Chapter10-1 連続する事件(2)

 色なしの生存者は、七歳と語る幼い少女だという。亡くなった三人とは違い、捕まってから一年経過していなかったお陰で生き残れたんだろうと予想された。


 ただ、死んでいなかっただけで、発見当初はかなりの重症だったそう。両目は抉り取られ、手足の指は本数が足りず、手首などには肌が変色するほどの注射痕。これでも他三人よりマシらしいんだから、実験の過酷さが窺い知れた。


 現在の少女は、おおむね回復している。というのも、光魔法師の一人であるアリアノート第一王女が治療を行ったためだ。あちこちのケガは完治し、薬物による影響も完璧に除去したとのこと。


 ただし、抉られた両目は治っていない。アリアノートの技量では、指などの末端部位はともかく、瞳の欠損は治癒できないらしい。曰く、『わたくしは病気や薬物方面に傾倒していますから』らしい。


 約一年も摂取させられた薬物の影響を全部排除できるだけでも、凄まじい能力と思う。瞳の方は、あとでカロンやスキアの見解を聞けば良い。


 件の少女は、今はウィームレイの妻――王太子妃ビアトリスが面倒を見ているようだ。


 何で王太子妃が? と疑問に思うかもしれないけど、彼女は大の子ども好きとして有名なんだ。話を聞きつけた彼女が、世話をすると押しかけたに違いない。


 客間の一つまで辿り着いたオレは、同行者のウィームレイとともに入室する。


 室内には、事前に聞いていた通りの顔が揃っていた。


 一人はビアトリス王太子妃。亜麻色の瞳と髪を有する楚々とした美女だ。明るい笑顔と柔らかい雰囲気が良く似合う女性である。


 もう一人は、実験体として囚われていたという少女。ショートボブの白髪は、間違いなく色なしの証だった。瞳の辺りは清潔な包帯で覆われているが、その中身が空っぽなのを知っているだけに、とても痛々しく見えてしまう。一年も捕まっていたせいか、七歳にしては小柄すぎるように思えた。


 二人はソファに並んで座っており、ビアトリスが少女へ手ずから茶菓子のクッキーを食べさせてあげていた。


 ちなみに、護衛は部屋の中にいない。少女を怖がらせてしまったので、ビアトリスが外へ追い出したんだとか。脇が甘いと物申したいところだけど、暗部が壁や天井の裏に隠れているため、まったく無防備とは言えなかった。


 こちらに気づいたビアトリスは、色なしの少女へ一声かけてから立ち上がった。


「お待ちしておりました、ウィームレイ。それとフォラナーダ伯爵、ようこそお出でくださいました。こうしてお会いするのは久々ですね」


「お久しぶりです、ビアトリスさま。お変わりない様子のようで、安心いたしました」


 凛とした空気をまとい、優雅に一礼するビアトリス。それにならい、オレも深々と礼を返す。


 互いに挨拶を交わした後、彼女はコロコロと笑った。


「堅苦しい挨拶は程々にしておきましょう。ゼクスさん、いつも通り肩の力を抜いて宜しいですよ」


「お言葉に甘えて」


 瞬時に雰囲気を緩めるオレたち二人。先程までの貴族然としたものは霧散している。


 オレがウィームレイと親友の時点で、ビアトリスとの仲も察せるだろう。先の挨拶は、形式に則っただけである。


 ビアトリスは頬に片手を添え、困った風な表情で言う。


「本当はゆっくり談笑したいのですが、そう申せる状況でもありませんね」


 彼女はチラリと色なしの少女を窺う。


 少女は、突然現れたオレたちに怯えているようだった。


 ……いや、正確にはオレ一人だな。ウィームレイは事前に面会していたんだろう。声で把握できたらしく、彼女の警戒はこちらのみに向いていた。


 ウィームレイが苦笑を溢す。


「雑談なら、またの機会にすれば良いよ。これが最後の顔合わせというわけでもないんだ」


「そうですね。その時は、ミネルヴァさんもお呼びして、夫婦そろってのお茶会としましょうか」


 名案だと楽しそうに笑うビアトリス。


 彼女の心底嬉しそうな笑顔を見たら、『オレたち、まだ夫婦じゃないぞ』なんて無粋なツッコミはできない。どうせ早いか遅いかの問題だし、放っておくか。


 オレは肩を竦める。


「夫婦仲睦まじいのはいいんだけど、そろそろ彼女にオレを紹介してほしい。怯え続けさせるのは酷だ」


「嗚呼、そうでした」


 王太子夫婦が二人だけの空気を作り出しそうになったので、素早く釘を刺す。


 ビアトリスは愛敬満点の感じで両手を合わせ、色なしの少女へ声をかけた。


「新しく訪れてくださったのは、ゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダさんです。あなたと同じ無属性の方で、相談に乗っていただくためにお呼びしたのですよ」


「ぜくすれびとさ……」


「ゼクスでいいよ」


 オレのフルネームを覚えられなかったみたいなので、優しい口調を心掛けつつ、ファーストネームのみで良いと許可を出した。


 対し、少女は恐る恐るといった風に言葉を紡ぐ。


「ぜ、ゼクス」


「うん。オレがゼクスだ、よろしくね。握手をしてもいいかな?」


 彼女に視線を合わせるよう膝を折ったオレは、そう尋ねる。


 盲目ゆえに、いきなり手を握ったら怖がれるかもしれない。こういった確認は必須だろう。


 少女は「うん」と呟くように承諾してくれた。おずおずと右手も差し出してくれる。


 オレはその小さな手を優しく握る。子どもらしい柔らかく温かい――か弱さと儚さが感じられる手だった。


 これが治療前はズタズタだったというんだから、心が痛い。


 こちらの温もりを感じ取ったからか、少女の強張りが若干緩んだ気がする。


 握手を解き、オレは続けて問う。


「キミの名前を訊いてもいい?」


 しかし、それに対する返答は予想外のものだった。


「“でぃー”って呼ばれてた」


「呼ばれてた?」


「うん。あの怖いところで」


 怖いところというのは、非人道的な研究を行っていた施設を指しているんだろう。おそらく、個体名にアルファベットを振っており、彼女は“D”だったんだ。


「そっちじゃなくて、その前は何て呼ばれてたんだい?」


「ちび」


「えっと……」


 即答してくれるのは助かるんだが、それは名前ではないと思う。


 オレが困惑していると、ビアトリスが助け舟を出してくれた。


「この子は名前がありません。捕まる前は、ずっとスラムで生活していたようで」


 ビアトリスは、面倒を見ている間に色なし少女の経歴を聞き出していたらしい。


 その話を要約すると、スラムで生活していたと判断できたようだ。『ずっといた』と語っていたことから、捨て子ではないかと推察したとのこと。


 もありなん。色なし差別はかなり酷い。親元で育つ事例なんて、ほとんど見られない。基本的に孤児院かスラム行きだ。最悪、生後すぐに死んでしまう。


 色なしの数が少ないのは、こういう部分も関わっているんだよな。長生きできないため、光の適性持ちよりも珍しい存在と成り果てている。


 少女がここまで生き残れた理由は、兄的な存在が一緒だったお陰の模様。しかし、その兄が学園へ入学してしまい、路頭に迷ったところを外道どもに捕まったという流れみたいだ。


 見事なまでの負の連鎖だった。運が悪いとしか言いようがない。まぁ、元を辿れば、色なしへの差別意識が原因なんだけどさ。


 オレは悩む。


「名前がないのは不便だな」


「即席で決めるのは可愛そうですよ。生涯使うかもしれないものです」


「とはいえ、名前がないままもダメだ。ここで決めるのが無難だよ」


「それは否定できませんね……。仕方ありません。良い名前を考えましょう」


「当然だ」


 ビアトリスとウィームレイの意見に頷き、オレたちは真剣に色なし少女の名前を考える。


 そして、いくつかの意見を交わし合った末に、少女の名前の案がまとまった。


 代表して、オレが少女に告げる。


「キミのことをヴェーラと呼んでいいかな? もっと違う名前がいいと感じたなら、遠慮なく言ってほしい」


 少女は首を傾ぐ。


「ヴェーラ?」


「そう。“白”や“真実”の意味が込められた言葉だ」


「わたしの名前?」


「そうだよ」


「……」


 こちらの説明を聞き終えた彼女は沈黙する。表情は動いていないが、感情は嬉しそうな色を見せていた。嫌がってはいないらしい。


 しばらくして、少女はコクリと頷いた。


「わかった。わたしはヴェーラ」


「ありがとう、ヴェーラ」


 ホッと胸を撫で下ろすオレやウィームレイたち。考案した名前は気に入ってもらえたらしい。


 これで最初の問題は解決した。次は本題に移ろう。


 オレは、改めてヴェーラを見据える。


「一つ頼みたいことがあるんだけど、いいかな? 引き受けるかどうかは、聞いた後に判断してほしい」


「えっと……わかった」


 少し、ヴェーラの強張りが増した様子。


 警戒させてしまったか。だが、これは必要な過程なので、諦めるしかない。


「魔力を放ってほしいんだ」


「えっ」


 オレのセリフを受け、硬直するヴェーラ。


 固まるのも僅か。ヴェーラはふるふるとかぶりを何度も振った。


「だ、だめ。みんながケガする。それに、魔力を使うと、わたしも倒れる」


 ふむ、事前情報通りか。


 ウィームレイがヴェーラと面談してほしいと願ったのは、何も無属性だからというだけではない。


 ヴェーラはとある特異体質を有していた。魔力密度が濃いんだ、実体化させられるほどに。視た感じ、マリナ以上の濃度だな。生来のものか、実験の成果かは分からないけど、無属性魔法を行使可能なレベルに至っている。


 つまり、今のオレの提案は、この部屋で魔法を放てと言っているに等しかった。ヴェーラが拒絶するのも当然だろう。どうにも、魔力操作が不完全のせいで、一気にガス欠におちいるみたいだし。


 しかし、自分のことよりも周りの被害を優先して気にする辺り、ヴェーラの心根は曲がっていない様子。ずっと過酷な環境で育ってきたとは考えられない、純粋で優しい子だと思う。


 おもむろにヴェーラの頭を撫でる。


 最初こそビクッと怯える彼女だったが、磨き上げたオレの撫でテクニックの前に轟沈した。ふにゃりと頬を緩ませ、なすがままになる。


「ごめん、無茶振りしたみたいだな」


「えっと、あの……」


 こちらの謝罪に戸惑うヴェーラ。


 そんな彼女を気に留めず、オレはウィームレイへ声をかけた。


「この子、オレが預かるよ」


「良いのか?」


「嗚呼。最低限の魔力操作を覚えさせないと危なっかしい」


 ふとした拍子に自爆されては困る。同属性のよしみとして、ここはオレが面倒を見るとしよう。ヴェーラの境遇を知れば、カロンたちも文句は言うまい。


 オレはヴェーラへ問う。


「ヴェーラにはオレの家へ来てもらおうと思うんだけど、構わないかな?」


「ゼクスの家?」


「そうだよ」


「……」


 熟思する仕草を見せるヴェーラだが、それは僅かな間だけだった。


 彼女はコクリと頷く。


「よろしく」


「うん、よろしく」


 フォラナーダに、新たな住人が増えた瞬間だった。

 

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