく」
「民への被害は最小限に頼むよ」
「分かってる」
領民の方には何の呵責もないもの。経済制裁なので被害ゼロとはいかないが、最小限に留められるよう采配するつもりだった。
よし。そうと決まれば、今から動き出した方が良いな。繊細な指示が求められる作業になる。
早速行動を起こそうと、オレは腰を上げようとした。
ところが、そこに待ったが入る。
「待ってくれ、ゼクス。まだ話が残っている」
「制裁については、後日報告書を送るが?」
首を傾げるオレに対し、ウィームレイは
「その話とは別件……でもないが、また違う内容だ」
「というと?」
「遺体で見つかった三人とは別に、一人だけ生存者がいたんだ。その子と面会してくれないか?」
ウィームレイの問いに、オレは二つ返事で承諾した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます